もう一度出会うために「夢の中で」







「ロックオン、お願いだから、扉を開けてよ!」
「ロックオン・ストラトス!このまま死ぬつもりか!」
扉の外では、刹那とアレルヤが心配そうな声でしきりにロックオンに声をかけていた。

ロックオンは、しおれた白い花を手に、虚空を見つめていた。
ティエリアの遺体は、腐敗を防ぐために棺にいれられ、そのまま墓に葬られることもできずに海に流されていった。
ティエリアの棺の中に、ミーティングルームで咲き誇っていた白い花が入れられた。
本当なら、棺を一杯にするくらいに花をいれたかったが、アロウズがいつ襲い掛かってくるかも分からない中、花を摘んでくるような行為はできなかった。

トレミーに、遺体を安置する場所はない。
棺があったのは、最悪の場合を想定してのことだった。
まさか、実際に使うことになるとは、トレミーの誰もが思わなかった。
みんなが泣いた。
ティエリアと最後のお別れをした。
涙は、みんな止まらなかった。
そんな中、ロックオンは自室に閉じこもり、出てこなかった。
遺体を腐敗させるわけにもいかない。ティエリアの遺体は、棺にいれられて海に流された。
やがて、母なる海へと還っていくだろう。

誰もが鎮痛な悲しみに彩られた中、ロックオンは部屋にとじこもり、ロックをかけた。
そして、食事も水もとらず、睡眠もとらなかった。
ティエリアの服を抱きしめて、ティエリアが最後に手にした白い花を片手に、虚空を見つめていた。
ロックオンが、歌をうたう。
ティエリアの綺麗な声には遠く及ばないけれど、ティエリアが最期に歌っていた「愛の唄」を永遠と歌い続けた。
ロックオンは、生きるということを放棄した。

「ティエリア、愛しているよ」
しおれてしまった白い花に囁く。
涙がいくつも溢れ、頬を伝った。

「神様は、どうして人に愛するという感情を与えたんだろうな?ティエリア、苦しい、辛い、寂しい。ティエリア、ティエリア」
しおれてしまった白い花に、涙が滴った。

やがて、いつの間にかロックオンは眠りについていた。
生きるということを放棄したはずなのに、気づけば水を飲んでいた。
人間は、水さえあれば数日生きることができる。

夢の中で、小さな少女が微笑んでいた。
ロックオンは、仮想世界でティエリアと結婚式を挙げた小さな小さな教会の前にいた。
少女の笑い声。
ロックオンは、その声に誘われるように、教会の中に入った。
教会の中では、少女が愛くるしい表情で、佇んでいた。
髪は紫紺で、その顔はティエリアそっくりだった。
「ティエリア?」
少女を抱きしめる。
「ごめんなさい。私は、あなのティエリアではないわ」
「そっか・・・・」
少女を放し、ロックオンは呆然と教会にあるイエス・キリストの像を見上げた。
自殺は、キリスト教徒にとって最大の罪である。だが、このまま死んでしまっても構わないとロックオンは思った。

「違う次元から、私はやってきた。あなたに生きてもらうために」
「ティエリアは死んだ。もう、俺の生きている意味はない」
「生きて。お願い、生きて」
少女が、涙を零した。
ロックオンも、一緒に涙を零した。
「なぁ、あんた天使だろ?ティエリアを生き返らせてくれないか?」
少女の背には、六枚の光る翼があった。
ロックオンの願いに、少女は首を振った。
「一度、死んでしまった者を蘇らせることはできないわ」
「じゃあ、俺を殺してくれ」
「それも、できない」
「俺は、どうすればいいんだ」
「生きて。生き延びて。あなたに、光の道を示します。今から見える光景は、全て現実のもの。目を開いて、よく見ておいて」

少女が、突然現れた扉を開けた。
パァァァと、眩しい光に包まれる。
そこは、イノベーターであるリボンズの邸宅であった。
「イノベーター!」
ロックオンが叫んだ。
誰でもない、世界を歪ませている存在たち。
「リボンズ!」
敵の総大将に、ロックオンの声が険しくなる。
「!?」
ロックオンが、目を見開いた。
リボンズの傍に、ティエリアそっくりのイノベーターがいる。それはリジェネかと最初思った。リジェネの存在は、ロックオンもティエリアを通して知っていた。
何度か、ティエリアに接触してきたイノベーターだ。
リジェネは、リボンズの向かい側にいた。
そして、リボンズとリジェネにはさまれるように、天使のような格好をした、ティエリアがいたのだ。

「リジェネ。最近、僕は変な夢を見るんだ。僕がガンダムマイスターで、同じガンダムマイスターと愛し合って、そして病気で死んでしまう夢を」
リジェネは、ティエリアを抱きしめる。
「それは、ただの夢だよ」
「そうだよね。だって、僕はイノベーターだもの。ガンダムマイスターのような下等な人間じゃない」
リジェネを抱きしめ返す。
「ティエリア、もう遅いから寝なさい」
「はい」
リジェネの言葉に、ティエリアは素直に頷いて、欠伸をしながら寝室に向かった。

「ティエリアだって!?」
ロックオンが、驚愕に目を見開く。

リジェネが、リボンズに近寄った。
「計画が狂ってしまった。もう一人のティエリアが死んだ」
リボンズが、悔しそうに顔をしかめた。
「イオリアの申し子が、まさか死ぬなんて!これでは、あのティエリアを目覚めさせたことに意味がない。いずれ、ガンダムマイスターのティエリアと入れ替えさせる予定だったのに!」

その言葉に、ロックオンが声を失う。

リジェネが、悔しそうなリボンズの傍にやってきて、囁いた。
「どうする?これでは、こちら側のティエリアの意味がない。それに、魂がシンクロしているようだ。死んでしまったティエリアとこちら側のティエリアは鏡の中の存在のようなものだからな。死んでしまったティエリアの記憶が、少しづつこちら側のティエリアを侵食している。今日なんて、起しに言ったら、笑顔で「おはよう、ロックオン」と言われてしまったよ」
「処分はしたくない。一度、ティエリアの記憶を全て消してしまうか」
その言葉に、さも同然だとばかりリジェネが頷いた。
「ティエリアを処分だなんて、そんなことこの僕が許さないよ」
「分かっている」
「記憶を消すことの一切に関しては、僕に任せてほしい」
「リジェネがか?任せて大丈夫か?」
「僕は、ティエリアの兄弟のようなものだよ。僕が一番、ティエリアに後遺症なく記憶を消し去ることができる」
「分かった。ティエリアに関する一切の権限を、リジェネに任せることにする」
「ありがとう、リボンズ」
リジェネは、リボンズを抱きしめると、キスをかわした。
当然というように、リボンズはそのキスを受けると、リジェネを組み敷いた。
「ティエリアも、まさか兄弟のリジェネが僕に抱かれているなんて思いつきもしないだろうな」
「ティエリアには手を出させないよ、リボンズ。僕で我慢しなよ」
二人は、そのままもつれあって、ソファの上に倒れた。

扉が閉じた。
そして、少女がエメラルドの瞳で瞬くと、じっとロックオンを見上げた。
「これは、現実のこと。この世界には、二人のティエリアが存在する。ガンダムマイスターとして生きたあなたの愛しいティエリアと、その対となる、イノベーターとして生きる、最近目覚めたばかりのティエリアと。二人の魂は、二つで一つ。片方がなくなってしまって、もう一つに片方の魂が溶けていった。もう一人のティエリアをどうするかは、あなた次第」
バサリと六枚の翼を羽ばたかせる。
「この世界での私の役目はここまで。あとは、あなた次第。このまま朽ちていくか、それとも・・・・」
少女の背後に、女神のような天使が現れる。
「セラヴィ、こちらの世界までまたこの二人に干渉しているのですか。次元を移動してまでの干渉は感心できませんね」
「ジブリール、もう私の役目は終わったわ。元の世界に戻るわ」
女神のような天使も、少女の姿をした天使も、消えてしまった。

ロックオンは、信じられないような光景をみて、喉を鳴らした。
光の道は示された。
朽ちるか、それとも・・・・・。
ロックオンは、もう一度出会うために、足を踏み出した。
一歩一歩。
もう一度、明日を取り戻すために。




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