何はともあれ、出発となった。 「さて、安全運転安全運転」 自家用飛行機の操縦者は一時的に雇われているのではなく、ずっとリーダリア侯爵家に雇われている。腕を信頼されているのだ。 操縦席に乗ろうとした操縦者はそこに、ドーンとジャボテンダーが鎮座しているのを見て、なんと拝みだした。 「ジャボテンダー様、今回の旅も皆を無事に送り届けれますように」 ティエリアが、操縦者の青年に、ジャボテンダーに祈るといいよって、にこにこと幼い子供の頃に教えたのだ。王子や王女でもあるティエリアやリジェネ、某国の第二王女でもあるルージュ夫人に侯爵であられるリーダリア侯爵の命は、自分の運転にかかっているというプレッシャーに押しつぶされそうになっていた頃、この仕事を辞めようか本気で悩んでいた。 まだ幼かったティエリアが、花を摘んで、それを青年にプレゼントした。いつもいつも運転ありがとうと、無邪気な微笑みと一緒に、何か悩みがあったら、ジャボテンダーに話すといいよ、きっと願いは叶うからといわれ、この青年、本気でジャボテンダーを拝みだした。ティエリアマジック。屋敷の中ではそう呼ばれている。 スランプに陥りそうな人間に、ティエリアは自然に歩み寄って、大丈夫だからと摘んだ花を渡して、でかいでかいジャボテンダーを引きずりながらこれにお願いすればきっと願いは叶うからと、笑顔を絶やさない。 本来なら身分が違いすぎる使用人と王女でもあるご令嬢のティエリアは、そんなこと気にもせず、誰かが屋敷の中で暗い顔をしていたら、ジャボテンダーを引きずって、時にはこけて、そして笑顔を浮かべて大丈夫、きっと上手くいくからって、励ましてくれるのだ。 メイド長も、シェフ長も、過去になんどもティエリアマジックによって、元気を取り戻している。 「ティエリア様、ジャボテンダーありがとうございます」 「元気になったー?」 「はい、それはもう」 青年は微笑んで、皆を乗せて南の島へ出発する。 ティエリアはまたジャボテンダーを背中に背負った。荷物はメイドたちが持ち歩いてくれるのだが、背中に背負うのが好きらしい。 半日かけたフライトの末に、南の島にたどり着いた。 一年中が夏の南の島。 別荘はホテルかと思われるほどに豪華で、すでにリーダリア家がやってくるということで、臨時のメイドなどが雇われて、別荘は磨き上げられていた。 庭園も整われて、いつ来てもいいように、この別荘専属のメイドや庭師、シェフもいるのだが、この別荘は主にこういった家族旅行のほかに、リーダリア家主催のパーティーにも使われるので、雇われている者たちは結構忙しかったりする。 荷物をニール・ライル・刹那はメイドに運ばれるのを拒んで自分で運んだ。 部屋は一人に1室。スィートルームのような部屋を宛がわれた。 早速、みんなで南の島に繰り出す。水着に着替えて、浜辺を歩く。 リジェネも珍しく水着をきていた。もっとも、上からパーカーを着ていたが。ティエリアも、水着の上からパーカーを着て、二人のパーカーはお揃いだ。 ちなみに、ティエリアはやっぱり背中にジャボテンダーを背負っていた。 母のルージュ夫人と父のリーダリア侯爵は、これからこの別荘で会合やら契約会社との打ち合わせがあるそうで、まだ自由ではないようだが、2、3日もすれば仕事も終わって一緒に遊んでくれる。 家族旅行が、ティエリアもリジェネも大好きだった。 リーダリア侯爵は、名前の最後にレジェッタを名乗っている。ルージュ夫人は、名前の最後にアーデを。 それぞれ、ティエリアとリジェネのセカンドネームである。二人のセカンドネームは、父と母の名を受け継いだものでもあった。王子と王女ではあるが、別に王位継承権は破棄しているに近いし、ティエリアとリジェネはセカンドネームこそ違うものの、ちゃんとした双子で、ルージュ夫人とリーダリア侯爵の卵子と精子から生まれてきた人工子宮を利用したベイビーである。ルージュ夫人は体が弱く、出産にはとてもではないが耐え切れぬと判断した医者に嘆き哀しみ、人工子宮を利用した子供の誕生を望んだ。巨額の富をかけて、二人はこの世に産声をあげた。失敗が多いとされる中、最新の科学技術により、ティエリアとリジェネは、本来なら一人であったのに、細胞分裂をして双子となった。両親にとっては、嬉しい誤算であった。 「ティエリアちゃん、夏のめくるめくる思いをニールちゃんと作ってくるのよ」 「はい、母上!」 ティエリアは、ジャボテンダーを背負って、母親に手を振ると、ニールと一緒に浜辺を歩きだす。 「なんかなー。金持ちってすごいな。まぁ、もう慣れたけど」 「母上は、いい人でしょう?」 「そうだな。それにとっても美人だ。優しいし。ティエリアに似てるな」 「僕もリジェネも母上似なんです。父上は高校生みたいだってよく言われます。でも、父上はそんなことでへこたれません。背中にジャボテンダーしょって仕事してますから。まぁ、高校生どころかちょっと弾けすぎてますけれど」 ティエリアも十分に弾けてけどな、とニールは思った。でも、そこがかわいいのだ。 「うーーーーーー」 ライルと刹那は、すでに別荘に戻った。 二人の後を、機嫌悪く数メートル距離をあけて歩いていたリジェネはついに切れた。 「ニールのばかぁ!」 「げぼぶ!!」 強烈なビンタをしてから、リジェネは走り去っていった。 「リジェネ、ご飯までには帰ってきてねー」 「帰ってくるー」 ご機嫌ななめになっても、この双子は仲がいい。 ニールとライルも双子で仲がいいが、それより上をいく。 NEXT |