死というもの







志波海燕が死んだ。


13番隊がどれだけ揺らいだだろう。

「隊長・・・・ありがとうございました」

礼をいって、部下を見殺しにした上官に微笑むように。

「朽木・・・・すまねぇ」

まだ、入ったばかりの朽木ルキアに全てを背負わせるように・・・・・・。

浮竹は揺らいでいた。

自分の決断が、間違っていたのではないかと。




海燕の葬儀は、静かに執り行われた。

海燕の、葬儀に訪れる者は少なかった。

朽木ルキアも、そして浮竹十四郎の姿もなかった。

仙太郎と清音が、かろうじで出席していた。

もしも、その場に朽木ルキアと浮竹十四郎の姿があれば、志波家の者が通さなかっただろう。

妻の都と同じように、白い花で包まれた棺が、火葬されていく。

霊圧を完全に殺して、浮竹は天に昇っていく煙をただ見ていた。

「海燕・・・・・俺は、お前を・・・・・・・」

大切にしていた。家族のように。本当の兄弟のように思っていた。

だが、海燕が浮竹に向けてくる想いは違っていて。


ずっと、気づかないふりをしていたのだ。

それなのに、海燕は最期まで浮竹を責めなかった。

「すまない、海燕・・・・・・・・」

黙祷を捧げた。祈るように。



「浮竹?」

雨乾堂にやってきた侵入者にも気づかずに、浮竹は書類を見ていた。

「・・・・・・・・・ああ、どうした?」

遅まきに、それがいつもの京楽だと気づいて、顔に無理やり笑みを刻む。

「無理、してるでしょ?」

「してない」

「してる」

「してない」

「最近、ちゃんと寝てる?」

「寝ている」

「嘘だね」

悪夢でうなされて、深い眠りにつけないでいる。まどろむような浅い睡眠の合間に、大切な副官の死を見せられて、うなされる。

「俺は・・・・」

「今は、ただ・・・・何も考えないことだね」

そんなこと、言われても無理なのだ。

頭を、いつも海燕のことがよぎる。

ふと後ろを振り向けば、いつものような飄々とした姿で、隊長!と懐いてきそうで。

「俺は間違っていたのだろうか」

「海燕君は、満足して死んでいったんでしょう?なら、間違ってなんてないよ」

「お前は、他人事だからそう言い切れるんだ」

「そうだよ。僕と海燕君は、他人だからね」

「お前!」

浮竹の胸倉を掴みあげる。怒りに震えた手は、けれどすぐに力なく落とされた。

「なんだい。怒るなら、怒ればいい。感情を殺すのが、一番よくない」

「俺はっ!」

全てを包み込むように、京楽は浮竹を抱き締めた。

「なに・・・・・・・」

目隠しをされて、浮竹が戸惑う。

「今は、何も考えないで。ただ、悲しいなら悲しめばいい。それが、あの子への手向けになるだろうから」

「京楽っ」

浮竹は、京楽の手に噛みついた。

それから、京楽の喉と肩にも噛みついた。

犬歯をたてて。

「僕でいいなら、ついていてあげるから、思い切り悩めばいい。悲しめばいい。怒ればいい」

「京楽っ」



それは死という別れ。

誰もが経験するもの。

ただ、それが理想とは違った。

部下の死を、望んだわけではない。だが、部下が望むままに死なせた。

浮竹の苦悩は止まらない。

「京楽っ」

京楽の名を呼んで、噛みつくようなキスを何度もして。

浮竹は、その日久しぶりに深く眠った。不思議と、海燕の死の夢は見なかった。


やがて、13番隊全体に海燕の死が、馴染んでいく。


浮竹は、それから数十年の間、副官を置くことばなかった。

浮竹にとっての副官は、志波海燕であったから。

何度、副官の推薦があっても、応と答えず否と答えた。

やがて、成長した朽木ルキアが、副官の座につくまで。本当に、百年近く副官の座を空席にしていた。

「朽木、期待しているぞ」

「はい、浮竹隊長!」

今ではもう見なくなってしまった、海燕の夢。昨日、久しぶりに海燕の夢を見た。朽木と海燕と浮竹と京楽で、酒を飲み交わしている夢だった。

夢の中の海燕は、昔とかわらない表情で笑っていた。

いつか、そっちにいったらたくさん謝ろう。

そして、副官でいてくれたことにたくさんの感謝をしよう。

死というものが、来るときまで、それまでは待っていてほしい。


海燕。

どうか、待っていてはくれまいか。