「浮竹!」

目覚めると、寝汗をたくさんかいていた。

いまだに、ドキドキと心臓は鼓動を大きく打っていた。

浮竹が、死ぬ夢を見た。肺の病で大量に血を吐いて、京楽の腕の中で死んでいく夢だ。

どうすることもできない自分が無力で、怨嗟の声を夢の中であげていた。

「夢・・・ね・・・・」

ぬるりとした血の感触がやけにリアルだった。

呼吸が荒いのに気づいて、大きく肺に空気を取り入れて、落ち着くようにと暗示をかける。
京楽は水を飲みに起き上がった、。ついでに、顔も洗う。

ゆらりと波紋を残す水が血に見えて、深酒をしてしまったせいかと、自嘲する。


「こりゃ、おさまりそうもないね」

時計をみると夜の3時過ぎだった。

まだ動悸がしている。京楽は、死覇装に着替えると、隊長羽織を着こんで外に出た。まだ蒸し暑さを残した大気を切り裂いて、瞬歩で走り出す。

早く早く早く。

会いたい。


雨乾堂にくると、京楽は静かに屋根から板張りの床に舞い降りた。

「・・・・・・・京楽?」

池の水面に、映る影があった。

浮竹が、夜着姿のまま、池の欄干に体重をかけてぼんやりとしていたのだ。

「どうしたんだ、こんな時間に」

それはこちらの台詞だよ、という言葉を飲み込んで、京楽は浮竹を思い切り抱きしめた。

「京楽?」

腕の中の浮竹は暖かかった。

夢の中で冷たくなっていく浮竹と、全然違う。

暖かくて、甘いかおりがして、京楽は安堵する。

「君が、死ぬ夢を見た」

「なんだ、ただの夢だろう?」

必死な形相で抱き締めてくる京楽をあやすように、ぽんぽんと背中をたたいてやれば、京楽は腕から力を抜く。

「そう、ただの夢だよ。でも、リアルすぎて怖いんだよ。君が吐血して、僕の腕の中で死んでいく夢だった・・・・・・」

「俺は、まだ死なんぞ」

まだまだやり残していることがあるんだと、翡翠色の瞳で笑った。

「浮竹こそ、こんな時間にどうしたの?」

「いや、ただ寝付けなくてな。外の風にあたって、ぼーっとしてた」

それからいくつか他愛ない話をしていたら、浮竹が眠気を訴えた。

「一緒に、寝てもいいかい?」

深い意味はない。ただ、浮竹の温もりを肌で感じていたかった。

「いいが・・・・布団は、一組しかないぞ?」

京楽が泊まりにくるときは、布団を二組だすが、あいにくと今の雨乾堂に布団は一組しか置いていない。

「構わないさ。畳の上でだって寝れるしね」

「客人を畳で寝かすわけにもいかないだろう。少し窮屈だが、同じ布団で寝るか」

「そうだね」

手を繋ぎあいながら、雨乾堂の中に入る。

一組の布団で横になって、目を閉じると以外とあっけなく睡魔に捕らわれて、意識は落ちていった。



「おーい、京楽」

「んーなんだい」

「もう昼過ぎだぞ」

「ええ!?」

飛び起きると、時計は12時を回っていた。

「あちゃー。七緒ちゃんに、11時から仕事をするって昨日言っちゃったのに・・・・」

「地獄蝶でも飛ばすか?」

「いや、火急な要件じゃないし・・・・まぁ、後で怒られるよ、素直に」

「昼飯は食べていくか?」

「え、いいのかい」

「朝餉を取り損ねただろう。そういう俺も、11時まで惰眠を貪っていたんだが」

あまり人のことはいえないなと、苦笑する翡翠の瞳が綺麗だった。

「浮竹」

「なんだ、京楽」

浮竹の白い頬に手をあてて、触れるだけの口づけをする。

「こんな時間だけど、おはよう」

「ああ、おはよう」

腕の中で吐血して死んでいく浮竹の姿は、もうどこにもちらつかなかった。

二人そろって、昼食を食べる。清音が京楽の分も急いで用意してくれた。

「んー。もっとここに、浮竹の傍にいたいけど、帰って仕事しなきゃいけないね」

名残惜しいのだとばかりに、長い白髪に口づけを落とす。

「今日は俺が非番だからな。京楽の隊首室にいこうか?」

一緒にいれるならと、京楽は嬉しそうに浮竹を抱き締める。

「陳腐だけど・・・・・・・不変の愛を、君に」

「本当に、どうしたんだ京楽」

浮竹は、京楽を抱き締め返しながら、その黒い瞳をのぞきこんでくる。

「なんでもないよ・・・・・さて、七緒ちゃんに怒られにいこうか」

浮竹を連れて、瞬歩ではなく普通の徒歩で8番隊隊舎に向かう。

ゆっくりとしたその時間が、どうか永遠であればいいのに。


永遠が、どこかにあればいいのに。

愛してると囁いても、なくなってしまわなければいいのに。

今は、ただ傍にいれるそれだけでいいのだ。