夜明けの祈り「あなたの翼は黒い」







注)「永遠の果て」と一部世界がリンクしております
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しとしとしとしと。
しとしとしとしと。
降る雨はずっと、ずっと重くて。
まるで、僕の心のように重くて。
これは、僕が流した涙だろうか。
天を仰ぐと、鉛色の空が全てを覆い尽くしていた。

これで、何回目になるでしょうか。
もう、数え切れません。
この場所にくるのは。


ティエリアは、真紅の薔薇の花束を持って、その墓に花束を置いた。
もう、何百回目になるだろうか。彼の墓にこうやってくるのは。
戦いも全て終わり、世界は変わった。そう、彼が望むような世界に。人類は自分たちで意思の統合をなし、そして未来へと歩いていく。
トレミーは変わらず今も空を飛んで周っている。世界を見守り続けるために。
喪服と同じ真っ黒な傘をティエリアはくるくると回す。
雨があがってきた。
「虹だ・・・・」
傘を折りたたんで、ティエリアは目を細めて遠くに見える虹を見る。
「虹は、天国への階段」
「え?」

ティエリアは振り返る。
でも、そこには誰もいなかった。
墓地まで一人できたし、こんな雨の日に墓参りするようなのはティエリアくらいだ。もう一度周囲を見回しても、やっぱり誰もいなかった。
「聞き間違い?」
確かに、そう聞こえたのだ。
虹は、天国への階段と。しかもあの人の声で。
「疲れてるのかな・・・・」
頭をおさえて、ロックオンの名が刻まれた墓に、それから数秒黙祷し、愛した人の冥福を祈る。
「また、来ますね」
「いつ?」
「え」
また声がした。
周囲を見回すが、誰もいなかった。
よほど疲れているのだろうか。幻聴まで聞こえるようになるなんで。
「ティアドロップは天使の涙。昔、教えたよな」
「いるんですか!いるのですか!!」
ティエリアは、鉛色から晴れ上がった空を見上げて、声の限り叫んだ。
「いるのですか!?」
時折、こういうことはあった。姿もちゃんと見えた。そう、見守ってくれているように、彼は時折姿を現しては消える。それが幻覚なのかどうかは分からないけど、ティエリアはそれは彼だと信じていた。
「いるのなら、姿を見せてください!お願いです!!」
神に縋るような気持ちで、天を仰ぐ。
そこに、捜し求めていた人物を見つけて、ティエリアは息を飲んで驚いた。
ティエリアの頭上数メートルはある高さで、ロックオンが浮かんでいたのだ。見慣れない衣装を着ていた。
「届かない。あなたに、手が届きません」
ティエリアは精一杯手を伸ばすが、彼は遠すぎて全く手が届かなかった。
ティエリアの瞳から、いつかのように涙が溢れて、地面に零れ落ちる。
「それも、ティアドロップ」
「ロックオン!!」
「ちがうな」
「何が、違うというのですか!」
「俺はロックオンじゃない」
「嘘です!あなたはロックオンだ!ニール・ディランディ!僕が愛した唯一の人!」

空の上で、ロックオンは遠くの虹をかき消すように、ティエリアの視界を真っ黒で覆ってしまった。
「翼・・・・黒い・・・・」
バサリと、羽音を立てて現れた翼は12枚。6対の、真っ黒な翼。ロックオンに翼があるのだとしたら、絶対白だと信じていたティエリアは、涙を流しながら彼を見上げた。
「僕のせいですか。翼が白いのではく黒いのは」
ティエリアは、また涙を零した。
それに、ロックオンはエメラルドの瞳を瞬かせて、手をくいっとあげると、ティエリアの体がフワリと浮いて、ロックオンの腕の中に抱かれた。
「泣くなよ」
「泣きます・・・・あなたの翼が黒いのは、僕のせいですね」
「俺には驚かないんだな」
「何があっても驚きません・・・・あなたは時折僕の前に現れてくれた。刹那もあなたを見たと言っています。死者の魂が、うつ世に生きる者と交差する時、その姿は見えるのだと僕は信じています。そう、あなたが僕がくじけそうになって泣いていたとき、励ましてくれたり。あれは、あなたであったと僕は信じています。幻覚などではなく、本当のあなたであったと」
ロックオンは、ティエリアの涙を舌で舐めとると、ティエリアを抱き寄せて真っ黒な翼で包んでしまった。黒い羽毛がたくさん雪のようにふわりふわりと地面に落ちては、光の泡沫となって消えていった。
「かわいそうなティエリア。この世界ではジブリールは干渉していないんだな」
「ジブリール?受胎告知の天使、ジブリール?慈悲の天使・・・」
「そう。ジブリール。ジブリールはあらゆる世界でお前とニールに干渉し、その幸せを促した。この世界ではお前は一人きりなんだな」
「一人じゃ、ありません。今は、あなたがいます」
「残念ながら、俺はロックオンじゃない」
ロックオンは、腕の中で震えて泣き続けるティエリアの頬にキスをする。
「では、誰だというのですか。ロックオン以外の誰だと」

「明の明星の王」
「明の明星・・・・・まさか」
「そう。俺はルシフェル。堕天使王ルシフェル」
「そ、んな、ことが・・・・」
信じられない表情でロックオン、いやロックオンの姿をしたルシフェルを見つめる。
「俺はな、ティエリア。人間の頃、ニール、そうお前が愛したロックオンだったんだ。そして永劫の時の果てに天使となり、数百万の時をかけて至高天にあり続け、そして人間になりたいと願い、神に背いて堕ちた。だから、翼は黒い」
「信じられない」
「そうか?じゃあ、なぜ俺の翼は黒い?」
「それは・・・・僕が、あなたを」
「俺を?」
「僕が、あなたを殺したから・・・」
ルシフェルは声もなく笑った。
「そんなことで、翼が黒くなったりはしないぜ」
「ロックオン・・・・んっ」
舌が絡むくらいのディープキスを何度か繰り返して、ティエリアは思った。ルシフェル、悪魔王でもなんでもいい。元がロックオンだというのなら。
このまま連れ去って欲しい。そう心から願った。
「このまま、連れていって・・・・」
「いつでもかわいいな、お前さんは」
口調も声も姿も全てロックオンだ。翼があることだけが記憶にあるロックオンと違う。
「連れて、いって・・・・」
ルシフェルは、ティエリアを抱きしめて、世界から消えてしまった。
残されたのは、真っ黒な羽毛。
光となることはなく、それだけが世界に残された。

夜明けの祈りは、いつか叶うだろうか。
会いたい、会いたい、会いたい。
何百万年の時を経て、黒い翼のロックオンはティエリアの前に現れた。天使と悪魔の生きる時間は人間の生きる時間と違う時を刻んでいる。過去、未来、現在。全てが同じ時の中にあるのだ。

ティエリアは、まどろむように黒い翼に抱きしめられて、そして目を閉じた。
「あなたなら、たとえ悪魔でもかまわない」
そう、呟いて。


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