永遠の果て「忘れ名草が導くもの」







なんてことはない、静物画。
何かの花を描いたものらしいが、その花がなんであるのかニールにはさっぱり分からなかった。
「この絵ね、忘れ名草を描いてあるんです。私、毎日見に来るの。忘れ名草の花が大好きなんです」
忘れ名草という言葉に、胸が熱くなった。遠い昔、この子に贈ってあげた、そんな気がしてならなかった。
確かめるように女の子を見ていると、女の子はニールの瞳を見て目を見開く。
「綺麗。エメラルドの瞳。はじめてみた。天然、生まれつきですよね?」
「あ、うん」
「へぇ、ほんとに翠の瞳の人間っているんだ」
「あんたのほうが、瞳の色綺麗だよ。石榴色と金色のオッドアイなんて見たことねーよ、俺」
「これは、遺伝子操作の末のものです。おじいさんがオッドアイだったので。その遺伝子をそのまま覚醒遺伝してしまっただけですよ」
「ふーん」
女の子は、初対面なのにニールによく話しかけてきてくれる。
印象は悪くないらしい。それよりも好印象かもしれない。
ニールは、女の子が麦藁帽子の下に飾っている髪飾りに気づいた。
「へぇ・・・ねぇ、その髪飾りも忘れ名草の?」
「よく分かりましたね。そう、これも忘れ名草の花の・・・ブルートバーズでできた髪飾り。とっても古いの・・・なんでも、トレミーとかいう、昔のCBの人間が使っていた宇宙船で発見された、いわくつきのものです。オークションにだされてて、お父様が欲しいっていったら落としてくれたの」
「ふ〜ん」
CBとは昔、世界から争いをなくすためにと武力介入して戦争を根絶していた組織で、今はもうない。名前だけは知っていた。CBが最初に宇宙開拓に乗り出した企業でもあったから。今は、人類宇宙連合という名前になっている。ガンダムを所有し、選ばれたマイスターがそれに乗って、戦争があれば武力介入して争いを止める。
聞くだけなら物騒な組織だけど、そうでもしなくちゃ、人間は戦争を続け、それは拡大していって、いつかはコロニー全体が戦争に巻き込まれてしまう。
今でも、コロニー同士で戦争をしているのだ。そのうち、地球連合と戦争に陥ったら、本当に人類は争いだけの種族だと誰もが思うだろう。
そういえば、コロニーで起こった戦争をガンダムが武力介入して止めたと、朝のニュースでやっているのを思い出して、いつかガンダムマイスターになるんだと友人や家族に話したら、もっと現実的なものになれよって笑われたのを思い出した。
「俺、将来はガンダムマイスターになりたいんだ」
「へぇ。私と同じですね。私も、将来ガンダムマイスターになりたいんです。お父様には、凄く反対されていますけれどね。婚約者もいますし」
ニールは隣の少女をもう一度じっくりと見る。どうやら、この少女はどこぞの金持ちのお嬢様らしい衣服もオーダーメイドのものらしいし、ただの麦藁帽子と思っていたものも、ブランド品のようだった。
「でも懐かしいなぁ。忘れな草」
ニールの中で、その時何かが弾けた。

そう、思い出した。
俺は、俺は。
俺は、ニール・ディランディだった。ロックオン・ストラトスだった。
ティエリアを愛して、そして置いていって死んだ。
そして俺を再生させたティエリアとウェディングドレスとタキシードを着て結婚式をあげて、ティエリアは病でウェディングドレス姿のまま静かに一人で死んでいった。
俺は、再生されたのではなく、それは天使たち見る夢で形成された、ティエリアの心の愛が生んだ幻想が現実のニールになったものだった。
俺は、その時はティエリアの遺体を自分が眠る宇宙に棺にいれて流して、そして、自分も宇宙に還るためにグランジェ3でダブルオーライザーをおりて、そして地球が見えるとろまで流れて。
そして、地球に向かって手を伸ばした。
おれは、こんな世界で満足だって、昔とは正反対の言葉を残して。そして、光に包まれて、翼が羽ばたく音をきいて、それから地球に向かって伸ばしていた手を、自分に向かって伸ばされた腕に伸ばして、それから、それから・・・・。
「なぁ、その翼くれよ。その翼があれば、いつでもお前の元に飛んでいる気がする」
ニールはそう言葉を口にしていた。
俺は・・・・・。
ニールは両目から涙を溢れさせていた。

「どうしたの。どこか、痛いの?」
隣の少女が不思議そうに首を傾げていた。
「違う、違うんだ・・・」
ニールは泣き続けた。
「ほら、ハンカチ」
「ありがとう」
ハンカチは花の香りがした。昔のティエリアの匂い。ああ、なんて懐かしいんだろう。
ティエリア、ティエリア、ティエリア。
想いで心が押しつぶされそうだ。今すぐ、抱きしめたい。昔のように、彼女はでも笑ってくれないだろう。俺のことを覚えていない。
何故、俺だけ覚えているのだろうか。こんなにも鮮明に。
そう、彼女の名はティエリア。昔はティエリア・アーデと名乗っていた。中性で、女の子に近かったけど女性ではなくって、性格は男の子のようだった。
愛しいティエリア。誰よりも愛していたティエリア。
ああ、神様。
あふれ出す思い出に、涙がまた零れた。
「綺麗でしょうこの絵?私のお気に入りの絵なんです。涙でるくらいに綺麗でしょう」
ティエリアは、ニールの涙を絵のせいだと思いこんでいた。
「ああ、そうだな・・・」
ニールは床を睨んでいた。
もう、あふれ出して止まらないこの感情。
もう、無理だ。止められない。
誰でもない、ずっと捜し求めていたティエリアが、すぐ隣にいる。隣で、微笑んでいる。
何度、この笑顔を取り戻したいと願っただろうか。何度。
何百年かけて、また俺は出会った。
忘れな草の髪飾りをつけた美少女は、少年ニールに絵の説明をする。
「これは、今から230年ほど前に描かれた絵です。描いた人は巨匠のデリアンと。それで」
美少女は、嬉しそうに絵を見つめていた。
「なぁ。俺のこと、覚えてる?」
「は?あの、新手のナンパですか。お断りします」
ティエリアは、走り去っていこうとする。
その手を握り締めて、ニールはティエリアを抱きしめた。
「愛してる。ずっと、ずっと昔から・・・・俺の名前はニール。俺たちは昔ガンダムマイスターで恋人同士だった」
「あの・・・・・え・・・・何?」
ティエリアの中でフラッシュバックが起きた。昔、この名前と顔と同じ青年に抱きしめられて、泣いている自分がそこにいた。
「愛しています、ニール」
そう微笑んでいる自分が、そこにいた。
凍りついたティエリア。ティエリアは、悲鳴をあげることもなく、同じように涙を滲ませて、ニールを抱きしめ返した。
「どうしてでしょう。あなたと、ずっと昔にこうしていた気がするんです。私の名はティエリア」
「知ってるよ。ティエリア。ジャボテンダーが大好きなんだよな」
「どうしてそれを・・・・」
ニールは、何かのためにと携帯しておいたメモ帳に自分の携帯番号を書いて、彼女に渡した。
「忘れてないから、俺。ずっと、側にいるって約束した。置いていかないから。もう、置いていかれるのも嫌だ。愛してる、ティエリア」
ティエリアは、ニールの言葉にはっとなって、ニールから離れて頬を染めた。
「どうして私の名前を?いきなり、愛してるですか。言った通り、ナンパはお断りです」
美少女は、ワンピースの裾を翻して去ってしまった。
 ニールは忘れな草の絵を見て、もう一度涙を流した。

「やっと、会えた・・・もう、失わない。絶対に」

そこから、ニールとティエリアの新しい物語がはじまる。
 



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