ティエリアは、自宅に戻ると着替えるのも忘れて睡魔に襲われるままに眠ってしまった。 渡された携帯のメモ帳は一度くしゃくしゃにして捨てたけど、どうしても気になってもう一度拾ってテーブルの上においておいた。 (これは・・・・そう、いつもの夢) ティエリアは、ワンピース姿のままで夢の中をさまよう。 そこはトレミーの艦内だった。 (トレミー・・・・いつもの夢だ) きょろきょろと艦内を見回しながら、廊下を一人で歩く。 足は、決まってあの部屋に向かっていた。 (いるのかな・・・) 部屋の前にきて、コールを鳴らすとすぐにその人物はでてきた。 「よお、ティエリア」 アイリッシュ系のくっきりした顔立ちの白人。緩やかな茶色の肩まで届くウェーブのかかった柔らかい髪と、エメラルドの瞳。年は24、25くらい。 (そして、いつも私は) 「おはよう、ロックオン」 ティエリアの中から、ピンクのカーディガンを着た少年とも少女ともつかないティエリアが飛び出して、ロックオンという名の青年に声をかける。 そして、私ではないもう一人のティエリアは背伸びしてロックオンにキスをする。 二人は恋人同士で、CBのガンダムマイスター。 「どうしたんだ、ご機嫌だな」 「あなたが側にいるときは、いつもこうですよ」 「そうだな」 ロックオンはティエリアを抱き寄せて頭を撫でる。 「ねぇ、これつけて?」 ティエリアがもっていたものは、少女のティエリアももっている、あの忘れ名草のブルートパーズの髪飾りだった。 (あ、あれ私の!) 「ほら、これでいいだろ?」 パチンと髪に留められ、ティエリアは嬉しそうに微笑んだ。 「ありがとう、ロックオン。ねぇ、たまにはニールって呼んでもいい?」 「ああ、いいよ」 (ニール・・・美術館で会った少年と同じ名前、声、容姿・・・・これは、何?) ティエリアは毎日のように、この夢を見ていたことを思い出した。 自分とニール、ロックオンとも呼ばれるガンダムマイスターと恋人同士で、CBで人類の戦争を根絶するためにミッションを通して武力介入する。 (私は・・・・彼の、恋人。彼は、でも) 場面がかわり、ティエリアが泣き叫んだ。 「ロックオーーン!!」 ロックオンは、ティエリアを庇って右目を負傷し、そのまま次の戦いに出て、家族の仇と出会い、そしてハロに帰るという伝言を残したまま、散ってしまった。 地球に向かって血を吐きながら手を伸ばし、堕ちていくロックオンに、夢の中のティエリアは叫んだ。 「もう、いいんです。泣かないで、ニール。あなたはもう、こんな苦しい思いをしなくてもいいの。あなたは、もう全てに許されたのだから」 夢の中のティエリアは、12枚の白い翼を生やして、ニールのもとに飛んでいくと、傷つきすぎたその体を包み込み、そして二人は光となって消えた。 忘れ名草の花が舞い散る。白い羽毛と一緒に。 そこで、ティエリアは目覚めた。 「夢・・・・・」 ティエリアは泣いていた。 「いつもの、夢・・・」 いろんなたくさんのティエリアとして生きる自分と、隣に寄り添うニールとの夢を今まで見てきた。 楽しいこともあれば嬉しいこともある。でも、最後の結末は決まっている。 ニールは宇宙でティエリアを置いて死んでいってしまうのだ。 「ニール・・・・ニール・・・・」 どうしてあんな夢を見るようになったのかは分からない。 でも、最近ずっと見ている。 「あの少年の名前も、ニール・・・・」 ティエリアは、少年の言葉を思い出す。 (俺とお前はガンダムマイスターで恋人同士だった) そんなばかなことがあるだろうか。 でも、なぜこんな夢を見るのか。 毎日のように。 ニールという少年と会った時、この夢のことを忘れていた。そう普段は夢のことなんて覚えていない。覚えているのは目覚めてすぐのしばらくの間。 こんなに毎日見るのに、覚えていない。 でも、今日の夢は忘れることがなかった。 しっかりと記憶していた。 今まで、ずっとこの夢を見ていたことを思い出した。 「忘れ名草が、導くもの・・・・・」 ぽつりとそう呟いて、ティエリアは寝乱れた服と髪もそのままに、テーブルの上に置いたメモ帳を手にしてそのアドレスをそっと指でなぞる。 それから、震える手で携帯を取り出し、そのアドレスにかけてみた。 プルルル、プルルル。 「はい、もしもし」 「・・・・・・」 「誰だ?悪戯か?マイクか、それともケニー・・・・あ、分かったジョシュアだろ、お前いっつもこんなことするもんな」 電話の声は、夢のニールと同じ声をしている。 「・・・・・・・・」 「あれ、ミスった?俺・・・・ねぇ、もしかしてティエリア?」 ビクリと、ティエリアは体を強張らせた。 「どうして、分かったのですか?」 「おっしゃあ。まじ嬉しい。ねぇ、もっと声聞かせて?電話ありがとな」 「私は嬉しくもなにもありませ・・・・・」 「どうしたの。泣いているの?」 「どうして・・・・どうして、私はあんな夢をみるの・・・・・」 「夢?」 「いいえ、なんでもありません」 「愛してるよ、ティエリア」 「どうして、あなたはそんなことを言うのですか?」 「だから、いったじゃないか。前世で俺とお前は恋人同士で、ガンダムマイスターだったんだ。俺は覚えてる。その記憶があるから。お前にはないんだな。でも、俺は諦めない」 「・・・・・ナンパは、お断りです」 ティエリアは、携帯を切った。 何をしているんだろう、自分は。 前世だの、記憶だの。 前世でニールと恋人同士だった? そんなの、あるわけないじゃないか。確かに同じ名前と容姿のニールが毎日のように夢に出てくるけど。 どれも、いつも覚えていない。夢の中だけのお話。 そう、全てはただの偶然。ニールという少年の顔が印象的すぎて、きっと今までの夢は違ったのに、全てニールという名前に同じ容姿にすりかわってしまったのだろう。人の見る夢の記憶なんてあやふや。 今まで夢はそんな内容の夢を見てきた、という程度の記憶で、相手の顔、声、名前までは覚えていない。 今日はしっかり相手の顔も声も名前も覚えていたけれど、きっとニールと出会ったことで夢の中にまででてきたのだ。 ティエリアは、前世だとかそういったものを信じる人間ではなかった。 「ティエリア、オペラを見に行くよ。まだ寝ているのかい?キャンセルするかい?」 「いいえ、お父様、すぐに支度します!」 ティエリアは、扉をノックした父の声にはっとなって、思考を全て現実のものに切り替える。夢の中とかそんなこと、私には関係ない。 私はティエリア・アーデ。アーデ家財閥の令嬢。お父様の娘。お父様の名はアレン。お母様の名前はキャシー。お母様は、私が幼い頃に死んでしまって、私はお父様と二人暮らし。 「シャリーを、こっちに呼んでください、お父様」 「ああ、分かったよ」 シャリーとは、ティエリアつきのメイドアンドロイドだ。ティエリアの身の回りの世話を任せられている。 *********************** 至高天で、ジブリールは紡がれていく物語に、邪魔をしている記憶の封印を、夢で見れるように手をくわえた。 なんの記憶もないままで、二人ならきっとジブリールが望む結末を与えてくれるだろうが、夢で前世を見るなんてロマンチックじゃないか。 水面に写るティエリアの背中には白い12枚の翼があった。 それは、天使にしか見えない。 ティエリアには見えないだろう。 見えない12枚の翼。 「忘れ名草の花言葉は、あなたを忘れない、でしたね。彼らも、お互いを忘れていない」 夢の続きを見ますか? はい いいえ 浮かんできた文字に、ジブリールははいを選択した。 NEXT |