飛行船が、ブラッド帝国に到着した。 すでに、刹那は鷹に乗って脱出している。 落ち合う場所は王宮の宮殿。ロックオンと刹那は、用意されていた皇帝の馬車に乗り込んだ。馬車はペガサスがひく。 昼に帝国について、夕暮れになる前には宮殿についた。 本来なら帝都まで何日もかかるのが、僅か数時間。シルフの魔法をかけて、飛行速度を数倍にまで、限界にまで速めていた。 「いらせられませ、ネイ様、ティエリア様」 謁見の間で、帝国騎士たちがずらりと並んでいた。皇帝メザーリアは、玉座を立って、その場で二人に跪く。本来ならば、ロックオンとティエリアが皇帝に跪くべきなのだが、皇帝メザーリアは、帝国における希薄であったネイとその正妃となった血族のティエリアの地位を確固たるものに仕上げた。 皇帝メザーリアよりも上、それが夜の皇帝ネイとその正妃ティエリア。 二人はそのまま皇帝に連れられて、奥へ奥へと消えていく。 身を守る帝国騎士も、口が堅い数人に絞られる。 「では、私がこれで。メザーリア、また明日」 「ネメシス、すまない。私は皇帝。妻と母としてよりも皇帝の責務が上なのだ。では、また明日」 夫のネメシスと、自分の子を抱いた乳母に別れを告げる。 皇帝は、ブラッド帝国を統べる者。 私情で動くことはしてはいけない。寂しいからと、執務を怠っては、国が乱れる原因となる。 皇帝メザーリアは、永遠の少女の姿を保ってはいる。まだ成人もしていないが、立派な皇帝だった。歴代の皇帝の中でも、執務に励み、私情を挟まない皇帝は少ない。中には執務中にさえ愛人を招きこんでいた皇帝もいた。正妃の他に妃をめとった皇帝も多い。側室をあわせて100人ほどの女を作り、後宮を造った皇帝も何人もいる。女皇帝は、そんなことはしない。だが、女皇帝とて夫のほかに愛人を作る場合もある。 権力の象徴たる皇帝が乱れていたのは、家臣たちがあまりにも優れているからだ。皇帝は絶対の存在。誰もその我侭を否定しない。 甘やかされた皇帝は自分の好きなように国を変えようする。 けれど、それをすることだけは許されなかった。 皇帝がその責務と執務を放置しても、家臣たちが仕事をこなす。交易などの問題もすべて、家臣たちで。そんな皇帝の場合、代々補佐となる臨時皇帝がいたのだ。ティエリアが受け取ったクラウンを持った者だった。 あまりに使えぬ場合は、ネイの名で暗殺が行われた。実際に暗殺したのもネイ、ロックオン。 表の皇帝は国を統治する。 裏の皇帝、ネイはその皇帝と統治された国を管理する。 だから、ネイは孤独だったのだ。家臣などいないと同じ。使い魔が自分の手足である表の皇帝の行動を報告する。ネイは自分で考え、自分で人間との戦争を切り抜けるために人間の国を脅したりもした。表の皇帝を管理する者として、表の皇帝に選ばれた者はネイという神と語ることができる。 表の皇帝を導き、七千年もの間人間と戦争することなく共存し続けたブラッド帝国。やがてネイの言葉なしでも国は荒れることもなくなり、表の皇帝が優れたものでなくても、国は繁栄していく。 ネイの存在は、希薄になっていた。そこに在って、ないようなもの。 ただ見守るだけの神。建国者。それがネイになっていた。 やがてジブリエルと出会い、子をなしてネイは変わった。夜の皇帝ではなく一人の血の民としていきるようになっていた。だが、その子であったソランもジブリエルも皆ネイの呪われた力のせいで崩御していく。 ネイはジブリエルを愛しすぎていた。血の神の力と引き換えに、この世界に再びうまれるように命の精霊神ライフエルに魂の継承も頼み、そしてこの世界にティエリアが生まれた。 さまざまな因子を孕みながらも生まれたティエリア。同時に刹那、リジェネも転生を果たす。 ネイは力の全てを失ってくるい、帝国を出て千年の間に人を襲い続け、やがて自我をもちまた神の力を取り戻していた。 「事態は深刻です。このまま、新教皇庁が存続すれば、帝都にある教皇庁と対立するのは目に見えております。皇帝の許可なしに、新教皇庁は作られ、アルテイジアと名乗るものが9代目アルテイジアとして、新教皇につきました。私はその教皇の姿を見て驚きました。ティエリア様が・・・・大人の女性になられたティエリア様が、そこにおられたのです。ジブリエル様の墓所が荒らされたとの報告が、同時期に入りました。灰が行方不明になったと。封鎖していた霊子学研究施設を守っていた帝国騎士たちが何者かによってすべて殺されました。ジブリエル様は、霊子学研究施設、あの忌わしき場所で、アルテイジアがネイ様を作ろうとした時のように誰かに人工的に体を造られ、灰を混ぜられたせいでジブリエル様の意識まで復活したのかと」 「ジブリエルは・・・どこにいる?」 ロックオンの声が冷たかった。 「ブラッドイフリール自治区、ブラッドイフリールの国フレイムロード」 「フレイムロード・・・・」 ティエリアが、フレイムのことを思い出す。彼はフレイムロード、ブラッドイフリールの王族、王の第三王子だったという。 カシナート・ル・フレイムロードの顔が脳裏を横切った。褐色の肌に、蒼い瞳、金髪をもったブラッドイフリールの王、カシナート・ル・フレイムロードは三十台半ばの美しい男だった。 王として貫禄を、生まれながらにもってきた男だ。 「カシナート王は、この件にからんではいないのですか?新教皇庁はカシナート王の名の元に樹立されたとか。そうすれば、裏にカシナート王が絡んでいるのは」 「それが。新教皇庁の者たちは、アルテイジアこそ代々の教皇であると申して。カシナート王は、教皇よりも皇帝よりも地位は下。アルテイジアが真にアルテイジアの記憶をもち、その存在であるなら、カシナート王が逆らえるはずもございません。それに・・・・裏にカシナート王がいても、殺せぬ事情があります」 「それは、なんだ?」 会話の中に、すでについていた刹那が混じってきた。 「これは、鷹の・・・・北の鷹の国、エタナエルの上位種たちの王ではないか」 皇帝メザーリアが、いきなり現れた刹那の姿に驚く。 「この鷹は、その鷹王ではない」 「ネイ様?」 「その鷹王はソラン、5代目ネイの子だろう。鷹王は崩御した」 「しかし、鷹王は再び生まれたそうな。300年前に。もっとも、人間と恋愛した禁忌の罪でブラッド帝国を追放されたと聞くが。北の一部である鷹の国は閉鎖的だ、情報も本当かどうか」 「ああ・・・・そうだったな。だが、これは元鷹王というべきか。追放されたのは本当だ。その追放された鷹王が、自分の意思でヴァンパイアハンターとなる道を選び生まれてきたのがこの刹那。人工ヴァンパイアイノベイター。元々エターナルだけに、イノベイターとしても純粋種のエターナルの上位種の王の力を持っていた」 「なんと。珍しいこともあるものだ。盟約を結んでいるティエル王国の女王であったティエルマリアから生み出されたイノベイター、ティエリア様と同じ種であるか」 NEXT |