「ティエリア。愛してる」 「はい。愛してます」 そう二人で囁いて、愛し合うことがこんなにも難解なことだったなんて。 以前なら、普通に手を繋いで地上を歩き回ったり、よく一緒に出かけたりした。 愛という名のカルマが、ティエリアを蝕んでいっているのは、見て取るように分かった。 それでも、ロックオンはティエリアを愛することが止められない。 「明日、アイルランドに降りようか?俺の弟に会わせてやるよ」 「弟?あなたに弟がいたのですか?」 「ああ。ライル・ディランディ。俺の双子の弟・・・残されたった一人の家族だ。もうずっと会ってない。これからも会うことはないだろう。あいつの目の前に現れることはできないんだ。俺もCBメンバーになっちまったし。でも、こっそり姿を見ることくらいできる。お前もくるよな?」 「はい。ちゃんと会って話ができなくても、一目でいいから見てみたいです」 翌日、二人は地球に降りた。 「地上は嫌いだ」 躓いて転びかけたティエリアの体を、ロックオンが支えた。 ひらひらと、雪が降ってくる。 白い季節。 毎日が賑やかな街も、閑寂に包まれていつもより人影が疎らだ。 白銀に包まれた、世界の欠片。 降り注ぐ冷たい、冬の吐息。 ちらちらと音もなく舞い降りて、水となって消えていく、純白。濁りさえ見えない結晶が、凍った空から。 均等に植えられた街路樹は全て葉を落とし、寒々と枝だけを天に向かって伸ばしている。 「寒くないか?」 「平気です」 ロックオンは吐く息を真っ白にしながら、ティエリアの首にマフラーを巻きつける。 人工アンドロイドのティエリアには、寒さなんてどうってことないかもしれないが、ロックオンにとってティエリアは立派な人間なのだ。 たとえ周囲が否定しようとも。 道路は一面同じ白色に覆われて、冬の吐息にビルもオフィス街もぼんやりと霞んでいた。 まだ太陽は沈んでいないというのに、光は厚く覆われた雲に遮られている。元より、この季節の光量はたかが知れているが、それでもないよりはマシだろう。 軽く息を吐くと、それさえもまた白く霞んだ。 「……雪か」 ティエリアは、珍しげに降り続ける雪に向かって、手を伸ばす。 ロックオンも、同じように手で雪を受け止めてみる。 そっと手を空中に滑らせると、結晶はすぐ体温で溶けて消えてしまった。 かじかむ冷たさが手の指先から温度を奪い、麻痺に近い感覚に陥れる。 ティエリアの体温はもとから低かったが、肌は外気のせいで更に冷えていた。機械といっても大半を有機物で構成されており、人工アンドロイドとして最高の部類だ。傷ができれば血も流れるし、痛みなどの五感も備わっている。 ティエリアの病的なまでの白さは寒さのせいでいっそ蒼白くさえ見え、血は通っているのかと疑いたくなる。 実際、血に似たものが全身の血管を通い、レプリカの心臓が鼓動を打っている。 身を切る寒さを吹くんだ風が、ティエリアのコートの裾を弄ぶ。両サイドに黒い十字模様の入ったボア付きの白いコートを羽織っているせいで、いつもと全く違った印象がある。 銀の十字架のペンダントと、同じ紋様の刻まれた白いブーツ。 ティエリアとロックオンの衣服は白で統一され、氷雪の背景の一部になって溶けそうだ。 降り注ぐ雪を避けるわけでもなく、動かなかった二人は、雪を踏みしめて歩きだす。 「とりあえず、俺の家にいこうか」 「はい」 ティエリアが艶やかな表情を、雪の中で咲かせる。 舞い落ちる白銀を眺めていたティエリア。 この雪のように、ロックオンとの愛も散ってそしていつか溶けて消えてしまうのだろうか。 ヒラリと舞う冬の吐息に、落胆が混じる。 「どうした?」 「・・・・・・いいえ。いいえ」 涙を零すものかと、ぐっと唇を噛んだ。 NEXT |