「なんだか分からないが・・・・残念ながら、俺に鷹王であったソランの頃の記憶はもうない。俺は刹那・F・セイエイとして生きるイノベイターのヴァンパイアハンターだ」 その鷹王が恋した人間とは、かつての聖女マリナの前世にあたる人間である。だから、刹那はこうまでして聖女マリナにこだわるのだ。 「だ、そうだ」 「それで、カシナート王を殺せない事情とは?」 ティエリアが尋ねる。 「ああ、ティエリア様。それだ。フレイムロードの王族は、フレイムの民と命を共有しているのだ。そうすることで、ただの民である者たちも王族と同じ寿命まで生きれる恩恵にあずかることができる。フレイムロードの王を殺すことは、フレイムロードの国にとって王族の全てを殺すことと同じ。フレイムロードの王だけ処刑はできぬ。これほどの反逆であれば、フレイムロードの王族全て処刑に値する。そうすれば、フレイムロードの民が滅びてしまう・・・だから、反逆が本当であっても殺せぬのだよ、ティエリア様。それにカシナート王は頭がいい。尻尾などみせないだろう。現に、フレイムロードの民を守るために王命で樹立したと言いまわっている」 「厄介な能力だな。フレイムロードの民に寄生しているわけか」 「その通りだ、ネイ様。だから、民を民と思わぬカシナート王でも暗殺されることなく王がつとまるのだよ」 一同が沈黙する。 カシナート・ル・フレイムロード。本当に食えぬ王だ。 処刑できると脅したことのあるティエリアだったが、不遜な態度の裏にはこういう秘密があったのか。 カシナート・ル・フレイムロードを処刑できない。処刑すれば、王族は皆その後に続くしきたりとなっている。事故死や自然死なら、民の命に関係はないが、アサシンによる抹殺や処刑となると・・・・。 フレイムロードの国を滅ぼすことなどできるはずがない。 そうすれば、ブラッドイフリールという種族が滅び、数百万の罪なき民が、カシナート王のせいで死ぬのだ。 「いつか・・・・カシナート王については、なんらかの方法で寄生を解除してから、殺すことを考えている。尻尾を見せていない以上、家臣でもある王を殺すわけにもいかない」 ロックオンも難しい顔をしていた。 「とにかく・・・俺は、今すぐにも聖女マリナの救出にあたりたい」 「単独で動くのは危険だ。俺たちと一緒に行くべきだ」 「そうだよ、刹那」 「仕方ない・・・・」 確かに、フレイムロードの国へ単独で乗り込むのは危険だろう。 「ネイ様の名において、フレイムロードの国を視察されるのはどうだろう?皇帝である私はすでに視察してしまった後だ。カシナート王の尻尾を掴むことはできず、帝国騎士を新しく派遣されて、お土産までもって帰らされた。あの王は好かぬ。瞳の奥で、たえず野心を渦巻かせている皇帝である私に許可なしに領土を広げていることを責めたら、先代皇帝イブリヒムの許可証を見せられた。無効ではないから、違法というわけでもない。カシナート王を、私とて処刑したい。だが、皇帝たるもの家臣をなんの罪もなく処刑などできぬ。そんな皇帝は誰にも支持されぬ。家臣と民あっての皇帝だ。カシナート王は、王族。家臣は家臣でも、貴族などと違って皇族並みだ。王までくると、順位的にネイ様、ティエリア様、その下に私、そして夫のネメシスと姉のリエット、我が子、その下に亜種の種族たちの王が続く。他の皇族や貴族よりも地位が上なのが厄介だ。反逆罪適応も、ままならぬ」 本当に悔しそうに、皇帝メザーリアは爪をかんだ。 「でも・・・視察ってのは、一番よさそうだな。隠れて乗り込むよりも、表から堂々とだ。気に入った」 「ではネイ様。何かのために帝国騎士を兵としてお連れください」 「ああ、分かった。視察だしな。護衛を連れていかないわけにはいかないだろう。ティエリアと俺と、そして刹那で視察に。あとは帝国騎士の兵と」 こうして、準備は整っていく。 翌日には、フレイムロードの国への視察に向けて、帝国騎士を兵に、馬車に乗ってロックオン、ティエリア、刹那は出発した。 皇帝よりも上のネイを守るために派遣された帝国騎士は精鋭揃いで、数百人に及ぶ。 表から、堂々と入るために、少し窮屈だがフレイムロードの国へ向けて出発した。 2週間にわたるたびのたてに、ブラッド帝国でも中央に位置するフレイムロードの国が見えてきた。民たちはネイとティエリアたちを歓迎し、カシナート王が出迎えてくれた。 「これはこれはネイ様ティエリア様。お忙しい中、視察とは恐れ入ります」 ねっとりとしたカシナート王の視線が、ティエリアに絡みつく。 ティエリアとロックオンと刹那は、こうしてフレイムロードの国で、滞在することになった。 フレイムロードの国は半数が砂漠に覆われた土地である。民は褐色の肌をしているのが特徴で、炎を自在に操る能力をもち、ブラッドイフリールと呼ばれるエターナルではない亜種のヴァンパイアが住む自治国家である。 晩餐で、煌びやかな宮廷料理が出された。 ロックオンは、早速本題にはいった。 「反逆を企てているとの噂がある。どうだ、カシナート王」 「滅相もございませぬ。わたくし、カシナール・ル・フレイムロードは王としてネイ様、ティエリア様、それに皇帝メザーリア様たちに忠誠を誓っておりますゆえ。どうぞ、ワインでも。今年のワインは上物でございます」 王から直接ワインを注がれて、ロックオンも宴を楽しむ振りをした。 「カシナート王。新教皇と会いたいのですが」 「アルテイジア様ですか。わたしくしは王ゆえに教皇には逆らえませぬ。新教皇庁は、ここより南の地にありまする。そちらに赴いてもらわねば。王である私が、教皇を呼ぶなどという大それた真似はできませぬゆえ」 刹那はすでに行動に移っていた。 単身、新教皇庁に赴き、そこで軟禁の身となっていた聖女マリナを救出する。 「やはり、囚われていたか」 「すみません、刹那。帝国に帰還後すぐに、フレイムロードの王カシナート王が臥せっているといわれ、赴いたのですが、そこで臥せっていたジブリエル様を・・・癒したのです。ジブリエル様は、いつも体調が優れぬ様子で・・・。本来なら、彼女はこの世になき存在。かといって、死を与えることも私にはできません。おお、神よ。なぜジブリエル様をこの世界にまた・・・・」 聖女の嘆きは、ジブリエルにも届いていた。 「私は何故、世界に生きているのでしょう」 聖女マリナの癒しの魔法で、かろうじで生き延びている。 もう、千年も前にこの命は散ったのに。思い残すことなどもうないのに、まだ生きている。 「はやくきてください、ネイ、ティエリア。そして、私の最期の望みを叶えてください」 NEXT |