夜明けの祈り「忘れ名草の、忘れられたエデン」







ロックオンの綺麗なエメラルドの瞳が、血のような真紅に変わった気がした。
見間違いではない。確かに、色が変わった。
でも、ティエリアは何も言わなかった。
今のロックオンの存在自体、この世界ではありえない存在なのだ。
「僕は、何が起きても後悔は、しません」
その言葉に、ロックオンはまた黒い翼をバサリと広げると、ティエリアをその翼で包み込んだ。
翼の中は、とても暖かくて、母の胎内にいるような記憶が蘇る。
そう、これは原始の世界だ。ここは、世界とは隔絶された違う空間。
「俺と、契約、しようか」
「契約、ですか?」
「そう」
「なんでも、します。あなたの側にいられるなら」
ティエリアは、ロックオンに後ろから抱き寄せられながら、ロックオンの翼の中でロックオンの顔を見上げる。
「これは、俺とお前だけの契約」
「はい・・・・・」

ふわりと、何もない空間から白い羽毛が現れる。
ロックオンはそれを手にして、ティエリアに渡した。
「これに、誓って。ずっと、俺と一緒にいるって」
白い羽毛は、白銀の光を放ち、とても神々しかった。
「誓います。ずっとずっと、たとえ世界から追放されても、あなたの側にいます」
ティエリアは、白い羽毛にキスをすると、それはティエリアの体の中に吸い込まれていった。
「契約、完了」
ロックオンは、ティエリアを抱き上げて、寝室に向かう。
「これで、よいのですか?」
「ああ。これで、いい。十分だぜ」

二人は、そのまま寝室にくると、ロックオンはティエリアを大切そうにベッドに横たえると、自分はベッドに腰掛けてずっとティエリアの髪を優しく撫でていた。
それから、ロックオンは思い出したように庭に出ると、ティエリアは後をゆっくりとついてくる。
「忘れ名草の花畑を、見せてあげよう」
「花畑、ですか。どこかの植物園へ?」
「いいや」
ロックオンは、ティエリアを抱き上げて、ふわりと天に向かって黒い翼を広げる。
空が、割れた。
眩しい光に包まれて、ティエリアはあまりのまぶしさに目をあけていることができなくなって、目を瞑って自分を抱き上げたロックオンにしっかりとしがみつく。
「大丈夫、落としたりしないって」
頬に、優しいキスが降ってきて、そして光が止んでティエリアは目を開けた。

「わあ・・・・」
そこは、忘れ名草が永遠と続く花畑だった。
二人はそこに降り立つと、ティエリアはくるくると回って、そしてロックオンの手をとって、無邪気な微笑みを見せて、二人で花畑の上に寝そべる。
「すごい、すごい・・・・どこまでも続いてる・・・・」
忘れ名草だけでできた小さな花畑。
いつか、植物園でみた忘れ名草の花畑の小さな空間とは比べようもならないくらいに、無限に彼方まで広がる。空を見上げれば、空はティエリアの石榴の瞳のように紅に染まっていた。
「夕暮れ?さっきまで、朝だったのに・・・」
「ここは、人間の世界とは違うから。いつも、紅の夕暮れだ。俺が作ったんだ。この世界は、本来ならエデンの一部。そこを無理やり掌握し、手に入れて自分の好きな風景に変えた。どうしてだろうな。もっと素晴らしい世界にするつもりだったのに、ティエリアが大好きな、俺も大好きな忘れ名草の花畑になってしまった。空は、ティエリアの瞳の色の夕暮れ。ずっと、この色だ」
「綺麗です・・・・嬉しい」
ティエリアは、あどけない顔でロックオンの言葉を聞いていた。
もう、何があっても驚かない。
すでに、このロックオンと会った時点で驚きは逸脱してしまった。彼は、人間世界の住人ではない。
それを物語るように、また12枚の翼が羽ばたいて、ゆっくりとティエリアを包み込んだ。

「歌って、くれね?昔のように・・・・」
ティエリアは、空に向かって手を広げて歌い出す。
天使の歌声。
そう仲間たちにも言われたオーロラのような透明な歌声が、花畑を包み込む。
ロックオンは、ゆっくりとその歌声に耳を傾ける。
ティエリアを抱き寄せて、ティエリアはロックオンの腕の中で歌った。
まるでカナリアのように。
そう、彼のためだけに歌うカナリア。
ティエリアが自分で作った唄は、全て彼に捧げるためのもの。
ティエリアは歌い続けた。
ロックオンは、ティエリアの髪に忘れ名草で作り上げた、花冠を被せる。
小さな花を丁寧に丁寧に紡ぎあって作り上げられた花冠。まるで、天使のクラウン。

12枚の黒い翼が、ティエリアの視界を覆った。
「あ・・・・」
そのまま、ティエリアは闇に沈んでいく。
優しい、キスと一緒に。

ここはいつも夕焼けなのだろうか。
だったら、夜明けの祈りはもう、いらないのかもしれない。
何千回何万回続けてきた祈りはもう。
必要ないのかもしれない。

二人は、そのままキスを続けて、互いの服をゆっくりと脱がせあう。
忘れ名草の花畑に溶けていく二人。
ティエリアが見た空の色は、紅からエメラルドに変わっていた。
「翠の、空・・・・」
「綺麗だろ?」
「すごく綺麗・・・」
普通ならあるはずのない空の色。ロックオンの瞳の色だ。エメラルドは。翡翠でもいい。そんな、新緑の緑でもいいかもしれない。そんな、綺麗な綺麗なエメラルドグリーンだった。


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