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ゆっくりゆっくりと。
まるで、砂漠が緑を飲み込んで広がっていくように。
ティエリアの中に、本物のロックオンが浸透していく。
ティエリアは、ロックオンと生活しだして、始めは色濃く拒絶していたが、いつの間にか寝る時はすりよってくるようになっていた。
「抱いて」
「ティエリア・・・・」
「抱いて。みんなみたいに・・・・」
衣服を自分から脱ぐティエリアに、ロックオンは優しく言い聞かせる。
「そんなこと、する必要はないんだよ」
「どうして?」
「俺が、お前を守るから」
「あなたは誰?」
「俺は、ロックオン・ストラトス」
「ロックオン・・・・ストラトス」
拒絶ばかりだったティエリアが、ロックオンを受け入れていく。
二人は、二人で歩み始める。そう、ゼロから。
「星の砂のオルゴール。これ、好き」
「そうか。もう一度鳴らそうか」
「うん」
最初は悲鳴や奇声をあげるだけだった二人の間に、確かな絆が生まれていた。
言葉の形成もままならぬ形まで壊れていたティエリアは、ロックによってマスターを上書きされる形で少し元に戻った。でも、そこから止まっている。
脳内ネットワークはボロボロで、ドクター・モレノの精神分析の結果は思わしくないものばかりだ。
でも、確かにロックオンと生活をはじめたティエリアは変わり初めていた。
ゼロから全てを教えられていく。そうすることで、また何かがティエリアの中で生み出されようとしていた。
それは、愛という名の感情。
一度完膚なきまでに壊れたティエリアに、記憶障害もまた確実にそこにあった。だが、脳内ネットワークがボロボロになっていたが、そのネットワークの形成が、ゆっくりと傷痕を閉じていく。
心の傷は、完全にロックオンの言葉により、夢として忘れてしまった。
ドクター・モレノでさえありえないと断言した。
あれほどの仕打ちをうけたティエリアが、その出来事を過去のことではなく、夢として受け入れるのなら分かるが、夢であったとして忘れていくのだ。
でも、ティエリアは人ではない。人であっても、その精神構造は緻密にできており、受け入れられないものを忘れるのは、当然のことなのかもしれない。
それは、自己本能の一種。
壊れないために。自我が破壊されると、普通は元に戻らない。
でも、ティエリアは赤子が産声をあげるように、ゆっくりとゆっくりと目覚めていく。
「ロックオン、どこ?」
ジャボテンダーを抱きしめて、ティエリアはトレミーの廊下を徘徊する。
「どこ?」
手には、星の砂のオルゴールを持っていた。
どうすれば音楽が流れるのか、学習しても忘れるのだ。記憶障害。
「どこ?」
「どうしたんだい、ティエリア」
「あなたは・・・アレアレ?」
「違うよ。僕はアレルヤ」
「アレル・・・ヤ」
「よくできたね。これあげる。チョコレートだよ。おいしいよ。食べてごらん」
大きな、逞しい体つきのアレルヤに最初は怯えていたティエリアだったが、マイスターの中で一番穏かなアレルヤに、傷つきはてたティエリアは一番に懐いた。
最初、ドクター・モレノはアレルヤを使ってティエリアの心の傷を癒していこうと考えていたのだが、会話がぐるぐると同じことばかりを巡って、進歩しない。そして、しまいにはティエリアは人形のように動かなくなるのだ。
ティエリアの感情を変えることができるのは、ロックオンだけ。
ティエリアの心の底にあるのは、ロックオン。
精神分析の結果、ティエリアが何により自分を保っていたのかを知って、ドクター・モレノはスクリーングラスを外して号泣した。
そこにあったのは「ロックオン」
ロックオンが、いつでも自分を守ってくれるという、信頼と愛。
ブラックホールの中身は、あけてみればロックオンの愛で溢れていた。ロックオンとの愛の記憶で。
そのブラックホールが、壊れても一番底にあるから、ティエリアは完全に壊れなかったのだ。
ティエリアを守ったのは、ロックオンの愛だ。紛れもなく、ロックオンへの愛とロックオンの愛が、ティエリアを地獄の四ヶ月の間、ティエリアという存在の根底を守っていた。
ドクター・モレノはそのあまりの愛の絆に、涙が止まらなかった。
「痛いの?おじさん、痛いの?」
精神分析の終わったティエリアが、アレルヤからもらったチョコレートをドクター・モレノにさしだす。
「これ、おいしいの。ふわってとけて、甘いの」
「ああ、いいよ。お前さんがお食べ」
「うん。ロックオンまだー?」
「もうすぐ戻ってくるよ」
ロックオンは、すぐにティエリアを迎えにやってきた。二人は、一緒に歩いていく。記憶障害に心の傷のあるティエリアに、ロックオンは無償の愛を注いでいく。愛の形は様々。
二人の愛は、誰が見ても純粋というだろう。痛くて切なくて甘酸っぱくて、そして幸せにしてくれる。
星の砂は世界に散った。でも、星の砂は勇者の呼び声によって少しづつ戻ってくる。
ティエリアの中へ、中へと。
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