翡翠/I>







「京楽隊長!ずっと好きでした!」

瀞霊廷の桜散る場所で、京楽は女性死神に呼び出されていた。
いきなり抱き着いてきて、キスをしてきたので京楽は驚いた。

「・・・・・・京楽?」

その姿を、あろうことがとてもとても大切な想い人に見られた。

「あっ、浮竹!」

浮竹は瞬歩で走り去ってしまった。
追いかけても間に合わない。いつもはそんなに早くないのに、こんな時に限って浮竹の瞬歩は京楽の瞬歩を上回る。

「あちゃー」

腕の中で、ぐすぐすと泣いている女性死神は、目の色が緑だった。
ただ、それだけのことだ。
告白されて、ああ、浮竹と同じ緑の瞳をしているな・・・・・でも、浮竹の瞳のほうが翡翠みたいで綺麗で、光を反射していて・・・・・・・いろいろ考えていたら、抱き着かれてキスされていた。

「どうしよう・・・・・・」

愛しの想い人は、今頃怒っているはずだ。

どうやって機嫌をとろうか。

「気持ちはうれしいけど、僕には浮竹がいるからね」

緑の瞳の女性死神は、きっと睨んできた。

「浮竹隊長はずるいです!病弱を理由に京楽隊長を独り占めして!」

「それ以上は言わないで。怒るよ?」

相手がいくら女性とはいえ、愛する浮竹の悪口は許さない。

「それにね、独り占めしてるのは僕なの。浮竹を慕う人は多いからね・・・・なのに、僕が独占してるんだよ」

女子死神は

「嘘です!」

そういって、走り去ってしまった。



「今日は厄日だねぇ」

京楽は、空を仰ぐ。

ちらちらと散る桜の花びらは綺麗だし、天気もよくて晴れていた。でも、京楽の心の中はどしゃぶり雨だった。


その頃、浮竹は。

昼間っから、酒を飲んでいた。

飲まないと、やってられない。珍しく仕事を放棄して、やけ酒をする浮竹に、清音と仙太郎が心配していた。

「隊長、飲み過ぎですよ。それ、京楽隊長のお酒でしょう?」

「鼻くそ女の言う通りです隊長!そんなきついお酒、大量に飲んだらお体に障ります!」

「うるさい、ほっとけー」

すでに、浮竹はべろんべろんに酔っていた。酔い足りないのだと、また酒を飲む。

「いい加減にしなさいな」

雨乾堂に、霊圧も感じさせず、音もなくやってきた京楽は、浮竹から酒瓶を奪った。

「何をする!」

「さっきのは誤解だよ」

「五回も六回もない、この浮気者!」

べろんべろんに酔っぱらった浮竹は、京楽の頭をどつきまわした。

「いたたたたたた・・・・・変な酔っぱらい方しちゃって」

浮竹は、酔う前に普通は潰れて寝てしまう。

浮竹がべろんべろんに酔う姿なんてあまり見れないので、京楽は浮竹の機嫌を直すにはどうすればいいか思案しながら、頭をどつかれていた。

しまいには、ひげをひぱってきた。

「痛い、痛いから浮竹!ひげはひっぱらないで!」

「浮気者ー」

「仕方ないなぁ、浮竹は」

抱き上げて、京楽は浮竹を抱き締めた。

「こんなことで、許すとでも思っているのかー」

「許してくれるなら、何をしてもいいよ」

京楽がそう言ってくるので、浮竹は鋏をもちだした。

「な、なにする気だい?」

「ひげを切る」

「か、勘弁してほしいなぁ」

浮竹から離れて、距離をとる。じりじりと詰め寄ってくる浮竹の手から鋏をとりあげると、浮竹は京楽の脛を蹴った。

「あいた!足癖の悪い子だねぇ」

浮竹が、蹴りを主体とする格闘術を習得しているのは知っている。何度もその足でけられてきた。

「どうしたら、機嫌をなおしてくれるんだい?」

「鼻でうどんを食べたら」

「ちょっと、無理かなぁ。もうちょっと、簡単な方法はないかい?」

「女装して、瀞霊廷を百周してきたら」

「それも無理だなぁ」

「じゃあ、どうればいいっていうんだ」

「だからそれを、君に聞いているんだろう?」

「じゃあ・・・・・・・・・・・」

どさりと、浮竹が倒れた。

「隊長!」

「浮竹隊長!」

清音と仙太郎が駆け寄ろうとするのを手で制して、その細い体を抱き上げた。

「大丈夫、酔いつぶれて寝てるだけだから」

すーすーと、規則正しい寝息を聞いて、清音も仙太郎も安心する。

「布団、しいてくれないかな。酒で眠りだすと、数時間は起きないから」

雨乾堂の畳の上に布団をしかれた。浮竹を寝かすと、京楽は畳で寝転がって、その横顔をずっと見ていた。


「・・・・・・?」

目覚めると、京楽が本を読んでいた。

「京楽?俺は・・・・・・?」

「やけ酒して、酔いつぶれて寝ちゃったの。覚えてる?」

「・・・・・・あの女性は・・・・」

「誤解だから」

「ああ・・・・・・・」

浮竹は、京楽に噛みつくようなキスをした。

「隙があるから、つけこまれるんだ」

「ごめんってば」



桜の降る瀞霊廷で、浮竹は女性死神に呼び出された。名前も知らない子だ。女死神が多いが、けっこうな確率で男死神にも呼び出されることもある。

「君は・・・・・」

現れたのは、京楽に抱き着いて、キスをしていた女性死神だった。

油断していた。

女性だから、と。

「あなたのせいで、京楽隊長は私を見てくれない!あなたなんて、いなくなればいいのよ!」

抜かれた斬魄刀で、浮竹は切られていた。

ひゅっと、喉がなる。咄嗟に急所は避けたつもりだったが、肺をやられた。

「その綺麗な顔、ぐちゃぐちゃにしてあげる。私の目の方が綺麗だわ。あんたの目玉、えぐりぬいてあげる」

近づいてくる斬魄刀と、悲鳴と、京楽の声が。

混じり合って。

浮竹は、意識を失った。



「・・・・・・・・・・・?」

気が付くと、四番隊の..綜合救護詰所にいた。

ベッドに寝かされていた。

起き上がろうとすると、肺に痛みが走った。

「だめだよ、まだ起きちゃ!」

京楽が、ベッドの脇の椅子に座って、心配そうに浮竹を見ていた。

「卯ノ花隊長の回道で傷は大体塞がったけど、まだ無理は禁物だって」

「俺の目は・・・・?ちゃんと、あるのか?」

右目が見えなかった。

「大丈夫。一時的視力を失っているだけだって。眼球そのものは無事だから、すぐに見えるようになるよ」

じっと天井を見上げていると、ぼんやりだが暗闇しか映さない右目の視力が、戻ってきた。

「あの女性は・・・・?」

「隊長殺害未遂で、流刑だよ」

浮竹も、京楽も、その刑罰が深すぎるとも浅すぎるとも思わなかった。

「もう、ああいう手合いはいないと思うけど、もっと身辺に注意したほうがいいね、お互い」

「そうだな・・・・・・・・」

つっと、ぼんやりとしか見えない右目から、涙が零れた。

「痛いのかい!?」

「分からない。痛くも悲しくもない。ただ右目が疼く・・・・・」

「あの女、殺してやる」

本気の殺意に、浮竹が京楽を宥める、

「流刑だろう。十分だ」

「でも、君の綺麗な顔に傷を・・・体は肺まで切られてたし・・・・・・」

「傷跡はもうないんだろう?」

「うん。残ってたら、あの女の命はとっくになかったよ」

命拾いしたのだと。

隊長格が、一般隊士を切るのは確かにご法度ではあるが、正当な理由があれば許される。

例えば、裏切ったとか、殺そうとしてきたとか。

京楽があの女性を切り殺したとしても、多分罪に問われることはない。おまけに、京楽は上級貴族だ。殺されないで済んで、ましというものだろう。

「怖かったよ。死ぬほどの傷じゃないっていうのは、分かってたけど・・・・君の綺麗な顔に傷が残ったらどうしようって・・・・・・・」

「俺は女じゃない。顔に傷跡が残ったとしても、平気だ」

「僕が平気じゃいられない!」

疼く右目に、キスをされる。

「あの女、緑色の瞳が自慢なんだって。君の翡翠の瞳とは天と地ほどの差があるのに、「私の瞳は浮竹隊長の汚い緑より綺麗なのよ」っていうから、酸で焼いてやろうとしたけど、周囲に止められた」

それは、確かに浮竹でも止める。

京楽は、優しいくせに、浮竹のことになると酷く残酷になる。

「しばらく、浮竹には身辺警護の警邏隊がついて窮屈になると思うけど、我慢してね」

退院して、数日の間は我慢を強いられたが、京楽が自分のために派遣してくれたのだと思うと、窮屈さも平気になった。

「もう、すっかり大丈夫みたいだね」

「ああ」

警邏隊もいなくなった。いつものように、日常が戻ってくる。

「今後は、名の知らぬ者に呼び出されても、無視するか一人ではなく誰かと行動するようにする」

「本当に、そうしてほしいよ・・・・・・・」

名も知らぬ女は、流刑地で気がふれて、まもなくして自殺したという。

どうでもいいことだったのだが、京楽が嬉しそうだったので、よほど京楽の怒りを買ったのだなぁと思った。

「君を傷つけるやつは、許さない」

褥で、何度も右目にキスされ、傷跡がないことを確かめられた。


京楽は優しい。

でも、同時に怖いのだと、知った。


「翡翠の瞳が綺麗だね」

そう言われて、翡翠そのものをプレゼントされた。

京楽は、浮竹の緑の瞳がよほど気に入っているのだろう。売れば屋敷を数件たてられるその翡翠は、浮竹のお守り石として、大切にされた。