「ロックオン・ストラトス。しっかりしろ」 部屋の外で、刹那が声をかける。 「ロックオン。お願いだから、扉を開けて」 アレルヤの悲痛な声にも、ロックオンは動じなかった。 ロックオンは、もう二日間も、部屋に閉じこもったまま出てこなかった。 今でも、信じられない。 いつものように、優しい微笑を浮かべて、自分の隣に現れるような気がした。 ロックオンは、虚空に手を伸ばす。 「ティエリア!!」 涙が零れた。 誰よりも愛しい、無性の中性体という特別な生命存在であったティエリア。 ケルヴィムに乗っていたロックオンは敵に囲まれ、セラヴィに乗っていたティエリアがロックオンを庇って、負傷した。 その傷は、再生治療で塞がったが、血液検査で重大なことが発見された。 重度の白血病だったのである。 ドクタ−・モレノは、ティエリアの病気を告げ、静かに首を振った。 もう、助からない。全身の血液を変えても、無理だ。 ティエリアは普通の生命体ではない。CBの研究員が、イオリアの研究所のカプセルで眠っていたティエリアを目覚めさせたのだ。 その存在は、敵であるイノベーターと同じであった。 だが、当時はそんなことも分からずティエリアをガンダムマイスターとした。 刹那、アレルヤ、ティエリア、ロックオンの四人のガンダムマイスターが揃った。 四人は力をあわせて、世界に武力介入した。 そして、時が過ぎ、敵の猛攻撃によって、一時は死に別れたかのように見えた。 ロックオンは地上に降りていた。記憶喪失になっていたのだ。アレルヤは連邦政府に捕まり、強制収容所にいた。刹那は、あてもなく四年間を旅して過ごした。 唯一の、確実な生存者であったティエリアが、CBを率いてリーダーとして歩んでいた。 やがて、邂逅の時。 刹那と再び出会い、そしてアレルヤを救出した。ロックオンも生きていることが判明し、CBメンバーとして迎え入れたが、記憶を失っていた。 ティエリアとロックオンは、恋人同士だった。 ティエリアは、ただ無言でロックオンを包み込んだ。 記憶がなくても、愛しい人には変わりないのだ。 ロックオンも、自分を慕うティエリアを、記憶のないままに受け入れていた。 恋人同士のようにはいかなかったけれど、それでも常に一緒に行動して、笑いあった。 「愛してます、ロックオン」 「ああ、俺も愛してるぜ、ティエリア」 いつの間にか、二人はまた愛を取り戻していた。 そして、ガンダムマイスターとして歩き出す。 四人で敵を切り裂き、仲間を守った。 何度も命の危険に晒された。そのたびに、仲間と力を合わせて苦境を乗り越えた。 敵の猛攻撃に、ロックオンの乗っていたケルヴィムが大破した。 「ロックオン!」 ティエリアは、躊躇もなしで、ロックオンの機体を庇った。同じように、大破したセラヴィの機体。 襲い掛かってくるアロウズの紅い機体を、刹那のダブルオーライザーが狂ったように切り裂いた。 そして、なんとか敵の撤退に成功する。 「ティエリア、しっかりしろ、ティエリア!」 「ああ、ロックオン、無事でよかったです。あなたが無事で本当に良かった」 血まみれになりながら、ティエリアは微笑んだ。そして、伸ばされたロックオンの手をしっかりと握って気を失った。 死んでしまったのだと思った。 ロックオンは泣き叫んだ。 緊急オペは、何時間も続いた。 そして、奇跡的にティエリアは一命を取り留めた。 特別なカプセルに入り、ただ眠り続けるティエリアに、再生治療が施された。 傷は、時間とともに跡形もなくなって消えた。 そして、いざ復帰というとき、ドクターストップがかかった。 そのまま、医務室に運び込まれた。 ティエリアは不思議がっていた。傷は完治しなのに、なぜまた病室に閉じ込められるのだろうかと。 まだ、どこかが治っていないんだな。そう思って、ティエリアは大人しくしていた。 CBメンバーが集められる。 言いにくそうに、モレノはティエリアが白血病にかかっており、もう治る見込みはないと口にした。 「嘘だ!!」 ロックオンが叫んで、モレノの服の首元を掴んだ。 それを、他のマイスターたちがおさえこむ。 「最善は尽くす。だが、時間の問題だろう。覚悟をしておいてほしい。それから、本人には知らせないように・・・・」 モレノはそういい残すと、やるせないように壁を叩いた。 「何故だ、何故なんだ!何故、今頃になってこんなことに!何故、普通の治療で治らない!?どうしてなんだ!!」 血が滲むほどに強く手を握り締める。 ティエリアの血液検査で、白血病ということは分かった。それが、重度のものであることも。だが、人間の医学も進歩した。 不治の病であった重度の白血病でも、全身の血を入れ替えることで治ったのだ。 ティエリアは、一度全身の血液を入れ替えた。それで完治するはずであった。 だが、血液検査でまたすぐに重度の白血病にかかってしまったことが分かった。 治療は何回も繰り返された。何回も、全身の血液をかえた。 だが、治らなかった。イノベーターであるティエリアの体は普通ではない。人間の医療方法では治らなかったのだ。 「はやく、セラヴィに乗って、宇宙を翔けたいです。あなたと一緒に」 日に日にやつれ、細くなっていくティエリアの傍には、いつもロックオンの姿があった。 唇を重ねる。 「あなたを愛しています。はやく、あなたと一緒にまたトレミーを歩き回りたい」 「ああ、すぐよくなるさ!」 ロックオンは、エメラルドの瞳で優しく笑った。 ぎゅっと、ティエリアの両手を握り締め、離さない。 アロウズの敵襲があると、ロックオンはティエリアにキスをして、戦場に赴いた。 そして、必ずかえってきた。 ティエリアは、テーブルに生けられた白い花を見ていた。 「どうした、ティエリア?」 「いいえ。なんでもありません」 天使のような微笑は、やつれていた。 もう長くないと、モレノは言っていた。 ロックオンはあきらめない。ティエリアの病室に寝泊りして、ティエリアを励ました。 この愛しい存在を、失いたくない。 記憶喪失であったが、自分とティエリアは恋人同士であったという。そして、記憶喪失さえも乗り越えて、再び恋をして、恋人同士となった。 誰よりも愛しかった。 世界中で、一番。 「世界中で一番愛してるよ、ティエリア」 「僕も、世界中で一番愛しています、ロックオン。僕は、幸せだな」 病室の白い天井を見上げて、ティエリアは微笑んだ。 ティエリアは、泣いていた。 「僕の、シリアルNOは8です」 「なんだ、それは?」 「あなたに知っておいてほしいんです。僕の、シリアルNOは8です。個体番号8のティエリア・アーデ。あなたを愛する、ティエリア・アーデです」 「ああ。分かった。おれは、ニール・ディランディ。ティエリアを愛する人間だ。ロックオン・ストラトスともいう」 「僕は、あなたのコードネームも本名も、どちらも大好きです。いつか、この戦いが終わったら、約束通り、アイルランドで結婚式をしましょうね?皆に祝ってもらいながら、結婚して、家族になって幸せに暮らすんです」 ロックオンは、泣いていた。 「ああ、絶対にアイルランドで結婚式を挙げよう!みんなに祝ってもらうんだ。ティエリアには、純白のウェディングドレスがきっと似合う」 テーブルに生けられていた、白い花びらが一枚、ハラリと散った。 「愛しています、ロックオン。僕を選んでくれてありがとう。僕は、とても幸せです」 「愛してるよ、ティエリア。早く、よくなろうな」 「はい。よくなったら、いろんなことをしたいです」 「ああ。いろんなことをしよう」 二人は、泣きながら、キスをした。 そして、ティエリアは病的なまでに白い肌で、そのまま眠りについた。 「絶対に、諦めるものか!!」 NEXT |