血と聖水フレア「安らぎの祈り、獅子の姫の悲哀」







「その日の夜は、貴族たちを招いて晩餐会とパーティーが行われた。
「皇帝、今夜も麗しく」
「陛下、ご機嫌麗しゅう」
「陛下、今年は南のブドウが豊作だとか」
「陛下、どうか謁見が済めば私と一曲」
陛下陛下と、慕われる皇帝メザーリアは、謁見を全て終えると楽師たちに命じて音楽を奏でさせる。

そして、一番にティエリアの前にくると、手をさしだした。
「ティエリア様。どうか、この皇帝メザーリアと一曲」
「はい」
ティエリアと皇帝メザーリアは軽やかに踊る。
「美しい・・・・流石はネイ様の正妃」
「お二人とも本当に美しい」
その声に、ロックオンは満足そうだった。
ワルツを踊る二人は、ステップも正確で、とても優雅にしなやかに踊る。
皇帝を見ていた者は、ティエリアの美しさと可憐さに惹かれ、男性は頬を染め、女性は上品そうに微笑んでいた。
「皇帝陛下」
ティエリアがそう呼びかけるが、メザーリアは首を振った。
「メザーリアでいい、ティエリア様」
「じゃあ、僕もティエリアでいいよ」
「分かった」
どこか、ボーイッシュな皇帝は、衣装はゴシックドレスであるが髪も短く、接してみると女の子の姿をしてはいるが、口調はやはりどこか男ぽさを感じる部分があった。
夫のネメシスは、侯爵夫人と踊っている。他の貴族たちもそれぞれパートナーを見つけ、踊り始めている。
ただ一人、ロックオンだけがぽつんと立っていた。
貴族の令嬢たちがたくさん、声をかけたそうにしているが、夫人たちもだが、勇気が湧かないようだった。彼はこの国に建設者、伝説のネイなのだ。

「よお、ネイ」
げしっと、ロックオンを背中から踏み倒す。
「お前は・・・・まともな挨拶ができねーのか!」
振り返ると、そこには美女がいた。
「あれ?あれ???」
「俺だってば」
「リエットだよな。なんでドレス着て着飾るだけで・・・・こんな美人になるの?」
「そりゃ土台がいいからだろ。じゃねーよ。女ってのは、そういう生き物なんだよ」
「それは知ってる。でもお前はもっとキングコングのはず・・・・」
「一曲踊ろうぜ、ネイ」
「おう」

皇帝の隣で、ロックオンはリエットとパートナーになって踊りだす。皇帝も嬉しそうだ。こんなパーティーを嫌う姉が、久しぶりに出席してくれたのだ。ちゃんとドレスを着てくれた。いつもは男装をして、貴族の令嬢と踊る。貴族の令嬢は男装したリエットに惚れて、何度か求婚されたこともある。帝国では、男女結婚だけでなく、同性間での結婚も認めている。
人間を永遠の愛の血族にすれば、足りない人口は補えるし、人間との結婚は禁忌であるが、裏を返せば永遠の愛の血族としてエターナルヴァンパイアに迎えた人間とは結婚できるのだ。人間との恋愛だって、ご法度であるがこうやっていくらでも抜け道がある。
人間の数は減ることはない。エターナルと違って、寿命が短い分、子を数人設ける人間。エターナルはせいぜい一人か二人。ブラッド帝国の人口は減ることがなければ増えることもない。減っていく、寿命を迎えていく分、エターナルとして迎えられる人間が増える。自然とバランスは取れていた。
それはネイが、血族として迎えた人間との婚姻を許したせいでもあった。エターナルは人間のように万年発情期ではなく、子孫を残すための期間が10年に一度しか訪れないのが少子化の原因であるのかもしれない。

「ティエリア様?」
ティエリアは、踊りが終わって、じっとその真紅の少女を見ていた。
他のエターナルには見えないようであった。
「ティエリア様、どうかしたか?」
「ううん・・・」
真紅の少女、フレアは涙を零して、ロックオンに抱きつくが、けれど透けてロックオンを抱きしめることもできないようだった。

「おう、もう一曲踊るか?」
「いや、ティエリアと・・・・」
「リエット様、私と踊ってくださいまし!」
「いいえ、このわたくしと」
「いえ、私と」
「私とですわ!!」
ロックオンは、貴族の姫君たちの団体に・・・踏みつけられていた。
「右に(_´Д`) アイーン 左に(´Д`_) アイーン 」
一人で踊りだすロックオンに、皆ネイ様が笑いをとっているのだ、クスクスとおかしそうに笑う。
いや、もうこれは癖になってしまった魔法の効果なのだが。
真実を知る者は少ない。

「ロックオン・・・・踊りましょう」
「ああ」
二人は手をとりあって、中央にくる。
「では・・・・俺は、今日は姫、君と踊ろう」
リエットはバサリとドレスを脱いだ。おーと男性が色めき立つ。
「姉上!!」
皇帝がぴくりと、姉の行動を制止しようとするがすでに遅い。下には男装の正装を着ていた。キャーキャーわめく貴族の姫君の黄色い声を聞きながら、ロックオンはティエリアと踊りだす。
獅子として名高い皇帝の実姉は、男勝りな性格と丹精な美貌、そしてその地位から貴族の令嬢に人気が高かった。皇帝の実姉であれば、皇帝の代わりに謁見を受ける時もある。その伴侶になれば、皇族としての地位は約束されている。実姉を射止めることができれば、皇族入りは間違いなしなのだ。貴族はより上へ上へと目指す者ばかり。性別が同じだからと拘る者はごく少数。なぜなら、彼らはエターナルヴァンパイア。思考はより地位の高い血族、血の一族となることを最大に望む。皇族こそまさに、貴族たちにとっては、手の届かない場所でもない、一番の血族。皇族になりたい。その思考が、彼女たち貴族の姫君を恋へと追い立てる。脳内ネットワークのなりかたが、人間とは完全に違うのだ。

ティエリアは、ロックオンの手をとりながら戸惑いがちに声をだす。
「ロックオン・・・フレアは」
「フレア?結界がどうかしたのか?」
「いえ・・・・」
涙をボロボロ流し、奏でられる音楽を耳にしながらフレアは泣いていた。
「どうして・・・・私は、ネイ様に触れることさえできないの」
そっちに駆け寄ろうとしたティエリアを、フレアが見えないロックオンがぐいっと手をひっぱり、制する。
「行くなよ」
「でも・・・・」
「愛してる」
唇を深く重ねられて、上手く思考ができなくなる。
そのまま、二人はワルツを続けた。

「はー。しんど」
何人もの貴族の令嬢と踊り終わったリエットは、蟹股になって壁によりかかる。
「姉上、今日も人気だね」
「あー、俺なんでだろうな?なんで女子に人気たけぇのかわかんねぇわ」
「姉上は、美しいから」
「皇帝、お前だって美しいだろ」
「美しさの種類が違う。お姉さまの美しさは、女性のそれではなく男性のものだ。凛々しい。ドレスを着ていても、凛々しく優雅だ。宝塚歌劇団のようなものだろう」
皇帝の姉姫は、にっこりと笑って皇帝の頭を撫でた。
「宝塚歌劇団がなにかわかんねーけど、ありがとな。あー。ほんと、なんで俺女に生まれてきたんだろー」
「性別転換されるか?」
「いやー。ちんこも金玉も欲しいけど・・・今のままでいいような気がする。母上と父上に申しけないしなぁ、この体にメスを入れるのは」
「姉上は今のままが一番いい」
「皇帝も、今のままでいてくれよな」
二人の美しい姉妹は、バルコニーに出て姉妹水入らずで会話を続ける。
そこに、皇帝の夫であるネメシスが、我が子であるリゼッダを紹介するために抱いてやってきた。
「ネメシス」
「メザーリア。私とあなたの子を、是非ネイ様とその正妃様に紹介したい」
「そうだな。是非紹介しよう」

「ネイ様、ティエリア様」
二人は、皇帝が手招きするそっちにやってくると、皇帝は笑顔で夫のネメシスが抱いている男の赤子を紹介した。
「私の夫、ネメシスとその子リゼッダだ」
「おー。かわいいな」
「かわいいね」
ロックオンたちがその話題に盛り上がり、夜は更けていく。
ティエリアは、本来ならフレアのころで頭が一杯になるだろうが、何故かフレアのことを考えようとすればするだけ、自然の状態で忘れていく。
それが、フレア。ネイの血の結界から生まれた意識存在。意識存在は、決して実体化はしない。フレアはフレア。天蓋なのだ。

リエットは、帰っていく貴族の娘たちに別れのキスをその手にしながら、玉座に腰掛けた真紅の幼い少女に近寄る。
「フレア・・・・フレア」
「ネイ様が・・・・気づいてくれないの」
「フレア」
「あの姫王が憎い」
「そんなことを言うな、フレア。俺と共に在ると誓ってくれただろう?」
「リエット・・・・なぜ、フレアを選ぶの?こんな、姿だけをとるただの意識存在に」
「フレア。孤独なネイの結界から生まれし意識存在。俺がいなければ、フレア、お前は一人だろう」
「フレアは・・・・ネイ様がいい!あなたなんていらない!」
フレアは、パチンと弾けて夜の闇に溶けていった。
「フレア・・・」
哀しそうに目を伏せた紫の瞳が、フレアが消えた空間をじっと正視し、そして祈る。
「神よ。なぜあなたは、こんな中途半端な存在を世界に与えた。創造神たちよ・・・・。せめて、安らぎの祈りをフレア、君だけに祈ろう」


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