ティエリアの病室に生けられた白い花は、全て散ってしまった。 ロックオンは、変わらずティエリアの部屋で寝泊りした。 もう限界なのだと、ドクター・モレノが静かにロックオンに言った。 それでも、ロックオンはティエリアの傍にいた。 「神様・・・もう少しだけ、時間を下さい」 ティエリアは、ベッドの上で泣きながら、眠ってしまったロックオンの手を握り締めていた。 ティエリアは気づいていた。 もう、自分の命が枯れようとしていることに。 ロックオンの頬にキスをして、微笑む。 「神様。あと一日でいいです。時間を、下さい」 ティエリアの石榴の瞳から溢れた涙が、綺麗な軌跡を描いて透明になっていった。 ロックオンは、起きると、そこにティエリアの幸せそうな顔を見つけ、ロックオンも幸せそうに微笑んだ。 満たされた時間。 神は、なぜ人に愛を与えたのだろうか。 引き裂かれる時がくると分かっているのに。 神は、なぜ人に愛するという感情を与えたのか。 分かたれる時がくると分かっているのに。 それでも、人は愛を、愛することをやめない。 その先に、どんな哀しい結末が待っていようとも。 「ロックオン。愛しています」 涙を流しながら、ティエリアがロックオンの手を握った。 「お花がみたいです。全部枯れてしまった。まだ、ミーティングルームに咲いていた花がありましたよね?一輪でいいから、とってきてくれませんか。見たいです」 「ああ、分かった。すぐにとってくるから、大人しくしてるんだぞ」 「はい、ロックオン」 ティエリアは、白い天井を見上げる。 「神様。ロックオンに会わせてくれて、ありがとうございました。僕は、誰よりも幸せでした」 自分の腕に繋がっていた点滴の針を引き抜く。 そして、ふらつく足で立ち上がる。 静謐に包まれたトレミー。 ティエリアは、壁伝いに歩いた。 そして、外にでるハッチをあけて、デッキにでた。 下限の月が、優しくティエリアを包んでくれた。 夜の中、ティエリアの金色の瞳が光る。 ティエリアは、残された全ての力を振り絞って歌った。 とても美しい歌声。歌う曲は、よくロックオンが好きだといってくれた「愛の唄」 もう、遥か何百年も前に死んだ歌姫が歌っていた唄だ。 涙を流しながら、ティエリアは下限の月に向かって歌った。 ロックオンが病室に戻ってくる。 そして、ティエリアがいないのに気づいて慌ててティエリアの姿を探す。 どこからか、ティエリアの歌声が聞こえている。 外のデッキか! ロックオンが走り出す。 ティエリアは、ひとしきり歌うと下限の月を見上げた。 「下限の月・・・・僕が、いつかロックオンともう一度出会うことを、どうか祈っていてください。どんな姿形になっても、僕はもう一度、ロックオンを愛するために、僕の魂はロックオンに出会いたいです」 ロックオンの声が聞こえた。 叫んでいる。 自分の名前を呼んでいる。 ティエリアは、デッキで倒れていた。 その体を、ロックオンが抱き起こす。 「ロックオン。僕は、あなたと出会えて本当に幸せでした」 「俺もだ、ティエリア」 ぎゅっと抱きしめられる。 その暖かさに、安堵する。 「誰よりも、幸せでした。できることなら、ずっとこのままでいたかった」 「何言ってるんだティエリア!ずっとこれからも一緒だ!」 「ありがとう、ロックオン。お花、摘んできてくれたんですね」 ティエリアは、震える手を伸ばして、ロックオンの手にあった白い花を受け取った。 「この花のように、力強く生きたかった。でも、だめなんですね」 ロックオンが、エメラルドの瞳に大粒の涙をためて、溢れさせた。 「だめだ、ティエリア、俺を一人にするな!生きるんだ!」 「あなたと出会えたことが、僕の全てでした。あなたに、出会えてよかった」 「ティエリア!ティエリア!ティエリアあああぁぁぁぁーーー!!」 「泣かないで。僕のためなんかに、泣かないで・・・・・」 するりと、ティエリアの手から白い花が滑り落ちる。 ティエリアは歌った。 愛の唄だ。 「ティエリア!!」 歌声はとても綺麗だった。だが、とても弱弱しい。 だんだんと、歌声が小さくなっていき、やがて止まる。 そして、ティエリアは震える手で、ロックオンのエメラルドの瞳の涙にふれた。 「暖かい。あなたが生きている。あなたが、生きて、いる」 「ティエリア、お前も生きるんだ!!」 「ごめんなさい、ロックオン。僕を、許して、くだ、さい」 「ティエリア!!」 「愛してます・・・・僕は、とても、幸福でした」 その時、奇跡が起こった。 ロックオンの記憶が戻ったのだ。 ロックオンは、震える手で、ティエリアの頬を挟み込んだ。 「全部思い出したぜ、ティエリア。俺が、どんなにお前を愛していたか。記憶が戻った」 「嬉し、い、です」 ティエリアは、涙を溢れさせ、微笑んだ。 「下限の月が、僕らを、見ている。僕たち、の、愛の、軌跡を・・・・」 「ティエリア、ティエリア、ティエリア!アイルランドで、戦いが終わったら、みんなで祝ってもらって結婚式を挙げて、家族になるんだろう!?」 「なりたかったです・・・本当の、結婚式、挙げたかった。家族に、なって、幸せ、に・・・あなたと、暮らして・・・」 「幸せになるんだ、ティエリア!お前は死なない!幸せになるんだ!」 ロックオンのエメラルドの瞳は、涙を溢れされてとまることがなかった。 視界が、涙で歪んだ。 「もう、あなたの、姿が見えない。真っ暗だ・・・・」 「ティエリア!」 「僕の、シリアルNOは8です。覚えて、おいて?」 「忘れるものか!ティエリア、お前は生きるんだ!俺を置いていくつもりか!?」 「あなたと、出会えて、僕、は・・・・幸せ・・・・・・・」 カクンと、ティエリアの体から力がぬけた。 開かれたままの石榴の瞳は虚空を映して、瞬きをしない。 「ティエリア、ティエリア、ティエリア!!!」 揺さぶっても、なんの反応もなかった。 呼吸もしていない。心臓の鼓動もなかった。 「うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!」 ロックオンは、血を吐くほどに絶叫した。 動かなくなったティエリアの体を抱きしめ、口付ける。 「戻ってこいよ、ティエリア。なぁ、死んだふりなんか止めろよ」 だんだんと、冷たくなっていくティエリアの体。 ロックオンはずっと抱きしめ続けた。 下限の月が、銀色の光を放ってそんな二人を哀しく見つめていた。 NEXT |