夕日が沈む。 その宮殿は、ひっそりとしていた。 かつて、夜の宮殿の他にこの宮殿・・・・ジブリエルのためだけに造られた、女王ジブリエル・ラ・フレイムロードの宮殿で夜を共にした。 数千の夜を。 数え切れぬ夜を。 愛し合った。血族にされ、永遠にこのままでいれると思っていた。でも、ネイは血の神としてジブリエルの寿命を削っていく。 「お帰りなさい・・・・愛しい人」 ジブリエル・・・いや、新教皇アルテイジアは、ネイを見てそういった。 夕日が綺麗に彼を紅に染め上げる。とても懐かしい想いにとらわれた。今から千年以上前に、こうしてネイと共にこの宮殿で愛し合って生きていた。 ロックオンの隣には、もう一人の自分であるティエリアが立っていた。 「愛されていますか?もう一人の私」 ジブリエルは微笑みながら尋ねる。幼い印象の残るティエリアは、ジブリエルのように成人した外見ではなく、17歳前後の外見で成長が止まっているようであった。 ジブリエルは、ティエリアの言葉を待つ。 「愛されています。もう一人の僕」 「そうですか。何も、心残りはありません。こうして、またネイの顔を見れただけでも幸せです。さぁ、最期の私の願いを叶えてください。ネイ、あなたの手によって死を」 両手を広げて、全てを受け入れようとする。 「ジブリエル・・・・愛している」 ネイは、泣いていた。エメラルドの瞳から、彼が涙を流すのを見るのはこれで何度目だろうかと、どうでもいいことを考えていた。 ネイは、血の魔力を使う。 ヴァンパイアの血の武器は種族独自の魔法。他の種族には扱えない。血に潜む魔力。地位が高位であればあるほどに、その魔力は強くなる。それが血の一族と呼ばれる所以でもあり、ヴァンパイアはより上に目指そうとする血の準じた種族でもあった。 「血の槍よ、輝け」 ロックオンは血でできたランスを振り回す。 ビュンビュンと、空気が裂く音が聞こえる。 だが、いつまでたってもそのランスで貫かれることはなかった。 「ネイ?」 「俺には・・・できない。愛したお前を殺すことなんて」 泣き崩れるロックオンに、ジブリエルは涙を流して抱きついた。 「私は、なんと罪深いのでしょう。愛したあなたに、一番惨い仕打ちをしようとしている。ああ、ごめんなさい。一番苦しいのはあなた。愛しています」 ジブリエルは、ネイに優しく口付けた。 これが最初で最後のキス。 もう、ネイに触れることさえ叶わなくなるだろう。それでいいのだ。ジブリエルは本来ここにいてはいけない存在。死者は灰となって土に還るべきなのだ。 (ジブリエル・・・・私を、私を押さえつけるなど生意気な・・・・なんのためにアルテイジアの名をついだ!) 心の内側、精神の奥でアルテイジアの意識がジブリエルを支配しようとしていた。 だが、逆に今は支配している。でも、それも限界。 アルテイジアに支配され終わる前に、全てを終わらせなければ。 「私は、アルテイジアの意識に支配されかけています。さぁ、早く終わりを。私に、死を・・・ネイ、あなたにできないのであればティエリア、あなたが私に」 「はい。僕が、殺します。アルテイジアとなりながらも、アルテイジアに屈しなかった気高き女王よ」 「ええ。あなたが、殺してください。私は、あなたなのですから」 「僕の中に、還れ・・・・ジブリエル」 ロックオンの血のランスを受け取り、夕日が沈んでいく中で、そのランスでジブリエルの心臓を一突きした。 夕日に彩られて、ぼっと、ジブリエルの体から炎が噴き出す。 ブラッドイフリールである証の炎が。 「もう一度あなたを見れて、嬉しいです。ネイ、永遠にさようなら」 「ジブリエル!!」 ネイの哀しい叫び声が、掻き消えていく。 「さぁ・・・とどめを。コアは、下腹部にあります」 自分のコアを指差し、ここにあるのだと訴える。 ティエリアは、頷いてランスでジブリエルの、ヴァンパイアの心臓であるコアを破壊した。 夕日が沈みゆく中で、ジブリエルはゆっくりと灰となることもなく、消えていく。 「灰さえないの!?」 「それが、私の存在。もうこの世界にはいない私。ティエリアは私。ジブリエルはティエリア。あなたの中に還りゆく」 ジブリエルはゆっくりとティエリアの中に吸い込まれ、ティエリアはロックオンの血でできたランスを手に佇んでいた。 「終わったよ・・・・・ロックオン」 「ああ・・・・」 傾くいていた夕日は、完全に沈んでしまった。 闇夜の中、ティエリアはロックオンを抱きしめる。 「泣かないで。僕は、ちゃんとここにいるから」 「ああ」 ロックオンの涙をなめとって、ティエリアはその体を抱擁する。 ジブリエルの残像が消えた時、紅い影が闇の中で蠢いていた。 「これで終わるものか、ネイ!お前を、お前の血を、私は!!」 真紅の影はやがて真っ赤な血となって、人の形をとった異形となった。 NEXT |