風邪をひいた。 肺の病はなくなったが、病弱なのは生き返っても同じのようだった。 そもそも、時間軸がばらばらすぎて、生き返った、というのも怪しい。 雨乾堂にはちゃんとした浮竹の墓があり、そこで浮竹は永遠の眠りについている。 でも、浮竹は今、一番隊の隊首室の奥にある、京楽の寝室でベッドに横になっていた。 隻眼となってしまった京楽の、右目に手をはわせると、その手をとって京楽は口づける。 「あまり、傍にくると、風邪がうつるぞ」 「僕は頑丈にできているから大丈夫。君がまだ隊長だった頃は、何度もお見舞いにいっても、風邪をひかなかったでしょ?」 「それはそうだが・・・・・・・・・」 「今は、とにかく眠りなさいな」 そっと手で目を閉じられて、その手の暖かさに安堵する。 「少し、眠る・・・・・・・」 ほどなくして、浮竹はスースーと眠ってしまった。 「さて。今のうちに仕事を片付けますかね」 総隊長となった京楽の仕事は、8番隊隊長だった頃の比ではない。山じいは、こんなに大変な思いをしていたのかと思うと、ふと山じいにも会ってみたいと思った。 そうだ。浮竹の風邪が治ったら、山じいのお墓参りにいこう。 そうだ。そうしよう。 ちょっとしたお出かけ気分なのは不謹慎かもしれないが、山じいも、愛弟子二人がわざわざ会いにきてくれたら、きっと喜ぶだろう。 一週間が過ぎた。 すっかり風邪もよくなった浮竹は、いつもの死覇装に、今は隊長羽織を着ていない。かわりに、白い上着の着物をきこんでいた。 一見すると、隊長羽織にも見えないこともない。 紛らわしいのだが、すでに阿散井ルキアがいるために、浮竹を隊長と呼ぶのは、ルキア、清音、仙太郎くらいのものだろう。その清音も、今では4番隊の副隊長だ。 時間がたつと、こうまで人が入れ替わるのだなと、浮竹は思った。 「先生・・・・・お久しぶりです。俺も死んで・・・生き返った?っていうか並行世界に迷いこんだ?か何だかよくわかりませんが、今は生きてます」 わけのわからない挨拶に、京楽が苦笑をもらした。 「素直に、元気にしてますでいいじゃない」 「いや、それもそうなんだが・・・・・・なんていうか、やはり先生にはちゃんと事実を伝えたくて」 浮竹は、菊の花を墓に添えて、冥福を祈った。 京楽は、お線香をたいて、墓前で手を会わす。 実に、2千年もの間、尸魂界を支えてきた山本元流斎重國は、偉大な男だった。 その跡を継いだ京楽も、これから千年以上の時間を総隊長として過ごすのだろう。その隣に、いつも在りたいと思う。 病を持っていた頃は、願うだけ無駄だった想いだ。 最期まで、共に在りたいと思う。 一度、先に逝ってしまったのだ。置いていかないでくれという懇願を無視して。 死ぬとわかっていて、ミミハギ様を手放した。 鮮血を吐いて、浮竹は散った。 いまでも、時折京楽は浮竹の死の夢を見てうなされる。 起こすと、これでもかというほどに抱きしめられて、生きていることを確認された。 「またくるね、山じい」 「またきます、先生」 双極の丘に近い墓地だった。 もう今は、双極などという物騒な死刑の装置はない。双極の丘も、京楽の命令で取り潰しが決まり、新しい隊舎が建てられる予定だ。 「いつか、ここに眠るようなことがあったら、今度こそ、一緒にいこう」 「不吉だねぇ。でも、もう時間はあるとか、大丈夫だとかの嘘はなしだよ」 ミミハギ様を失った。でも、病も消えていた。 今の浮竹はただの病弱な、霊圧の高い死神だ。斬魄刀さえない。双魚理は、雨乾堂の下で自分の骨と一緒に眠っている。 隊長でもなくなったし、戦う必要もなくなった今では、斬魄刀もいらないだろう。いざという時は、鬼道がある。 浮竹の鬼道の腕はそこそこだ。 斬魄刀のない死神。中途半端な存在である。いつか、時が満ちれば双魚理を、また自分の手で握り、大事にしたいと思う。 今はただ、山本元流斎重國の冥福を祈り、そして愛しい人の傍にあれる幸福を享受しよう・・・・。 花の神は、ゆっくりと瞼をあけた。 別名、椿の狂い咲きの王。冬に狂ったように咲く椿に恋こがれた、狂った王だ。 似ているな、と思う。京楽は王で、花が浮竹だ。 浮竹に狂った京楽。 さてはて、命を与えた愛児と、それを愛する男はどうなっていく? そう考えながら、花の神はまた眠りについた。 |