海燕







「浮竹隊長」

「なんだ、海燕か」

浮竹は雨乾堂で寝込んでいた。少し高い熱を出してしまった。肺の病であるが、吐血するようなことは最近少ないが、ただもとから体が弱く、熱を出すのはしょちゅうだった。

だが、今回の熱には問題があった。

海燕は、その理由で浮竹が熱を出すのが大嫌いだった。

「また無茶されたんですね。何度もいいますけど、あんたは病人なんだから、本当はこういうことするのは体に負担をかけるだけですよ」

浮竹は、京楽とできていた。

それを、副官である志波海燕は知っていた。

京楽に半ば無理やり抱かれると、浮竹が熱を出すことがある。微熱の時が多いが、本当に時折高熱を出して寝込んだ。

愛し合う二人に、別れろとは言えなかった。

ただ、京楽は浮竹を思いやっているはずなのに、熱を出させるほどに無理強いをして抱いているのかと想像しただけで、怒りが沸いてきた。

「京楽隊長に、一度ガツンと・・・・・・」

「いいんだ、海燕。俺も、望んだことだから。その結果熱を出すのは俺が悪いせいだ」

「あんたはどこも悪くない!悪いのは京楽隊長だ!」

海燕は怒っていた。

もう、何度目になるだろう。浮竹が、京楽に抱かれてその後に微熱を含めた熱を出すのは。

浮竹は、体が弱い。そのせいで熱を出すのはしょっちゅうだが、行為のせいで熱を出すのは時折だ。

ただ何百年とその関係を続けている。何十年も副官をしている海燕は、浮竹が京楽のせいでしょっちゅう熱を出しているのだと勘違いをしている。
何度も違うといっても、いつも傍に京楽がいたために、浮竹が熱を出すのは京楽のせいだと思い込んでいた。

「浮竹ぇ、熱だしたんだって?」

ふらりと現れた京楽に、海燕はつかみかからんばかりの勢いで、まくしてたてる。

「あんたのせいだぞ、京楽隊長。隊長に、無理強いするから!」

「海燕、よせっ!」

京楽の胸倉を掴みあげて、今にも殴りかかりそうな海燕を、浮竹が強い言葉で制止する。

「海燕。京楽に手を出すことは、俺が許さない。これは、俺たち二人の問題だ。たとえ海燕といえど、とやかくいう権利はない」

いつもは優しい浮竹だったが、京楽のことになると少し性格が変わる。

叱られて、海燕は京楽から手を離した。

少ししわになった衣服を正して、京楽は浮竹の元にいく。

「今回は、僕のせいで熱だしちゃったんだね。解熱剤は?」

「もう、飲んだ」

「飯は食ったかい?」

「ああ、お粥だけど食べた」

「そうか。それならいいんだ。ほんとに、ごめんね」

「別に、いい。俺の体が弱すぎるせいだから」

浮竹は、どこまでも優しい京楽に、甘えるように頬に伸ばされた手に、その白い頬をこすりつけた。

「志波君。こういうことだから」

海燕の怒りは、半ば嫉妬に似ていることを、京楽は知っていた。

「浮竹が熱を出すことがあるのは、本当だよ。でも、そんなに酷く扱っていない。志波君、何か勘違いしてるんじゃないかい。僕は、無理強いすることはないとは断言できないけど、ほとんどないよ」

あくまで、同意の上での行為だと、におわせるように囁いた。

「・・・・・・・・・」

京楽は、半身を起き上がらせた浮竹の長い白い髪を、指に絡めて遊んでいた。

「この綺麗な髪を、ここまで伸ばさせたのも僕だよ」

まるで、お互いの仲を見せつけるような京楽の仕草と言動に、海燕はバツが悪そう顔をすると、海乾堂を出て行った。

「あーあ、しばらく帰ってこないね、あれは」

京楽は浮竹のうなじに口づけを落とした。

「汗かいてるから、京楽」

「後で、ふいてあげるよ」

いつも、熱を出した浮竹の体を拭いて清めるのはいつもなら海燕の役目だった。だが、いつの間にか、その役目を京楽が奪っていた。

「かわいいねぇ志波君も」

「お前、俺がいるのに海燕にちょっかい出す気か!」

「違う違う。そういう意味で言ったんじゃない。嫉妬して、かわいいなぁと思って」

「嫉妬?誰が誰に」

「浮竹は分からなくていいんだよ」

敬愛を通りこした仄かな上官に対する想いを、必死で隠そうとしている海燕をいじるのは、京楽にとって娯楽のようで、楽しかった。

これは俺のものなんだと目の前で、刻み付けるのは愉悦に近かった。

「はは、僕もたいがい性格ねじれてるね」

「今頃気づいたのか」

「ひどい!僕との関係は遊びだったのね!」

「・・・・・・・・・・・・あほか」

飽きれる浮竹に、泣き真似をしていた京楽は、苦笑して浮竹に横になるようにと促した。

「まぁ、気を付けなくても、大丈夫だろうとは思うけど・・・・」

海燕は、妻帯者だ。都という、綺麗で聡明な、妻をもつ。

その身分で、よく上官に仄かな想いを寄せれるものだなぁと、京楽は思う。まぁ、想いを寄せるくらいならいいけど。

手を出したら、多分半殺しだ。浮竹が海燕を大事にしていなかったら、多分殺しているだろう。

京楽は、残忍な部分のあるもう一人の自分に、少し戸惑いながらも、浮竹に手を出す者がいたらきっと誰であっても許さないだろうと思った。

「京楽」

「なんだい、浮竹」

「あんまり、海燕を苛めるなよ」

「はいはい。努力するよ」

京楽は、浮竹の白く細い手首をとると、内側に痕をつけた。

「あんまり、痕つけるな・・・・・・・」

少しさっきより熱が下がっているようだが、薬のせいで眠いのか、浮竹は弱弱しく嫌がるだけだった。

こんな時に、肉体関係をもっていくのは、無理強いになるのかな?

京楽は思った。

「一応、虫よけしとくか」

「あっ」

ぴりっとした感触を感じて、浮竹の声がうわずった。

「何を・・・・・・」

「だから、虫よけ」

浮竹の白い首にくっきりとキスマークを刻んで、京楽は満足そうに微笑んだ。

いつも、痕を残すと蹴られた。
浮竹は、たまに足癖が悪い。剣術の稽古の時も、蹴りの体術をまじったことをしてくる。

それは、浮竹が力ない自分を恥じて、相手を仕留める隙を見せるために使うものだというこを京楽は知っていた。

半分まどろみに入っている浮竹は、キスマークをつけられたことに気づかない。

「これは、志波君が帰ってきたら、また荒れるだろうな」

僕、しーらないっと。

京楽は、浮竹を寝かしつけて、そそくさと雨乾堂を後にした。



「あのくされエロ魔人!」

帰ってきた海燕は、浮竹につけられた京楽のキスマークに気づいて、怒った。

だが、虫よけとしては覿面だった。

こんな無防備な姿の浮竹に、手を出せるわけがない。

もともと、手を出すつもりもない。

でも、見せつけられるのは辛かった。

海燕は、寝ている浮竹をそっとして、隊舎に戻った。




「海燕殿?」

「なんだー朽木」

「その、飲みすぎではないでしょうか」

「いいんだよ。こんくらいよっぱらったうちに入らねぇ」

海燕は、心配してくる、最近入隊したばかりの朽木ルキアの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「海燕殿。何かあったのですか」

「ああ、エロ魔人がな・・・・・・・・」

酔った赤い顔で、エロ魔人がとかいって飲みつぶれた海燕を、朽木は他の死神と一緒になって介抱するのだった。