夢の中で、ティエリアはロックオンと何気ない会話をしながら、愛を囁いて一緒にいて、笑いあって。そんな、当たり前の日常。もう数年前になくしてしまった光景を、夢見ていた。 「ん・・・・・」 目覚めると、そこはいつもの寝室だった。 「僕は・・・・・ロックオン?全部、夢?」 起き上がると、衣服まで替わっている。ここは、ロックオンの生家だ。今はティエリアはトレミーを降りており、ガンダムマイスターであることが変わりないが、しばしの間休暇を貰っていた。 そうでなくとも、暇を見つけては、ティエリアはよくロックオンの墓参りに出かけた。 「なんだ・・・・夢か・・・・」 ティエリアは溢れ出した涙を拭う気力もなくて、そのまま呆けていた。 あのまま、夢を見続けていたかった。 世界から攫われてしまいたかった。悪魔王だろうとなんでもいい。ロックオンの魂がそこに存在するなら。地獄に落ちたって構わないとさえ思った。 「人間とは、窮屈なところで生活してるんだな。っと、俺ももともとこんな空間で生活してたっけ」 入ってきた人物は、間違いなくロックオンだった。 「これは、夢の続き?」 「答えはNO。そう、全部思い出した。俺はロックオン・ストラトス。お前さんを愛していた。なぁ、大好きだよ、ティエリア」 「あなたはロックオン?それとも、明の明星の王?」 背中に12枚の黒い翼を見て、ティエリアは戸惑った。 夢ではなかった。あれは現実。 では、これはあの現実の続き。 世界から攫われていったのかと思った。 「僕を、連れていってはくれないの?」 「俺は、そんなことしたくてきたんじゃねーよ。なぁ、ティエリア。愛してるよ」 抱きしめられて、ティエリアの瞳からまた新しい涙がいくつも浮かんだ。 「変わらず泣き虫なのな」 「だって、どんな形でもあなたが、あなたが僕の側にいてくれるから・・・・・」 ティエリアは、ルシフェル、いやロックオンの背中の黒い翼に触れてみた。 それは半分透き通っていたけれど、しっかりと触れて手触りはシルクのように心地よかった。 「こらこら、翼さわりなさんな。かゆいから」 「かゆいの?」 「そう。この翼全てに神経がある。だから、触られるととても敏感になるんだ」 「へぇ・・・・」 ティエリアは、そういわれてますますロックオンの黒い翼を手で撫でる。 「変わらないなぁ。そういう悪戯好きなとこも」 「そうですか?」 ティエリアは首を傾げた。 ロックオンは、天使の装束を抜いで、家の中にあった自分の服に着替えていた。 「懐かしい・・・・その服装」 「そうか?」 エメラルドの瞳は隻眼ではない。両目ともちゃんとあって、ティエリアはロックオンの頬に触れて、今目の前にいる人物が本当にいるのか確かめた。 何度も、何度も。 「なんでそんなに泣くんだよ」 「あなたが、いるから・・・・」 「俺が泣かしてるみたいじゃんか」 「違います。嬉しいから。哀しいから、泣いているのではありません・・・・・」 「ティアドロップ」 「?」 「天使の涙を、そう呼ぶんだよ。昔、教えただろう?」 懐かしい記憶だった。 まだ彼が死ぬなんて少しも思うことがなかった時、恋人同士であったとき、この時間が永遠に続くのだと信じて疑わなかった。 その頃に、雨が嫌いだとティエリアはロックオンに言った。すると、ロックオンはこれはティアドロップ、天使の涙なんだと教えてくれた。例え方がとてもロマンチックで、ティエリアは嫌いなはずの雨が少しだけ好きになったのを今でも鮮明に覚えていた。 「これは、ティアドロップですか?」 「そう。ティアドロップ。だって、お前さんは」 ロックオンは、続きを言わなかった。だって、お前さんはいずれジブリール、天使となるのだからと。 ぐ〜。 その時、ティエリアのお腹がなった。 「あ、その、これは!!」 ティエリアは赤面して、慌てたが、ロックオンはにんまりと昔と変わらない表情で笑うと、ティエリアの頭をがしがしと撫でる。 「ははは、お腹すいてるんだな。なんか作ってやるよ」 「あ、はい・・・」 申し訳ない気持ちでいっぱいになる反面、嬉しさで溺れ死にしそうだった。 こんな時間は、でも長くは続かないだろう。 そう、これはきっと夢のようなもの。 こんな幸せな現実は、長くは続かない。 本当のロックオンが、死んでしまったときのように。 そこで、ティエリアははっとなった。 では、目の前のロックオンは誰だというのだろうか。 明の明星の王、ルシフェルと彼は名乗った。でも、ロックオンの記憶があるというし、仕草も台詞と姿形声すべてがロックオンそのもの。 「あなたは、誰?」 ティエリアは、去っていこうとするロックオンの背中に抱きついた。 12枚の黒い翼は消えていた。 「俺か?俺は・・・・」 耳元でゆっくりと再生される言葉に、ティエリアは石榴の瞳を伏せて地面を見て、それから瞳を金色にかえて、長く光る睫を震わせてもう一度、ロックオンをきつく抱きしめる。 「あなたは、ロックオン?」 「俺は、ロックオン。俺のこと、嘘ついてると思う?」 「いいえ・・・・」 ティエリアは首を振って、ロックオンと一緒にキッチンにいくと、二人で遅い昼食を作り、食べた。 変わらずじゃがいもが大好きだ。 じゅがいものサラダ、じゃがいものバター炒め、じゃがいものシチュー。 「じゃがいも男爵・・・・」 「そう、俺じゅがいも男爵!」 ティエリアは、ふわりと笑った。 「そう、笑顔綺麗だから。笑ってくれよ、もっと」 「はい・・・」 夜明けに何度祈っただろうか。 何千回?何万回? あなたに会いたい、会いたい、会いたい。 夜明け前の祈りは、届いたのかな? だったら、この時間が凍ってしまえばいいのに。そしたら、もう彼は僕の前から消えなくなる。 ずっと、ずっと一緒にいれる。 ティエリアは、微笑んだ。 とても、哀しそうに。 NEXT |