夜の皇帝の仕事は、表の皇帝では対処しきれないものや、その補佐になる。反乱をおこした貴族の一族を調べ上げ、その処刑に捺印をおしたり・・・とにかく、書類仕事ばかり。実際に処刑にたちあうのは表の皇帝の仕事。表の皇帝は代々ネイに忠誠を誓い、ネイと使い魔でやりとりをしながら国を統治していた。 ネイが、自分ひとりでは統治しきれない、畏怖される存在ではと思い表に皇帝制度を敷いた。それは正解となり、500年に一度表の皇帝は代替するシステムで7千年以上このブラッド帝国は栄えている。 ブラッド帝国と人間国家が戦争したという歴史もあるが、それは建国当時に、まだあった魔法化学文明の人間たちとの独立戦争であった。 人類と敵対しておきた戦争という、歴史に残された史実とは違う。 本当のことを知るのは、ネイのみ。 何はともあれ、ネイの統治と表の皇帝の統治の下、ブラッド皇帝は7千年以上も栄えている。人類国家と共存の道を選び、もともとこの帝国の地に住んでいた人間の安全も保障され、この帝国は人間と新人類のヴァンパイアという、敵対しそうな危うい種の共存を実現した。 エターナルヴァンパイアたちが、人間を襲わなければ人間も受け入れる。血が食料として必要なので、血液バンク制度が発達した。 ネイがいなくても、ブラッド帝国は滅びないだろう。でも、ネイを畏怖しながらも中にはネイを受け入れた者たちもいる。それは表の皇帝にはじまり、そして国中にゆっくりと浸透していった。 はじめはまるで恐怖政治のようだった。しかし、転生を繰り返し統治を続けるネイを、人々は心から敬愛していた。ネイこそ開祖。このブラッド帝国の由緒正し建設者。ネイがいなければ、今のブラッド帝国という存在もないのだから。 去っていったライルからもらった、おみやげだと手編みだというマフラーを首に巻きつけてぼえっとしている、というかにまにましすぎてだらしないロックオン、この人がネイ。 去っていったライルのほうが、日頃の正しい生活や夜の皇帝としての責務と執務を果たすところから見ても、よほど血の神といわれて納得ができるのだが。ネイは、表の皇帝と一緒に国を統治しながら・・・・仕事をさぼるとこと覚えた。その頃からロックオンの基礎人格の予兆は見えていた。 今では、ネイがいなくてもこのブラッド帝国は存在できる。表の皇帝は民によって選挙で選ばれた皇族、時には平民からなっており、今の皇帝メザーリアは皇族の庶子として育てられながらも身分は平民であった。平民からまた新しく皇帝が生まれた。 「ティエリア様。どうぞ、奥のほうへ。湯浴みと着替えをご用意しております。ネイ様も」 一人の帝国騎士が、ティエリアを案内して王宮の奥へと消えていった。ロックオンは違う方向に帝国騎士に案内され、多くの女官に傅かれて香水のような薔薇風呂に入れられた。 「ネイ様、湯加減はいかがですか?」 女官が、薔薇の花をロックオンが入る浴槽に散らす。 「いや・・・・あんたら、俺を薔薇の香水風呂に入れて楽しいわけ?」 薔薇の匂いでむせ返りそうな浴室。 「楽しゅうございます」 ホホホと、何人もの女官が笑う。 「ネイ様のこのだらしない顔!もう見ているだけで笑いが止まりませんわ!肖像画で覚えたネイ様はもっと美しくかっこよく凛々しくあったのに・・・・やはり、殿方は特定の方ができると尻にひかれるのですね」 いや、ひかれて・・・・ないっていいきれない。ティエリアの尻にひかれてるんだろうか、俺ってとかロックオンは考えていると、一人の女官がザッバーンと浴槽の中に入ってきて、ざぶざぶとロックオンのところにくると、ロックオンをひっぱたいた。 「きゃあ!」 「ネイ様!!」 女官たちが悲鳴をあげる。無礼なことだ。ネイがその気になれば、今この場で首を刎ねられてもおかしくはない行動。浴槽で護衛に当たっていた帝国騎士が、現に鞘からスラリと剣をぬいて、その女官を切り捨てようとしたが、ネイが手で制した。 「切り捨てる必要はない。名は?美しいな・・・・」 ロックオンが、興味を引かれてその美しい女官の手をとる。浮気をするつもりはないが、仲良くなって語らうくらいならティエリアも許してくれる。ティエリアは、女性のことで焼餅を焼いたりするタイプ・・・・ではないのは、ロックオンを信用しているからだ。ロックオンはティエリアだけを、自分だけを愛していると。その割にはよく早とちりで、尋ねてきた女性を昔の恋人と間違えてロックオンを殴り飛ばす。そんな日常のロックオンとティエリア。 ロックオンの中で眠っていたネイが目覚める。 「何か、報酬でも欲しいのか?我はネイ。望みがあれば聞こう」 ロックオンに女友達はけっこうおおい。それはもう、昔の悪い女性癖の塊がそのまま女友達へと変化したのだ。 「欲しいです」 「私も欲しいです」 「私もー」 他の女官たちが、隠しもせずに手をあげる。ネイの本質は、もう帝国の一部に知れ渡っている。ロックオンの知らない間に、畏怖すべき血の神は・・・・本当は軽い青年であると知られてしまっている。全ては皇帝メザーリアの仕業であるが。 だが、それでいいとロックオンも思う。怖がられるより、こうして自然に会話できることが嬉しい。昔では味わえなかった、真なる皇帝としての、王者としての自分に酔いしれることができる。 とりあえず、返事をしたしなかったに関わらず、世話をしてくれる女官全てに、金でできた髪飾りを贈らせることを浴室で護衛にあたっていた帝国騎士に告げる。 「お前は何がいい?金の髪飾りでは不満そうだな。我にできぬことはない。我はこの国の皇帝なり。我の財産は数え知れぬ。もっとも、我の財産で一番大事なのはこの国とこの民だがの」 「純金の聖書」 その言葉に、ネイは目をぱちくりとさせ、ロックオンに戻る。 「はははは・・・・・おもしろいな、お前。聖書?まるで聖職者みた・・・い・・・・な・・・・・・」 その頃のティエリアはというと、同じく薔薇の香水風呂に入れられていた。 女性の帝国騎士が、ティエリアの護衛に当たっている。 「湯加減はいかかですが、ティエリア様?」 「あ、うん、大丈夫」 「にゃにゃーー薔薇なのにゃ〜〜」 浴槽を泳ぐフェンリルが、えいえいと、浮かぶ薔薇を前足でつっついて遊んでいる。 ティエリアは真っ赤になったが、女官たちに囲まれて体をすみずみまで洗われたあと、最高級の香油を全身にくまなく塗られ、そして可憐な下着をつけさせられて、豪奢なドレスを着せられる。 でも、何気にゴスロリ・・・・。 「なんでゴスロリ?」 「はい、皇帝メザーリア様の命令でございます。ティエリア様には、普通のドレスよりゴシックドレスが似合うと」 レースとフリルとリボンで彩られてはいるが、金糸銀糸の縫い取りがされ、宝石まで縫われたそれは豪華なドレスだった。腕の部分は花鳥風月の浮き彫りがされており、黒を基礎とした生地の間から真っ白な肌が浮き彫りの間から見える。 髪は丁寧に結われ、白い薔薇を花冠のように被らせられ、後ろで一度一つにまとめてから背中に流している。ティエリアの髪も大分伸びた。昔は肩までだったが、今では腰まである。 白い薔薇の花冠の上には、最高級の細工がされた繊細なクラウンがつけられた。耳飾り、首飾り、ブレスレットに足環まで。金銀、プラチナの最高級の宝石細工で彩られていくティエリアは、まるで姫君のようだった。 髪のサイドには、白い絹のリボンが結われている。 まるで、舞踏会に出かける姫君のような。黒の上等なゴシックドレスを身に纏った、少し幼い姫ような印象だ。 「飾りすぎじゃないかなぁ・・・」 「いえ、とてもお似合いですわ、ティエリア様」 「そうですわ。もっと自信をおもちなって。あなた様はネイ様の永遠の愛の血族であらせられるのですから」 「とても美しいですわ」 女官たちは自分ごとのようにきゃあきゃあ騒いで、ついでにフェンリルの首に大きなブルーサファイアつきのリボンを結う。足には、金細工の足環を。 「きつくありませんか、フェンリルさん?」 「にゃあにゃあ、いやこれ僕王子様にゃ?」 「ええそうですわね」 フェンリルの頭にも、白い薔薇の花冠を乗せて、ティエリアと同じ細工の小ぶりのクラウンをのせる。 その自分の姿を鏡で見て、フェンリルは前足をあげたり後ろ足だけで立ってポーズを決めてみたり・・・・かなり浮かれていた。 「にゃあ、もういやにゃねぇ、お姉ちゃんたち、そんなに見つめても僕の心は主のものなのにゃあ」 女官たちにかわいいかわいいと、フェンリルは大人気。 豊満な胸に顔をおしつけられて真っ赤になったりしながら、フェンリルは上機嫌だった。 だって、フェンリルは人型をとるとゴシックドレスをきた女の子になるけど、性別は正確には男の子。 フェンリルは人型をこの世界ではあまり取らない。魔力を消耗するからだ。それに、ティエリアも人型よりいつものフェンリルでいてくれるほうが好きなようで。何せ、かわいい子猫サイズで、頭にのせて移動するのが日課なので。無論、人型をとったフェンリルもかわいすぎて仕方ないのだが。 フェンリルを抱いたティエリアは、帝国騎士と女官たちに案内され、謁見の間に続くロビーに出ると、そこのソファでしばし待機といわれ、ソファに腰掛ける。 「なんか・・・・変なかんじ。普通の国のお姫様ってこんな生活毎日してるのかな?窮屈でたまらない」 いつも、ティエリアは眼鏡をかけているときもあるが、戦闘などが多いためにコンタクトにしている。金色の瞳で、謁見の間に続く廊下にひかれた高級そうなペルシャ絨毯を見下ろした。 「あれ?どうしたの?」 クスンクスンと、泣いている少女がいた。 近づいてみると、真っ赤な髪に瞳に翼を持っていた。 「哀しい。あなたは姫王になれたのに、どうして私はなれないの」 「え」 真っ白な翼が、エターナルヴァンパイアの証。 真紅の翼は、この地ではいるはずのない外の世界のヴァンパイア。 皇帝は、鎖国を解いた。でも、外の世界のヴァンパイアを帝国に入れることは禁止しているし、外の世界にエターナルが出ても、外の世界のヴァンパイアを血族にせぬまま、子をなすことは禁止していた。 純粋な夜の一族、エターナルの血が薄れてしまうだめだ。 エターナルは血を第一にしている種族。エターナルが、普通のヴァンパイアとの間に子をもうけることなどまずありえない。皇帝が禁止しなくとも、エターナルは別種ともいえる外の世界のヴァンパイアを忌み嫌っている。 「君は?」 「嫌い!あなたなんて嫌い!」 トン、とティエリアを突き放して消えてしまった。 「フレ・・・ア?」 帝国の全領土を覆う、フレア。血の結界。 何故、そう思ったのかは分からない。あの真紅の色が、フレアを連想させた。 紅い天蓋を。この地を滅びの朝日から守る、絶対なる神の血の結界を。 た。ライルは夜の皇帝として、皇帝の仕事と責務がある。ネイが、一人で君臨し続けた時もそうであったように。 NEXT |