血と聖水フレア「異郷の故郷にて想う」








フレアは、真紅の髪に真紅の瞳、そして真紅の翼でじっと飛行船を見ていた。
フレアから生まれた意識体ヴァンパイア、フレア。
ずっと七千年間帝国を守ってきた結界は、時が経つにつれて僅かずつ意識を持つようになった。分離した意識体は、少しずつ固まっていき、やがてヴァンパイアの形をとる。
それでも、ずっと眠っていた。
フレアはフレア。
帝国に住まう民を、朝日の滅びの光から守るただの結界。

幼い少女を形作っていた意識体は、ネイの存在を感知して目覚めた。
もう何千年も眠っていた。
やっと、その時が訪れた。創造主、ネイに出会える時が。
ネイが作り出した血の僕たちは意識をもち、そして独立したエターナルとなって、帝国に受け継がれている。ネイが作り出した僕のは、ネイの血をひいているのではない。ネイの血そのものでできており、ネイの魔力によってその存在はエターナルヴァンパイアとなって、ネイの血でできた僕ではなく、民を守る帝国騎士となった。それが、今でもブラッド帝国をずっと守っている帝国騎士の歴史のはじまりだ。

全ては、元をただせばネイにいきつく。かつて滅んだ魔法科学文明が、霊子エナジーで作り上げた新人類、それがエターナルヴァンパイア。人は長寿と不老を読めみて彼らを作り上げた。
そして、作り上げられた新人類は、人類の奴隷として虐げられた。
ネイは・・・・数億の人類の霊子エナジーを凝縮して作り上げられた、新人類をまとめる皇帝として生まれた。彼は神格を魂にもち、生まれながらの神であった。
人類に虐げられていた、同胞たちを解放して血の帝国をつくり、そして彼は。主だった霊子エナジー抽出施設を、エーテルイーターで霊子エナジーを食らいつくして破壊しつくした。
それが、栄華を極めた古代科学魔法文明の滅びの謎の真実。滅ぼしたのはネイとそして創造の3柱神。5千年もの間栄えた文明は僅か数日で滅びた。

その滅びには、創造神ルシエード、創造の女神アルテナ、創造の母ウシャスが加わっていた。いつもは出れない神の空間から、極端に力をおさえて世界に進出し、新しい世界の創造のために、彼ら3柱の神々はネイが滅ぼした施設をさらに破壊し、そして文明を消した。消えた人間は数億ともいわれるが、それによって虐げられていた数十億の奴隷にされていた人間は解放された。
そこから、精霊との契約がはじまる。滅びた文明は精霊を無視して、神の領域を侵す霊子科学まで踏み入った。神のように、新人類を作り上げた彼らに、創造の3柱神は冷酷に裁きを与えた。
「ハルマゲドンの戦い」と呼ばれたその数日。創造の神が作り上げた天使たちが、人間の文明を滅ぼしていく。
やがて、奴隷とされていた人々は解放され、創造の3柱神の指導の下、新しい「精霊と魔法と科学」全てが融合した理想の文明を築きあげる。
それが、今の人間国家の始まり。
一方で、新人類とされていたものたちを、ネイは引き連れて人間社会とは遠く離れた異郷にブラッド帝国を建設し、そしてその血で民を守りながら何度も転生を繰り返して、やがてティエリアの前世であるジブリエル(ティエリル)と出会い恋をして結婚した。初代ネイも結婚し子供をもうけたが、そこに愛はなく、ただ帝国に自らの血を残すためであった。
血の民は守り神でもあるネイを絶えず畏怖していた。恐怖。それがネイに抱かれるもの。何故なら、ネイは使徒でもあるのだ。同じ同胞をくらいエーテルイーターの力を宿した神。ネイはいつも孤独であった。神の力を持つがゆえに、傍にいる者は命が削られていく。それを承知の上でジブリエルであったティエリアはネイの傍に在ること望み、やがてソランという子が生まれる。ジブリエルの弟リジェリエルもよくネイのところに遊びにきた。はじめにソランが崩御し、そして続いてリジェリエル、ジブリエルと崩御していった。
ネイは約束した。またこの世界で会って愛し合うと。そしてライフエルに神の力全てを捧げ、ティエリア、刹那、リジェネがこの世界に誕生した。刹那とリジェネは魂の継承まではいかなかったが、ティエリアは魂の継承までしており、やがて二人は今から14年前に再会を果たして、永遠の愛の血族としてロックオンはティエリアを迎えた。
ネイの願いは叶った。
そして、千年の間に、無くしていた神の力も徐々に戻り、今のロックオンは完全なるネイである。


「ネイ様、ティエリア様、空港に着陸いたしました」
飛行船の同乗していた帝国騎士が数人恭しく二人を、空港からさらに、空港の外に待たせてあった皇室専用の馬車に二人と忘れてはいけないフェンリルを乗せて、馬車は王宮に向かって走り出す。
馬車といっても、馬はペガサス。馬車自体もシルフの魔法がかかり、空を飛ぶようにできていた。
空港から帝都までは数週間かかる。
ロックオンは、自分のナイトメアで帝都の王宮までいくつもりだったのだが、馬車を勧められて仕方なくそれに乗り込む。皇帝がわざわざ用意してくれたものを無視することはできない。それに空を飛ぶのであれば、数時間で帝都につくだろう。
「せい!」
ペガサスを自在に操る帝国騎士は、帝都に向けて出発する。
空の旅。馬車の窓からも、フレアが耀いて見えた。

「なんか豪華ですね」
「これが普通なんだよ。皇帝直属の帝国騎士に皇室専用の空飛ぶ馬車。ネイである俺を迎えることにもなるんだ。これくらいしなきゃ、非礼になるんだろうさ。まぁ俺は全然気にしてねーけどなぁ。昔は俺は孤独だった・・・・何度転生しても、俺の住む宮殿には誰もいなくて。傍仕えさえいなかった。皆俺を怖がって・・・でも、今の俺にはティエリア、お前がいるから平気」
にかっと笑うロックオンに、ティエリアは頬を染めて、豪華な馬車の中でクッションで顔を隠してしまった。
「にゃああ。主をたぶらかすにゃあ」
「ぬおおおお!!!」
フェンリルがティエリアの頭から飛んで、ロックオンの顔をばりばりひっかいた。
それでも、ロックオンは機嫌が良かった。

「生まれ故郷・・・・ここの地下で俺は生まれた。そして、ここが他の大陸とはなれた大陸であることを知って、ここにブラッド帝国を作り、新人類たちを導いた。ネイであった頃は、民に畏怖されながらもこの帝国を統治していた。」
「たった一人で?」
「いいや。ちゃんと家臣はたくさん忠実なのがいたさ。表に皇帝制度をたてたのも俺だしな。一人で宮殿で暮らしてたけど、一応は女官とかもいた。俺の傍にはいなかったけど。食事を運んできたり、着替えを用意したり・・・そりゃまぁ、広い宮殿で完全に一人で暮らすことなんてできないさ。でも、誰ともすれ違うことさえなかった。皆用事がすめばすく立ち去っていく。はじめはそうじゃなかった。たくさんの家臣と女官に囲まれて皇帝として君臨していた。その皆が死んだ。エーテルイーターがな、同胞を食らっていくんだよ。力にださなくても、自然と周りの同胞の命を食べていた。その頃の俺は子供だったんだ。周りから何故人がいなくなるのか理解できなくて・・・・・俺の双子として生まれてきたライルまで俺を遠ざけて・・・泣いた夜もあったなぁ」
「あなたの傍には、僕がいますよ」
ふわりと抱きしめられて、ロックオンはその体を抱きしめ返す。暖かな体温。
「うん。ありがとな。まぁ、一人であることにも慣れたんだ。ブラドがよく俺の傍にいてくれたし。そのせいで急逝しちまったけど。やがて成人して、お前と出会った」
「ロックオン」
「お前は、俺の傍にいて寿命が縮んでいくと分かっていながら、俺の傍にいることを選んでくれた。幸せだったよ。勿論、今も幸せだよ」
「はい」
「ふにゃ。やってられないにゃ」
フェンリルは、二人のラブラブにふてくされて窓にぶら下がる。
「綺麗にゃね・・・フレア・・・・真紅でとっても綺麗にゃ」

そう、かつて生まれてきたネイは、子供の姿をしていた。だが血の神であることはかわりない。けれど、やはり子供であるだけに、幼い部分は存在した。ネイの双子の弟として作られたライル。けれど、ライルは血の神にはならなかった。同じように数億人の霊子エナジーを凝縮して作られた結晶体であるのに、ライルは神ではなかった。魂に神格は持っていたけれど。シンメトリーを描く弟と一緒に暮らしたいと何度も祈った7千年前。代々の教皇であった「アルテイジア」がライルを幽閉していたという。今はもうロックオンたちに殺されていないが、アルテイジア、教皇は世襲制で、教皇になった者は全てアルテイジアと名を改める。アルテイジアもまた魂に神格をもち、転生し続ける存在であった。
教皇の「アルテイジア」は下をただせばロックオンの血から作られた帝国騎士だ。その僕は、ネイと対立する形を選ぶようにわざとネイを孤立させ、権力を奪った。だが、どんなに権力を奪っても、ネイは国の創設者。全てを奪うことはできない。だから、あのアルテイジアはネイの血族になることを望み、自らが血の神になることを望んだ。代々のアルテイジアがそう望んできたように。
ライルもまた、ネイと同じように転生を繰り返して、今のライルは7代目ライルにあたる。

ロックオンは、ライルに直接会うことは避けていた。怖かったのだ。弟に、嫌われるのではないかと。
今はアニューという伴侶を得て幸せに暮らしているという。
ネイが帝国から去った後、帝国を混乱させないために、ネイとして皇帝の地位についたライル。孤独であっただろう。孤独のまま死にまた転生し、そしてまたネイとして皇帝となりまた孤独になる。
ネイは、夜の皇帝としてただそこに君臨していればいいだけの存在となっていた。血の神は、帝国の中にいても外にいてかわりないのかもしれない。やがてライルがネイではないと分かるが、けれど夜の皇帝の地位についたままであった。ライルにはその資格がある。ネイの、たった一人の血を分けた弟であるのだから。

王宮に入る。
皇帝の謁見の間に通されることなく、そのまま私室に通される。
「兄さん!!」
ライルが、そこにいた。
ライルは、ロックオンを、ネイの影武者として孤独に皇帝として君臨する運命を辿らせた兄の全てを許していた。
かつて精霊界で会ったときも「愛している」といってくれた。
「許して・・・くれるのか。こんな兄を。ネイを。お前の全てを狂わせた俺を」
「許すもなにも、俺たちは世界でたった二人の双子の兄弟じゃないか。家族じゃないか。俺はずっと兄さんのことを愛していた。それは、今でも変わらない」
ロックオンの瞳から、ライルの瞳から二人のシンメトリーを描く影は、互いにエメラルドの瞳から涙を流して手をとりあう。
「ありがとう、ライル」
「一応兄さんの跡を継いで夜の皇帝になってるから・・・・帝国の外に出ることができなくて。今回しかないと想ったんだ。前回は兄さんが帝国にきていたのも分からなかった。同じ血をひていても、俺は血の神じゃない。兄さんの存在がどこにあるのかも分からない。こんなに会うのが遅くなったこと、許して欲しい」
「許すも何も・・・・」
「紹介するよ。アニュー・リターナ。俺の妻で永遠の愛の血族だ」
ライルが、部屋の隅に控えていたラベンター色の髪の柔らかな印象のある美しい女性を紹介する。瞳の色が金色で、アニューはティエリアと同じイノベイターだ。
ヴァンピールを人間に戻る治癒術士、癒しの存在として有名であったが、帝国に渡り、帝国のヴァンピールを救っているうちに、ライルと出会い劇的な恋をして結ばれたのだという。
「俺も紹介する。ティエリアだ。俺の永遠の愛の血族」
ティエリアは頭にフェンリルを乗せたまま、ライルと握手を交わした。

「良かったですね、ロックオン。和解ができて」
「ああ」
ロックオンは、本当に幸せそうだった。
「俺たち、夜の宮殿に住んでるから。兄さんがずっと住んでた場所だ。よければ遊びにきてくれ」
「ああ」
ライルとロックオンは、握手しあい、互いの体温を確かめると別れを告げる。多くはいらない。会え、和解できただけで十分だ。ロックオンとライルは、もう大人だ。
互いに永遠の愛の血族を迎えている。
もう独立しているのだ。
ライルにはライルの、ロックオンにはロックオンの役割がある。帝国では、ネイは絶対不可侵の存在。そしてライルは帝国での夜の皇帝に座している。あまり長いこと夜の宮殿を空けるわけにはいかないのだ。

ネイは自由だ。だが、ライルはネイのせいで不自由なのだ。
それを二人は承知の上だ。
「愛してるよ、兄さん」
「俺もだよ、ライル」
二人は手を振った。そのまま、ライルとアニューは夜の宮殿へと帰っていった。ライルは夜の皇帝として、皇帝の仕事と責務がある。ネイが、一人で君臨し続けた時もそうであったように。



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