あいつ







いつも、起きるとあいつの顔を思い出した。

はねた黒髪に、珍しい紫色の瞳。

「たわけ!大ばか者!」そういって、けっこうな威力の蹴りを放つあいつの姿が、頭から離れなかった。


「これはどうやって飲むのだ?」

現世に来た頃は、同じクラスになっていた。

パックジュースの飲み方さえ知らない、その純白の雪のようなあいつが、現世のいろんな知識に触れ、なじんでいくのが面白かった。


「住むところも、お金もないんです」

親父の前で、ウソ泣きするあいつに苦笑を零した。

いつものように、俺の部屋の押し入れで寝起きするあいつの、朝のあいさつを聞くのが日課になっていた。


「弱くて、すみませんでした!」

俺の頭を、井上の前で無理やり下げさせる、あいつはけっこうな腕力があって。

その細い体から、どこをどうすればそんな力が出るのだと思った。


「舞え、袖白雪!」

舞を舞うように、氷を自在に操るあいつは、見た目よりずっと強かった。

席官クラスの実力をもっていると聞いたのは、それから少し後のことだった。



あいつは、強い。

確かに脆い部分もあるが、芯が強くて、何より仲間を大事にした。

俺に対しての言動は、少し雑なところがあったが、それも心地よかった。


気づいたら、俺は。

あいつのことを、好きになっていた。


その想いを、全部内に秘めたまま、時間だけが過ぎていく。


あいつの姿が、霊力をなくしたことで消えていく。

「別れは言わぬぞ」

「ああ・・・・・・またな」


あいつの、紫の瞳に映る俺の姿は、少しだけ悲しそうな色をしていた。


「ルキア!」

あいつの名を叫ぶと、少しづつ見えなくなっていくあいつが、振り返った。

「また、いつでも遊びにこいよな!」

姿が見えなくて、声がきこえなくとも。

書かれた文字を読むくらいは、できる。

あいつの霊圧を完全に感じれなくなったころ。


俺は、あいつに向かって、自分でも驚くほどのめちゃくちゃ明るい笑みを刻んで、手を振っていた。

「ルキア、またな!」


永遠の別れではない。

力を失い、皆を守ることが確かにできなくなってしまったけれど。

あいつとの繋がりが、全て消えたわけではない。




「何々・・・・冷蔵庫に、シロクマアイスを買って入れておけ・・・?また、アイスばっかだな、あいつは・・・・・・・・」

あいつの姿は見えないし、声も聞こえないけれど。

確かに俺たちを結ぶ糸は繋がっている。

たとえ、霊力をなくしても。

ノートに書き綴られた、あいつの上手いとはいえない絵と文字に、苦笑を零す。

俺とあいつは、確かに繋がっている。


あいつに、好きだと伝えなかったことを、後悔はしていない。好きだと伝えなくても、その糸は繋がっているから。


あいつは、きっと俺にとっての太陽のようなものだろう。


あいつは、強い。

けれど儚く脆い。

矛盾するあいつの全てが好きだ。


時間は過ぎてく。

世界は廻っている。


いつか、またあいつの姿が見れるようになったら。あいつだけでなく、たくさんの仲間を守れるようになったら。

繋がった糸がくっきりと形を成すようになったら、伝えよう。

好きだと。

ただ、あいつにだけ伝えよう。


この狂おしい気持ちを。