「おはよう、ティエリア」 「おはようございます、ライル」 年はあけ、桜が舞う季節になっていた。 娼妓、さくらは花柳病もなおり、年季もあけて故郷に帰っていった。 「桜を見に行こうか。綺麗に咲く場所を知っているんだ」 「はい・・・・」 ちらちらと、桜が咲くその場所は、ニールとよく桜見した場所だった。 「まだ、少し寒いだろう。さぁ、このスカーフを」 ざぁぁぁぁ。桜の花が舞い散る。狂ったように。 何度、ライルに抱かれただろうか。 毎日のように、夜を共にした。 ざぁぁぁぁ。桜の花が風で散っていく。 上等の絹でできたスカーフを受け取り、それを首に巻いて、ティエリアは桜を見上げ、こう言った。 「もう、いいんです。ライル。・・・・いいえ、ニール」 「何をいってるんだ、ティエリア?俺は兄さんじゃ・・・・」 「知ってるんです、私。ライルが・・・留学先の英国で、流行り病にかかって死んでしまったって」 「ティエリア・・・・お前・・・・」 「夢を、ありがとう・・・・」 ティエリアは、大きな石榴の瞳からたくさんの涙を浮かべ、泣いた。 本当に、吉原にきて泣いてばかりだ。 「ライルのふりを、してくれたのですね。私を安心させるために。わざわざ、憎い父の実家に帰ってまで・・・」 「そこまで、知って・・・・・」 「ライルが死んだことは、あなたが消えた後、風の便りで知ったのです。同じ英国に留学されていたという方が、親友を流行り病で亡くされて大層嘆いておられて・・・話をきいたら、ライル・ディランディという方が・・・私のライルが、亡くなったと・・・・」 「ティエリア・・・・俺は」 「あなたは、ライルじゃない。ライルは、もうこの世界の何処にもいない。あなたはニール。私はずるい子です。ライルもニールも愛していた。あなたを、まだ愛している。こんな私でも、まだ身請けしてくれますか?」 「する。お前を、身請けする。そして、一緒に暮らそう。もう金は整った」 「はい。どこまでもついていきます。私は聖女ではなく悪女ですね・・・。たくさんの男を惑わして・・・でも、ニール、あなたを愛しているのは本当です。初めて出会ったあの時から、好きでした」 「俺もだ。はじめてあった、あの六年前からずっとお前に惚れてた」 ニールは、ライルの実家の父親、ニールに実父である者の使いに呼ばれて屋敷にまたくる羽目になった。 そこで知ったのだ。 唯一の跡継ぎであるライルが、英国で流行り病にかかり病死したのだと。 なら、残されたティエリアはどうなるんだ。 父は、ニールにライルとなることを強要してきた。ニールもまた、それを受け入れた。 憎い父は、手の平を返したようにニールに優しくなった。 でも、ニールと呼ばれることはなかった。ライルと呼ばれ続けた。 あくまで、あの父に必要なのはライルなのだ。 ニールはいらないのだ。 生まれてきてはいけなかった子供。それがニール。 ニールは僅か半月で全ての行儀習いも終え、そして隠れて学問をしていたこともあり、ライルよりも賢かった。父は、弟の死を金で握りつぶした。 流石に、英国先の相手までは握りつぶせなかったようで、帰国してきた友人はライルが生きていることに驚いた。 父は、死んだのは兄のニールとした。留学先で、ある一時を境に入れ替えたのだと。 苦しい言い訳だったが、金ですべてをもみ消していった。 もみ消される前に、肝心のティエリアの耳に入ってしまったのだ。 「俺は、結局お前を傷つけていたんだな」 「いいえ。一番傷ついたのはあなたでしょう。こんなにも、あなたの心はボロボロだ・・・・」 ニールを抱きしめるティエリアの手は、とても暖かかった。 桜が散っていく。まるで、二人の再会を祝うように、また哀しむように。 二人は涙を零して、散っていく桜を見ていた。 そして、廓の主人にティエリアを身請けすると告げ、金を積んだ。 流石に、廓の主人も、お上に睨まれているので、ティエリアを手放すことにした。 「ティエリア、お前さんはこれで自由だ!おやじは、勘当だっていうだろうけど、構うもんか!二人で逃げようぜ!」 「はい、何処までもついていきます!」 二人は、いつか6年前、吉原にきたときのように馬車に乗って、正面から吉原を出て行く。 これで、ティエリアは苦界から救われた。 やっと、二人で幸せになれる。そう二人は信じていた。 「私は子供が産めないと思います・・・」 「そんなの関係あるかよ。お前がティエリアであることが大切なんだ。お前さんを愛してるんだから、俺は。いざとなったら、全てを捨ててお前と逃げる」 「私も、吉原一の花魁の地位も名声も捨てて、あなたについていきます」 吉原を囲うお歯黒溝を馬車で抜けて、二人は馬車の中でキスをした。 甘い甘い、チョコレートのようなキスを。 「あ、チョコレートあるんだ。食べる?」 「あ、西洋の御菓子ですね。食べたことありません」 「ふわりってとけるんだぜ。ほら、食べてみろよ」 「ほんとだ・・・甘い」 二人は、またキスをした。 このまま、馬車はニールの実家の屋敷に戻るはず、であった。 「止まれー、止まれー!!」 「なんだ!?」 「何!?」 「お上の使いである!!」 ティエリアもニールも、その言葉に固まった。 まさか、お上の使いが。俺たちになんのようなのだとニールは睨むが、兵士に周りを取り囲まれていて、馬車は身動きが完全に封じられた。 馬車に乗り込んできたお上の使いである兵士は、お上の勅命を持って、二人に見せる。 「ティエリア・アーデ。この者を今日をもって、お上が身請けした!」 「嘘!私は、ニールに!」 「ちっくしょう、あの廓の主人、やりやがったな!!!」 「いやああ、ニール、ニール!!!」 兵士に連れ出されていくティエリアを、ニールは必死で追おうとするが、他の兵士たちが邪魔をする。 「ティエリアー!!!!」 「ニール!!」 桜が散っていく。 二人は、幸福を目の前に引き裂かれた。 二人の叫び声は、桜の花に吸い込まれていった。 NEXT |