血と聖水フロスト「灰をはく精霊」







「血と聖水の名においてアーメン!」
ティエリアは跳躍する。
空を裂く悲鳴が、森に反響する。
「があああああ!!」
「汝に、神ではなく血と聖水の滅びを!」
ティエリアは、決して神の名を叫ばない。呼ばない。祈らない。
それが、人工ヴァンパイアイノベイターのヴァンパイアハンターたちの生き方。
神など、信じない。縋らない。信じるのは己の力とそして周囲の仲間たちのみ。普通のヴァンパイアハンターは、太陽神ライフエルや、創造の3柱神ルシエード、アルテナ、ウシャスの名を声にだし、祈り、そして神の名の下にヴァンパイアを退治していく。
ティエリアは、血と聖水の名の下にヴァンパイアを退治していく。
それが、ティエリアの生き方。
誰も否定する者はいない。神を信じる信じないは、自由だ。信じたとろこで、聖職者ではないのだから祝福の奇跡を受けれるわけではないが、少なくとも神の名を叫び祈ることで、ヴァンパイアハンターとしての能力は信仰によって上昇する。神父やシスターを兼業としているヴァンパイアハンターは多い。
むしろ、神父やシスターが本職で、ヴァンパイアハンターは副職という場合が多い。
ハンター協会に所属しているが、気まぐれに命令を受けるのではなく、自分からヴァンパイアハンターをしたくなった時にハンター協会を訪れ、殲滅対象の情報をもらってヴァンパイアハンターをする。
そんなヴァンパイアハンターの神父やシスターは世界にわりと多い。

「待て!!」
逃げていくヴァンパイアを追いかける。
胸には、5つ星の紋章が光っている。2ランク上になったティエリア。確実に、成長していく。
「無の精霊よ、我が呼び声に答えよ!」
ティエリアは、無の精霊王ゼロエリダがこの世界から消えたことで、いなくなったはずの無の精霊と契約している世界で唯一の者。ゼロエリダと創造神ルシエードの子、無の神アクラシエル。神格を失い、元の精霊となって無の精霊となった。そこには、神々の思惑が渦巻いていた。
無の神アクラシエルは絶対者として、世界を変革させるためにティエリアを使徒として選び、そしてかつて愛していたネイと殺し合わせるように仕向けた。でも、結果はティエリアが己を取り戻して、ネイのエーテルイーターに身を投じて自害。それを嘆き哀しんだネイは、自分のコアをティエリアに移植してこの世界に再生させ、そして自らは命の限界を迎えて灰となって滅びていった。
そんな二人を見て、無の神であったアクラシエルは、神が世界を変革するということが、完全に間違っていると気づいて、神としての魂をネイに捧げて、世界から消えた。神としての存在を維持できなくなり、ただの精霊におちたアクラシエルは、ティエリアとだけ契約し、世界でただ一人の無の精霊となった。
「私の名はアクラシエル。ティエリアの召還により、今参じたり。ディル・エル・バルトル・メルアー、我の力は無なり、いけ!」
無の精霊は、自分が従える使役魔・・・無の存在を放つ。無の精霊アクラシエルだけが従える、無の意識存在たち。
それは、標的のヴァンパイアを食らい、この世界からなくしていく。
「アクラ!灰を、灰を提出しなきゃいけないから、食べないでよ!!」
「灰か」
使役魔は、全て無の精霊アクラシエルの体に還っていった。
「今、吐く」
「え?」
「おえーーーー」
ティエリアはずっこけた。
ティエリアよりも美しい、元神は、残酷そうに笑ってヴァパイアを世界から消したのに、灰が必要だといわれて、そのヴァンパイアの灰を口からざーっと吐いたのだ。
「ちょ、大丈夫!?」

「あ・・・・やば、内臓はいちゃった」
びちびちと、陸に打ち上げられた魚のように、心臓やら肝臓がはねている。どうしたら、そんなもの口から吐けるのだ。謎だ。
「うわあああ!」
壮絶な光景を見てティエリアは蒼白になるが、アクラシエルは、内臓を魔法で自分の体に取り入れる。
もうこの精霊はむちゃくちゃだ。ティエリアと同じ中性で、完全なる中性であるアクラシエルは、ティエリアのように女性よりとかはなく、性別も無性。ティエリアは女性よりの中性で、無性とは言い切れない。
長い黒髪を三つ編みにして後ろに流し、緑と青みがかった紫のオッドアイをもつアクラシエルは、元神だけあってその美貌は絶対的であり、神秘的で美しいという一言では留まらない。
「あ、その髪飾り、つけててくれたんだ」
「ああ。召還主、君は僕のマスター。そして友達」
ハンター協会で神父からもらったプラチナの、フロストの効果をもつ魔石をはめこんだ髪飾りをアクラシエルはつけていた。
ザラリと、無の精霊が吐いた殲滅対象のヴァンパイアの残骸、灰をカプセルにつめるティエリア。
「あれ・・・でも、なんでエプロン姿?」
「ネイが遊びにきて・・・・パンを焼いていた。多分、今頃火事になっている」
「ちょ、なんで!?」
「サラマンダーに焼いてもらっていたので。まぁ、また家が焼けてついでにネイもこんがり黒こげになるだけだ。なんの問題もない」
「そっか、それならなんの問題も・・・・ああああ、ロックオン!!!!」
アクラシエルは、無の精霊ではあるが、その特殊な存在ゆえに、精霊界に居場所はなく、人間界に住まう精霊種族となった。
今は、ティエリアとロックオンのホームのすぐ隣に住んでいる。
二人もよくアクラシエルのホームに遊びにいくし、アクラシエルが二人のホームによく遊びにくる。よい友人となっている。一時は敵対していたが。
元神は、神格のあった魂を失ったけれど、魂の全てをネイに捧げたわけではない。神としての魂を捧げたのだ。精霊としての魂は捧げていないので、一時は死んだと思われた、精霊としてこうして世界に存在している。
ネイの昔の恋人。ティエリアにとっては、普通は油断ならぬ存在であろうが、アクラシエルの神としての孤独の哀しみを、使徒となった時知ってしまって、警戒すら抱いていない。
もう、このアクラは昔のアクラではない。
よき友人の、変わった精霊。
仲間なのだ、もう。ティエリアは不思議な力をもっている。敵対する者さえ魅了する力を。それが、ネイの永遠の愛の血族の力でもあるのだが。


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