血と聖水外伝「フェンリルを取り戻せ!」2







町から離れた花畑の広がる丘で、フェンリルとティエリアは町で買ったお弁当を広げて昼食をとっていた。いつもはティエリアかロックオンが作るのだが、今日は気分がだるくてそんな気にはなれない。ロックオンに頼むと、何かセクハラがついてくる気もしたので、たまにはこんなのもいいかと、弁当屋さんで弁当を2つ注文した。
デザートのアイスを、フェンリルは器用に右前足でスプーンを握って食べていく。プリンを食べるときもスプーンを使う。パスタなんかを食べる時はフォークを。まるで人間みたいだ。

まだ人型のとれない幼いフェンリル。まだまだお子様。

ティエリアとロックオンの情事を見て、顔を真っ赤にして部屋を飛び足していくくらいに純心。
「主、クリームがほっぺについてるにゃ」
フェンリルが、ティエリアのほっぺのクリームをなめとる。
「くすぐったいよ」
「にゃにゃ。ゼイクシオンは幸せだにゃー。主大好きにゃ!世界中で一番好きにゃ!」
ぽかぽかと笑顔をこぼす太陽の下で、二人でデートだ。
蒼い空はどこまでも悠久に広がり、白い雲がゆったりと時を刻みながら流れていく。
「にゃー。ご飯たべたら眠くなってきたのにゃ・・・・」
「僕も眠い。一緒にちょっとお昼ねしようか」
「そうするにゃ!」

二人の平和な時間は、突如現れた3メートルはある成人のフェンリルによって崩された。
「オオオーン」
「な、なに!?」
ティエリアが、銀の短剣を構える。
いつでもヴァンパイアに襲われても対処できるように訓練されているティエリア。
「探したぞ、ゼイクシオン。ハイサラマンダーとの異端児が!精霊界を逃げ出すとは・・・もう一度、幽閉する」
「にゃ・・・・にゃあ・・・・・フェルバルト兄上・・・・嫌にゃ。僕は、精霊界には戻らないにゃ。主と一緒に人間世界で生きるのにゃ・・・・」
ゼイクシオンは怯えて、ティエリアの腕の中に逃げ込む。
「お前がゼイクシオンの主か。どのみち、契約など意味のないこと。この異端児は、ゴミだ。ゴミと契約する・・・ヴァンパイアか。ゴミと契約しても何もならぬだろう。契約を破棄せずとも、ゼイクシオンからかわした契約は無効である。さぁ、戻るぞゼイクシオン」
「いやにゃ!!」
ティエリアから離れて氷のブレスを吐くゼイクシオンを、足で蹴り転がす兄と名乗るフェルバルトの行為に、ティエリアが立ち上がってゼイクシオンを抱きしめる。
「この子は僕と契約した、僕だけのフェンリルだ!ゼイクシオンは、ゴミなんかじゃない!」
銀の短剣を構えて、フェルバルトに投げる。
それは、空中で凍り付いて地面に落ちた。
「俺はフェルバルト、ゼイクシオンの126番目の兄であり、管理者。精霊王ゼクノシアはフェンリル一族の皆の意見に屈し、再びこのゴミを幽閉することを決めた。ゴミは処分する、それが精霊界の掟。よって、精霊界に連れ戻す。今もって、お前とゼイクシオンの契約は無効となる!」
フェルバルトはもう一度大きく吼えると、白い体を震わせて氷のブレスを吐く。

ロックオンのヘルブレス並みに強烈なブレスは、ティエリアの体の半分を凍らせた。
「く・・・」
身動きがとれない間に、フェルバルトはゼイクシオンをまた前足で蹴り転がして、口で乱暴にくわえてそして精霊界へと続く扉をあける。
「まて!!」
氷をサラマンダーの火で溶かしたティエリアが精霊界に浸入しようと試みるが、精霊界への扉はすぐに閉じてしまった。
「なんで・・・・なんで、こんなことに!!」
ティエリアは、地面に手を叩き付けた。
何度も、何度も。
自分がもっと力ある魔法士の魔力をもっていれば。あんなフェンリルの一匹くらい簡単に退けたはずなのに。
「フェンリルは・・・ゼイクシオンは、僕の友達だ!絶対に取り戻す!」
涙を流して、ティエリアは思い出す。
かつて、霊子学研究所で科学者たちに、ゴミ、出来損ないと言われていた自分を。ゴミはしょせんゴミ、処分するとまで言われた。
処分。即ち、死。
「死なせるものか!!」
だが、そのままティエリアは意識を失った。前回、エタナエル王国の野望をもったアルザールを倒した時に、ロックオンに魔力と生命力を与えすぎたのだが、ずっと平静を装っていた。その反動が、今になってやってきたのだ。

気がつくと、ホームの寝室の天井が見えた。
「もう三日も眠ってたんだぜ?大丈夫か?フェンリルはどうした?」
ティエリアは、ロックオンの言葉にまだ消耗している体に鞭打って、ロックオンが出かけた隙をついてフェンリルが攫われた花畑にやってきた。

「フェンリルは、僕の力で助け出す!!」
ティエリアは、真っ白なネイの血族の証である六枚の翼を広げ、言葉を紡ぐ。
「我が召還に答えよ、闇の精霊神ダークエル!!」

ぽっと、花畑に漆黒が広がる。
ティエリアにも、一人だけ契約した精霊神がいた。闇の精霊神ダークエル。命の精霊神ライフエルの弟。
ティエリアには、リジェネや刹那のように、複数の精霊王との契約はない。一人として、精霊王と契約はしていない。
だが、精霊王よりも上位の存在、精霊神と一人だけ契約ができた。
それが闇の精霊神ダークエル。
召還された精霊神ダークエルは、冷たい瞳でティエリアを見つめて、一言。
「私を呼び出すには相応の覚悟があるのだろうな?お前の魔力では私との契約も成り立たなかった。ネイと私は契約している。その加護を受けているだけにすぎない。それでも私の力を必要とするか?」
「精霊界に、連れて行ってくれ!フェンリルたちの国へ!!」
「・・・・・・報酬は先にもらうぞ」

「まーった!!」
「ロックオン」
ティエリアは戸惑った。自分だけの力で助け出すつもりだったのに。
「不穏な気配感じて来てみれば!ティエリア、あれだけダークエルは呼び出すなっていっただろう!!大体、まだ体が本調子じゃねーだろうが!」
きつく叱責を受けるが、ティエリアは怯えることもなくじっと金色の瞳でロックオンを見つめる。
「これは、僕がなすべきことなんです。なんといわれても、僕は精霊界にいってフェンリル、ゼイクシオンを取り戻す!!」
「あーもう。仕方ねーな。フェンリルのやつ、精霊界にいるのかよ」
「報酬は、先にもらう。よいな、ネイ?」
「わーったよ。すでに呼び出した後だ。内容の破棄はできない」
ロックオンは、目を瞑る。
美しい貴婦人ライフエルの弟だけあって、背筋が凍りつくほどに美しいダークエル。
手が、差し伸べられる。
その手に、手を重ねる。

「痛みを、貰い受ける。右目を」
ティエリアは、怖がらない。どんな苦痛も平気。ゼイクシオンを助けるためなら。
「うああああああ」
ダークエルは、ティエリアの右目をその手でくりぬいた。
大量の血が噴き出す。ズルズルと、視神経が取り出されていく。灼熱の地獄。
えぐられた右目は、美しい魔石となった。ダークエルが集める、世界のどの宝石よりも美しい、覚悟した者の瞳でできた魔石。
「再生は1週間は不可とする。痛み止めも不可。血を止めることだけは許す」
「こんなことくらい・・・・平気、だ」
今にも昏倒しそうな苦痛に苛まれながら、ティエリアは溢れ出す血をロックオンに止められ、そしてダークエルから眼帯を受け取ると、右目に装着する。
それは、1週間は再生を受け付けない呪いがかけられている。苦痛を取り除くこともできない呪いも。

「大丈夫か、ティエリア?」
「平気、です」
美しい金色の瞳は片方だけになった。
これが、ダークエルが望む報酬。契約に値しない者ともダークエルは契約を結ぶ。その契約後、呼び出したとき、ダークエルは契約者の右目をえぐりとり、その苦痛を魔法にかえてえぐりとった瞳を魔石にする。それはどの宝石よりも美しい。
ダークエルは、それを覚悟した者の瞳と呼ぶ。その魔石を集め続けるのがダークエルの趣味だ。痛みと出血により、大半は目をくりぬいた時点で命を失う。その場合は、魔石は砕け散る。
闇属性だけに、見た目は美しいコレクションだが、趣味が悪かった。再生と痛み止めも不可とするあたり、更に悪趣味だ。

「覚悟した者の瞳、確かに貰い受けた。素晴らしい。今までのどの瞳よりも美しい・・・・」
ダークエルは怪しく笑うと、精霊界への扉を開いた。

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