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夜、与えられた寝室でティエリアは眠っていた。
深い深い眠り。疲れていた。
その部屋は、扉の外側を数人の帝国騎士でもNO1〜NO5の間の四人の帝国騎士が守り、ネイの正妃を暗殺から守るために特別な警護をしていた。
皇帝の部屋にも、無論夫のネメシスにも、そして子のリゼッタの部屋も厳重に帝国騎士が毎夜毎夜、守り、そしてどこか皇帝が視察に出ると共に行動し、皇帝を反乱分子や暗殺から守る。
それが帝国騎士の第一の役割だ。帝国騎士の数は多い。反乱分子を滅するために指揮された軍隊の中にも入っている。軍人となるには、帝国騎士にならなければならない。帝国騎士は、理由によっては退位もできるし、違う職につくことも可能だ。
帝国騎士は、主に貴族で構成されているが、平民でもなれる。平民に人気が高い。何せ、エリート軍団だ。給金から平民であっても貴族なみの暮らしができるようになる。
帝国騎士になれる条件は、絶対に皇帝を裏切らないこと。そして、額に第三の目を移植される。これは、皇帝の命令に背けば自動的に命が散るようにできているので、帝国騎士から皇帝を裏切る者はいない。
同時に額に植えられた第三の目は、身体能力を発達させ、元は体が弱かったものでも強い帝国騎士となれた。
その帝国騎士たちの寝ずの守りを、破ろうとする者がいる。
フレアだ。
フレアは、帝国騎士にも見えない。
フレアは、そっとティエリアの寝室に忍び寄ると、手にした銀のナイフを振り上げた。
「私が姫王になるの・・・・死んで!」
ティエリアは、その銀のナイフをもつ華奢な手をひねりあげる。
「うう・・・」
「血と聖水の名において、アーメン!!」
腰のホルダーから銀の銃を二丁取り出すと、それで逃げ出したフレアを追いかけて、ひらりとバルコニーから飛び降りて、フレアに向かって発砲する。
警報が鳴り響いた。
「どうしたことだ!正妃様がいないぞ!探せ!!」
帝国騎士たちが慌てる。
ティエリアは、広大な森をその6枚のネイの血族の証である翼で旋回すると、逃げ出したフレアを追いかける。
「待て!!」
銀の銃弾を受けた傷は、灰となった。ヴァンアパイアだ。ただの意識存在は、憎悪からフレアという名のヴァンパイアになったのだ。
かわいそうだが、殲滅するしかない。
意識体と意識存在の狭間である今のうちに。
なぜなら、本当にフレアがエターナルヴァンパイアとして目覚めたら、このフレアという結界がなくなる可能性があるのだ。そうすれば、朝日で多くのエターナルたちが灰になる。
それだけは避けたい。何故だか、ネイの血族であるせいか、フレアの姿を見ることができた。そして、フレアを殺せば、この天蓋が元に戻ることも感じ取れた。
「フレア、待て!!」
「いやよ!!」
フレアは逃げる。ティエリアは追いかける。
血を流して、フレアは真紅の天蓋を見上げた。
「フレア・・・・私はフレア。でも、意識存在となり・・・・あなたへの憎悪で、意識体となった!」
フレアは、森を抜けたことろでティエリアと対峙する。
「死んでよ!ネイ様の血族には私がなる!!」
「かわいそうだが・・・・滅びよ!!」
「ネイ様の姫王だからって、生意気なのよ!!」
「汝、滅びよ!!」
ティエリアは聖水をふりまき、銀のダガーをフレアに向かって投げる。それを避けることもなく、フレアは血を流しながら傷を再生させることもなく、ティエリアめがけて、銀のナイフを両手に走り出す。
その時、帝国全土を覆うフレアの天蓋が薄くなっていた。
意識体からティエリアへの憎悪で、確実なヴァンパイアとなっていくフレアに、結界の力が吸収されていくのだ。
「フレア!お願いだから、元のフレア、天蓋に戻って!」
「無理よ!一度目覚めたんだもの!フレアは・・・・フレアは・・・・」
ティエリアは目を瞑る。
銀のナイフは、けれど違う人物を貫いていた。
「フレ・・・ア・・・・君を救えない俺を・・・許して、くれ」
ずるりと、その場に血を吐いて倒れこむリエット。
「リエットさん!!」
聖職者は特別な洗礼を受けているので、銀の武器は平気だ。
だが、銀のナイフはフレアの憎悪によって、血の刃となり、庇ったリエットの肺を貫いた。
「あ・・・・あ・・・・リエット・・・・」
フレアは、血にまみれた両手を見て震えだした。ガタガタと。数歩、後退する。
「フレア・・・・愛してる」
血を吐きながら、リエットははいつくばってフレアのとこまでいき、抱きしめると、その小さな額にキスをした。
「君が・・・ただの、意識存在でも意識体でも、構わない。フレア・・・・フレア・・・・天蓋でも・・・・神は汝に、存在するとういう理由を与えた・・・・ネイはバカだから、フレア、お前に気づきもしない。ネイを許してやってくれ。フレア。愛している愛して・・・・」
異常を察知して、かけつけたロックオンは、そこではじめてフレアの存在を見ることができた。
そのフレアが、自分が作りだした血の結界のフレアの意識体であることも分かった。
「フレア・・・・」
ネイは、初めてフレアの名を呼んだ。それにフレアは気づかない。あれほど切望したのに。ネイに見てもらうことを。ネイの姫王になることを。
フレアは、血を吐いて自分を抱きしめる獅子姫の姿に、魂から絶叫した。
「リエットーーー!!いやあああ、しんじゃいやあああ!!フレア、あなただけでいい!フレア、あなただけを愛してる!フレア、もうわがままいわない!!だから、死なないで!!」
泣きじゃくるフレアの頭を、ロックオンが撫でる。
「ネイ・・・・・ひっく、ひっく、ひっく」
「フレア。ごめんな。お前の存在に気がつかなくて。フレア。愛しい俺の血から生まれた子よ」
「フレア・・・その言葉だけでいい。リエットを、フレアをただ愛し続けてくれた、フレアの愛しい人を助けて・・・・」
「ロックオン」
ティエリアの声に、ロックオンも頷く。
「フレア・・・・もっと、顔をよく、見せて・・・・愛しいフレア。出会ったのはもう178年前だったね。フレア・・・ずっと君を見ていたよ。フレア。君は一人じゃない、俺がいる。神よ・・・罪深き我らを許したまえ。アーメン」
血を吐きながら、リエットは神に祈る。
ハイプリースト、獅子姫が流す涙。
それをぽつぽつと受けて、フレアはだんだん薄く、ヴァンパイアから意識体へと戻っていく。
「だめだ・・・・いくな、フレア。また一緒に帝国で月をみよう・・・・神は、フレアにも祝福を与える・・・フレア・・・」
ごほりと、大量の血を吐いて、リエットが痙攣する。
ホワイティーネイは虚弱体質が多い。リエットは、虚弱ではないが傷をつけられると弱い。
フレアは、リエットの死を感じて自分の全てをネイに託した。
「ネイ・・・お願い。フレア、リエットを失いたくないの。フレアの存在にたった一人気づいてくれたフレアを愛してくれたただ一人のひと。フレアの大切な大切な・・・・愛しい人」
「フレア・・・・いくな、だめだ、いくな!!」
リエットが、血と一緒に叫ぶ。
「フレア夢見てた・・・・ネイ様の姫王になる夢・・・・あなたの姫王に、なれてたんだ。姫王は愛された者にも与えられる名前。ばかだね、フレアは。もうとっくの昔に、フレアはなりたい姫王になってたのに・・・・愛しくれて、ありが・・・・」
フレアは、ネイの力によってただの天蓋、フレアに戻った。
「フレア!!フレアああああああ!!!」
獅子姫の狂ったような咆哮が、森に木霊する。
ネイは、フレアを、天蓋に戻した。意識存在は消えた。リエットの愛した幼い孤独なフレアはいなくなった。世界から、完全に。
ネイの力で傷の再生を受けながら、獅子姫は泣いていた。ずっと、ずっと。
ネイを責めることもなく。
フレアから吸収した生命力をリエットに与えながら、ロックオンは思う。
何故、愛する者同士はこうして引き裂かれるのだろうかと。
フレアを、そのままにしておくことはできなかった。なぜなら、天蓋のフレアが消えてしまうから。今のネイには、同じフレアの天蓋を作り出すことは無理だった。当時は複雑な、滅んだ魔法科学の呪文を使ってこのフレアという天蓋の血の結界を作り出した。もう呪文の魔法は滅びた。二度と使えない。
フレアをこのまま生かしておくわけにはいかない。それがネイの答えだった。そして、フレアもまた自ら天蓋に戻ること選んだ。
「フレア・・・・・フレアああああああああああ!!!!」
獅子姫は、狂ったように何度も泣き叫んでいた。
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