ラブファントムUの続編にくるお話です。 コポポポポポ・・・・。 金色の羊水の中を漂うのは、ティエリアが愛したその人。 ヴェーダと一体化を解き、トレミーで地球を回り続けて、世界を見守って数百年の時が流れた。 リジェネと刹那も、数十年前に死んでしまった。 イノベイターは不老であり不死ではあるが、病には勝てなかった。同じ病に冒されていると気づいたのは、何年前だろうか。 その病はゆるやかにゆっくりと波紋のように広がり、やがて死という永遠の眠りに導いてくれる。 死ぬのは怖くなかった。むしろ、やっと生きることの呪縛から解放されるという安堵感さえあった。 ただ、緩やかに死へと歩いていく。 ハロと宇宙で暮らしながら、ティエリアは残された少ない時間を、彼と過ごそうと決めた。 それは、神の領域を侵すこと。許されない罪。 それでもよかった。リジェネの残した研究書類を漁り、リジェネがイノベイターたちを生み出したイオリアの研究施設に篭る。そして、イノベイターを作るのと同じ原理で彼を作ろうとしていた。 彼は、完全に彼にはならないだろう。 それでもいいんだ。 側に、いてくれるなら。 「あなたは、僕を許してくれますか?」 また、彼を作ろうとしている僕の罪を。一度作り上げた彼は、人工生命体がかかる病で死んだ。そして、もう二度と彼を作ることはしないと決めたのに。 ティエリアは、金色の羊水の中を漂う彼をじっと見つめていた。 たくさんの書類が置かれたデスクから、数枚の書類を取り出し、リジェネでさえなしえなかった方法をとることにしたのは、彼を作ろうと決めた数日前だ。 そう、人が手を出した霊子学エネルギー。ようは、他人の生命をそのまま他の者へ移すのだ。 残り少ないこの命でも、イノベイターである限り命は膨大にある。それを、彼に移した。 彼は、ティエリアの子供であった。そう、ティエリアが作り出すのだから母は、ティエリアだ。 金色の羊水の中で漂う彼。 柔らかいウェーブのかかった茶色の少し長い髪が泳いでいる。アイリッシュ系の、くっきりとした顔立ち。 時折瞳をあけてこちらを見てくるが、その瞳の色は宝石のようなエメラルド。綺麗な緑だ。 どれ一つをとっても、変わらない。ティエリアの記憶の中にある彼そのもの。 「おはようございます・・・・」 ティエリアは、生活区域で生活をしながら彼が目覚めるのをひたすら待った。 もう、ボディは完璧だ。あとは精神バランスだろうか。記憶も与えた。それは、戦争で助かりずっとコールドスリープで眠っていて、目覚めたという設定だった。 まっさらな状態からでもよかったが、彼を彼らしくするにはやはり記憶があったほうがいい。 地上におりてもう2年になる。 ハロと一緒に、無人の研究施設で研究を繰り返し、イオリアの後継者であったリジェネの残した研究記録を元に新しい命を生み出そうとしている。 これは、許されないこと。 してはいけないこと。 何故なら、彼は数百年前に、戦いのさなかに家族の仇をとるため、宇宙で散ったのだから。 何百年想い続けてきただろうか。 この願いは昇華されようとしている。 もう一度、彼に会いたい。会って言葉を話し、笑顔を見て、側にいたい。抱きしめたい。声を聞きたい。彼の全てを取り戻したい。 一度はそれが叶った。でも、一度作り上げた彼は死んだ。ティエリアを残して。 それでも、もう一度。もう一度、あなたに会いたい。 例えそれが本物でなくとも。紛い物といわれても仕方ないものだとしても、もう一度会いたい。 彼を作ろうとした想いは純粋な愛からだった。 その愛は、歪んでいるのかもしれない。それでもいいんだ。もう、戻れないから。 生活区域の、使っている寝室でティエリアは目覚めた。 薄暗い天井が視界に飛び込んで、自分が何故寝ているのか分からなくて、それからゆっくりと起きた。 過労で倒れたのだと、頭痛のする頭を押さえてやっと状況を飲み込んだ。 「ハロ?」 「ティエリア、メザメタ、ティエリア、メザメタ」 「僕は、どうしてベッドに・・・・」 倒れた部分の記憶すら曖昧だった。 でも、誰かが自分をここに運んでくれた。 誰が。 他にこの施設で暮らしている者はいない。 「よお。無理すんなよ」 それは、彼だった。 いつのまにか覚醒し、そしてあらかじめ用意しておいた衣服をきた彼は、声も姿も何もかも、彼だった。 ロックオン・ストラトス。コードネームはその名前。本名ニール・ディランディ。 ティエリアはいつも親しみをこめてロックオンと呼んでいた。ニールと呼ぶことは少なく、弟のライルがロックオンになってからも、彼はロックオンであり続けた。 「なん、で」 「眠り姫。おはよう」 エメラルド色の蝶が、数匹ロックオンの周りを舞っていた。 ロックオンが宇宙で死んだ時も、エメラルド色の光と蝶が舞っていた。 「俺を作るなんて。ティエリア・・・・・。ごめんな。おいていってごめんな。帰ってきたよ。本当に、帰ってきたよ。もう、離さないから」 「何を言って・・・・」 ティエリアは理解できないといった風に、ロックオンを見上げた。 ロックオンは、哀しそうな顔をして、ハロを捕まえると録音した最後の声を再生する。 「まだ消してなかったんだな・・・」 「ティエリア、おっと出撃命令だ。絶対に帰ってくるから。お前をおいてったりはしない。この戦争が終わったら、アイルランドで一緒に暮らそう。結婚式あげようぜ。みんな招待して、ぱーっと派手にやるんだ。なぁ、愛してるぜ。お前だけを。いってくるな、戻ってくるから。じゃあな、またな」 そこに、さよならの言葉はなかった。 ただ、未来を描く言葉と、もう一度会おうという約束。 その約束は二度と果たされることはなかった。 涙を零し始めたティエリアは、ベッドの中で蹲って嗚咽を漏らした。 「やっぱり、あなたを作るんじゃなかった。こんな思いをするくらいなら、作るんじゃなかった」 「帰って、きたよ」 「ロックオン?」 ロックオンは、ベッドの上にあがると涙を零し続けるティエリアの頭を撫でて、それから涙をグローブをしていない手で拭う。拭っても拭っても新しい涙が銀の波となってティエリアの頬を流れる。 「刹那と一緒の時にも言ったよな。その時は俺はアンドロイドだったけ」 かつて、刹那と暮らしていた時にリジェネが作ったアンドロイドのロックオンを本物と思い、刹那と離別を決意したことがあった。でも、ロックオンはアンドロイドだった。 絶対服従であるはずのアンドロイドはリジェネを裏切り、ティエリアを助けた。ありえないことが起こったのだ。 アンドロイドという有機物と無機物で作られた人工のボディに、ロックオンの精神が、魂が宿ったのだ。 そして、最後は何も残さず、エメラルド色の光となって世界に溶けてしまった。 それが、また起こっている。 「神さまって、信じる?」 「信じません・・・・・」 ティエリアは、ロックオンの瞳を見上げてから、泣き叫んだ。 「お帰りなさい・・・・!!!」 「ただいま」 ティエリアの命は、あと僅か。それを、ロックオンは知らない。 世界に戻ってきて、愛しいティエリアの側に永遠に在れるはずなのに、その願いは神に届かない。 だって、ティエリアは人の倫理を踏みにじった、神の領域を侵した堕天使ルシフェルなのだから。 砂時計の砂が零れ終わる最後の瞬間まで、この人を愛そうとティエリアは決めた。 二人の再会は静かだった。 一度出会っているので、取り乱すことはない。 むしろ静かすぎて不気味だった。 「愛してるよ」 「僕も、何百年たっても、あなたを愛しています。刹那も愛していました。許してくれますか」 「俺が死んだのが悪い。刹那はお前を支えてくれた。ずっと見てた。許すとも。俺のほうこそ許してくれ。神様が与えてくれた奇跡なのかな、これは。もう、ずっと一緒だから。ずっと・・・・」 その願いは、叶わないんだよ。 だって、僕の寿命はもう尽きようとしているんだから。 NEXT |