広場にある美術館、そんなに大規模ではない。 その最上階に飾られた忘れ名草の静物画を、ニールはずっと眺めていた。 ティエリアに、前世の記憶はない。 愛しているといっても、受け入れてもらえないだろう。 でも、愛してるといいたい。愛していると。もう失いたくないんだ。もう、二度と。 「ニール」 「やぁ、ティエリア」 あらかじめ、携帯でニールにメールを送っておいた。 始めてあった場所で、夕方の6時に待っていると。 ティエリアは、ニールの笑顔にずくりと胸が痛んだ。苦しい。何故だろう。とても愛しい気がする。 「あの、今日は私の婚約者も一緒で・・・・」 「あ、うん」 ニールは緊張している様子だった。 「ティエリアの婚約者で、アレルヤっていうんだ。ニール、よろしく」 「アレルヤぁ?」 素っ頓狂な、ニールの声に、ティエリアもアレルヤも驚いた。 「うわ、まじなっつかしー。アレルヤ、俺のこと覚えてる?俺、俺だよロックオンだよ!」 「ちょっと、ニール!!」 「うーんと。初対面なんだけどね・・・・」 「なんだ。やっぱり、アレルヤも覚えていないんだ。俺だけなのかな。俺が変なのかな」 ニールは、また忘れ名草の絵画を見つめる。 「俺さ。俺だけ・・・前世とか。俺おかしいよな、ティエリアは夢で・・・でも夢は夢?」 「ただの、夢です」 ニールは自信を喪失していく。 自分だけ、覚えているのは何故だろう。他のみんなは何も覚えていないのに。 俺だけ、ロックオン・ストラトスの記憶があるなんて。 ティエリアもアレルヤもいるのに。 どうして俺だけなんだろう。 ふと、白い羽毛が舞い落ちるのが見えて、ニールは走り出した。 「待ってくれ!!!」 ニールは必死で追いかける。 12枚の白い翼をもつその天使は、飛んでいるのをぴたりとやめて、ニールのほうを振り向いた。 「ティエ・・・・・リア・・・・」 石榴色の瞳をもつ、ティエリアだった。 そう、ロックオンが愛したティエリア・アーデ。 「諦めないで。私は夢を見るのです。あなたの夢を」 「俺の、夢?」 「そう。それが私にできる精一杯のこと。あなたと過ごした夢を見るのが、私にできる背一杯のこと。あなたのことを私は忘れている。でも、諦めないで。私を愛しているのなら」 「ちょっと、ニール、ニール」 ティエリアに揺さぶられて、ニールははっとなった。 「今のは?」 「どうしたの。いきなりぼーっとして」 「今のは・・・幻?夢?」 「大丈夫かい?」 ニールは頭をおさえて、近くのベンチに座った。 その隣にティエリアとアレルヤも座る。 「顔色悪いよ?」 「いや・・・・なんでも、ないんだ」 確かに、あれはティエリアだった。隣にいるティエリアではなく、もう死んでしまったロックオンが愛したティエリア・アーデだった。 「幻・・・夢・・・現実・・・・」 ニールはぽつりと繰り返す。 そして、立ち上がるとぶんぶんとアレルヤと握手を交わす。 「えっと、ごめん、自己紹介が遅れて。おれ、ニール・ディランディ。ティエリアの運命の人だ!!」 「ちょ、ニール!!」 ティエリアは真っ赤になって慌てた。 「違うんです、アレルヤ、彼はただの友達で!!」 「面白い人だね」 アレルヤはクスリと笑って、ニールに自己紹介をした。 「僕はアレルヤ・ハプティズム。ティエリアの幼馴染で、そして婚約者」 「うん。俺、負けないから!!」 「?」 ニールはいきなり宣戦布告した。 「アレルヤ、お前からティエリア奪ってみせる!!」 「ちょ、何言ってるのニール!!」 「忘れ名草の花言葉、知ってるよな?」 二人は頷く。 「あなたを忘れない、でしょ」 「あなたを忘れない」 「そう。その花言葉みたいに、俺はティエリアのことを忘れなかったんだ。うん。俺、前世とかそんなのもうどうでもいいや。おれティエリアが好きになったんだ。だから、アレルヤ、あんたとはライバル!でも友達になろうぜ!」 「君、かわいいね」 アレルヤはクスリと笑って、その宣戦布告を受け入れた。 「忘れ名草・・・」 ティエリアは、絵画を見たとき、凍りついた。 何かが、弾けた。ティエリアの中で。 「ニール・・・・愛しています。あなただけを。あなただけを愛しています。忘れ名草のようにいつまであなたのことを忘れません。どんなになんど離れても、またあなたを見つけるから。私は忘れ名草」 ふっと、それだけしゃべるとティエリアは意識を手放した。 「おい、ティエリア、ティエリア!?」 「揺さぶらないで。大丈夫、眠ってるだけだから。彼女、たまにこうして意識失うんだ。病気でもなんでもないから。今日は、僕が彼女を家に届けておくよ。それから、これ僕の携帯のアドレスとメルアド」 「うん。ごめんな、アレルヤ」 ニールにできることは限られている。 まずは、できることから始めよう。 ティエリアは、ずっと夢を見ていた。 ニールと愛し合った夢を。 その夢が、本当にあったことだと思うほどにリアルで、とても胸が切なくなった。 「ニール・・・・」 自宅のベッドの中で、ティエリアは忘れている記憶を夢の中で何度も再生させる。 何度でも、何度でも。 NEXT |