もう一度出会うために「下限の月の夜」







ある日、ドクター・モレノが休息をとって深い睡眠をとっている日に、だめだとは分かっていても、ティエリアを抱いて病室から連れ出した。
そして、そのままトレミーを歩く。
誰もが、笑顔でティエリアに話しかける。
「はやくよくなれよ」
そうかけられる声に、ティエリアは力なくも弱弱しく微笑んだ。

やがて、いつも戦闘訓練で使うバーチャル装置の前にまできた。
特別に、寝台が用意されていた。
ドクター・モレノも、分かっていたのだ。
ティエリアは、その寝台に寝かされた。そのまま、バーチャル装置のハッチが開き、中に入る。
ロックオンは、ティエリアとバーチャル装置を連結させて、仮想世界にダイブした。

どこまでも続く、草原。
長閑な景色。
(マスター、ティエリア・アーデ。お久しぶりです。今日も、AIマリアをご利用くださり、ありがとうございます)
聞きなれた、AIマリアの声がした。
ティエリアが、バーチャルエンジェルとなって、仮想空間に舞い降りる。
小さな教会があった。
そこに、ロックオンが待っていた。
ティエリアの服は、白い患者服から、いつの間にかウェディングドレスに変わっていた。
「うわぁ」
ティエリアが、驚きの声をあげた。
そこには、刹那も、アレルヤも、そしてクルー全員が揃っていた。
小さな小さな教会。
ロックオンは正装しており、ティエリアはウェディングドレス姿で、白い花のブーケを手にしていた。
神父の前で、互いに永遠の愛を誓い合った。
「愛しています、ロックオン」
「俺も愛している、ティエリア」
二人は、口付けをかわした。
深く深く。
何度も、何度も。
繰り返し、繰り返し。

「結婚おめでとう!」
「結婚おめでとう!!」

結婚指輪を交換し、神父の前で永遠の愛を誓いあい、口付けをかわした。

二人を包み込む、祝福の言葉。

リーンゴーン。

教会の鐘が派手になった。
「ティエリア、とっても綺麗よ」
「ティエリア、美人!」
「ロックオンもかっこいいよ!お似合いのカップルだね!」

刹那とアレルヤが、微笑ましそうに二人を見ていた。
「結婚おめでとう」
「結婚おめでとう!いつまでも幸せにね!」

「もちろんさ」
ロックオンが、エメラルドの瞳で二人にウィンクする。
そして花嫁であるティエリアを抱き上げる。
「わぁ!」
驚いて、ティエリアはブーケを持ったまま、ロックオンの首にしがみついた。
「永遠の愛を誓うぜ、ティエリア。たとえ、二人の命が分かつ時がきても、ずっとずっと、ティエリアだけを愛している」
「僕も、あなただけを愛しています。ずっとずっと。僕は、本当に幸せだ」
ティエリアは、心の底から涙を零した。
たとえ仮想空間であるとはいえ、愛しいロックオンとこうして結婚式をあげれたのだから。

ティエリアとロックオンの衣装がかわる。
城の中の舞踏会に景色が変わった。
「踊ろう、ティエリア」
正装したロックオンと、ティエリアは大人っぽいドレスを纏っていた。
ティエリアは、男性としての自我を築いているが、ロックオンと恋人同士であった時代に、女ものの服も着させられ、もう慣れてしまった。
女装とも思わない。
ティエリアの肉体は、無性の中性でありながら、ロックオンの存在によって少女に近くなっていた。
それさえも、ティエリアにとっては愛しかった。
愛した人の存在で少しづつ変わっていくのなら、それも運命だ。
愛されている証なのだ。

「僕は、踊りを知りません」
ティエリアが、美しい美少女の顔で、困ったように自分のきたドレスを見る。
胸なんて、周りで踊っている美しい女性たちのように豊満なものではない。むしろ、スカスカだ。
「胸もスカスカです」
ロックオンは、ティエリアを抱き寄せると唇を重ねた。
「んなことどうでもいいんだよ。おれがリードするから、踊ろうぜ」
曲が変わる。
ティエリアは、ロックオンにリードされて、踊った。
周りを踊っていた男女たちは、遠巻きに二人を羨ましそうに見ている。
「なんて美男と美女なのかしら。まるで王子様とお姫様よ!」
「天使のように可憐だわ」
「みてみて、とても綺麗でかわいいわ」

二人のワルツに、人々が熱にうかされたように羨望の眼差しを注ぐ。
ティエリアは、ロックオンにリードされ、ドレスの裾を翻しながらターンした。
天井から薔薇が降り注いできた。
薔薇に包まれながら、二人は踊る。
甘い香り酔いしれそうになりながら、二人は時間を忘れて踊った。

やがて、踊りが終わると、惜しみない拍手が注がれた。
ティエリアとロックオンはバルコニーに出た。
銀色の下限の月が、寂しげに輝いていた。

「俺は、お前に出会えて幸せだ」
「僕も、あなたに出会えて幸せです」
二人は抱きしめあった。
そして、また口付けを交わす。
「いつか、現実世界でも結婚しような」
「はい、いつか絶対に結婚しましょう・・・・そうだなぁ」
「どうした?」
「僕は、ティエリア・アーデという名前を気に入っています。だから、ロックオンは、ニール・アーデになってください」
「ニール・アーデか。それも悪くないな」

白い花びらが、雨のように二人に降り注いだ。
「知っていますか。愛は不滅なんですよ」
「知ってる。お前への愛も不滅だ」
「僕もです」
また、唇を重ねあう。

「月が・・・・下限の月ですね。下限の月の夜だ」
「ああ。綺麗だな」
「でも、どこか寂しいですね」
「そうか?」
二人を照らす下限の月は、銀色の光となって優しく二人の恋人を照らし出す。

「何億回でも囁く。世界で一番愛してる」
「僕も、愛しています。僕の命よりも、あなたへの愛が大切です」
その言葉に、エメラルドの瞳が涙を零しそうになった。
ティエリアは気づいていなかった。
細い体をぎゅっと抱きしめて、囁く。
「俺も、俺の命よりお前への愛が大切だ」
「僕は、本当に世界で一番幸せです」
「俺もだ」

(AIマリアをご利用くださり、ありがとうございました。次回のご利用を、お待ちしております)

仮想空間から現実世界に戻る。
ティエリアの軽くなった体を抱きかかえ、病室に戻った。
ティエリアは幸せそうに微笑していた。
ロックオンも、同じように幸せそうに微笑していた。
「僕たちは、離れません。離れたくありません」
「俺が離さない。ティエリアを離さない」

仮想空間の中で、下限の月が涙を零していた。




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