エリュシオンの歌声@







エリュシオン。
神がつくりし、死後の英雄たちの魂が眠るという楽園。
そこにたどり着けることができれば、どんな望みでも叶うという。
エリュシオン。
人はそれを夢見て、エリュシオンの歌声をもつ神の巫女を崇める。
エリュシオンの歌声だけが、人々をエリュシオンの地へと誘ってくれるという。それはただの伝承。でも、実際にこの世界にエリュシオンの歌声をもつ巫女はいる。

小国カール公国が抱える、エリュシオンの歌声をもつ神の巫女。
名はティエリア・アーデ。
隣国の大国、イスマイール帝国が抱えるエリュシオンの歌声をもつ巫女姫、皇族の血をひく第三皇女でもあるマリナ・イスマイール。
同じイスマイール帝国の神殿にいる神の子、リジェネ・レジェッタ。
世界には、三人のエリュシオンの歌声をもつ神の子、神の巫女が存在する。
ティエリアは生まれはイスマール帝国で、本来ならイスマイール帝国の巫女になるはずであった。だが、事情がありイスマイール帝国から赤子のときに連れ出され、イスマイール帝国の属国でもあるカール公国で育ち、カール公国の神殿の巫女となった。
もともと、イスマイール帝国の神殿にいるリジェネ・レジェッタとは双子であった。リジェネは上流の貴族階級出身である。皇族の流れも組んでいる。二人は、双子であった。
皇族や上流階級の貴族にとって、双子は吉凶の証である。
本来ならどちらかを生まれた時に殺すのだが、エリュシオンの歌声を授かった証である小さな翼がティエリアにもリジェネの背にもあったのだ。
だから、ティエリアは属国であるカール公国の神殿の巫女となる運命を辿った。

マリナは、エリュシオンの歌声をもっているはずなのに、その歌声はエリュシオンの歌声に届かない。
世界でただ二人、ティエリアとリジェネだけがエリュシオンの歌声に到達していた。
そう、この世界にエリュシオンの歌声まで到達する者は、古代から二人までと決められているのだ。
マリナ姫は、背にエリュシオンの歌声をもつ証である白い翼を持ちながら、その歌声はエリュシオンに届かない。マリナ姫の父である皇帝は、マリナ姫を溺愛していた。
巫女姫でありながら、なぜ愛する娘はエリュシオンの歌声まで到達できないのか。十分に美しい歌声をもっているではないか。日々募る焦燥。
マリナ姫は心広く、自分がエリュシオンの歌声に到達できないことなど、気にしなかった。
だが、帝国の神殿の神の巫女姫という地位も、このままでは追われてしまう。
エリュシオンの歌声に届かなければ、神の巫女姫ではなく、ただの巫女姫だ。
そんな時だった。

カール公国が、属国から解放運動を続け、ついには大国イスマイール帝国を敵に回した。
戦争が勃発したのだ。

カール公国を根絶やしにせよ。
イスマイール帝国の皇帝がとった判断は、とても厳しいものだった。他にもいくつもの属国があるので、反乱をおこした国を見せしめのようにする必要があった。反乱をおこせば、お前たちの国も滅びるのだと。
皇帝は、カール公国の反旗をよいことに、カール公国の神殿の巫女や神官たちの抹殺も兵士たちに命令した。だが、兵士たちは信心深く、神殿の巫女や神官を殺すことに躊躇いをみせ、命令にはとても従えないと皇帝に直訴した。
それはそうだろう。神殿の巫女や神官は、他者を癒す不思議な魔法を使う特別な存在だ。聖職者は誰にとってもありがたい存在だ。それを殺せだなんて。
ティエリアもまた、エリュシオンの歌声でいくつもの奇跡をおこしてきた神の巫女。他の聖職者たち・・・巫女、神官、シスターと一緒になって、神殿を訪れる難病や怪我をした者をたくさん救ってきた。
同じように、イスマイール帝国でもそれは行われているが、イスマイール神殿は寄付した者を優先しており、だから寄付するお金をもたぬ者はカール公国の神殿へと流れる。
それもまた、皇帝にとっては気分のよいものではなかった。

かのエリュシオンの歌声をもつ、神の巫女であるティエリア・アーデを亡き者にせよ。

そうれば、エリュシオンの歌声は、神の巫女姫である、愛しい自分の娘に100%宿る。
世界には二人しかいないエリュシオンの歌声をもつ者。その資格である白い翼をもつ愛娘に、エリュシオンの歌声を宿らせてやるのだ。

それは、皇帝が秘密裏に下した命令であった。
抱えている騎士団などに命令しても、神の巫女を殺すことなどできないだろう。
騎士団も兵士たちもみな、どれだけエリュシオンの歌声をもつ者の貴重さと尊さそしてその神聖さを知っているのだから。イスマイール神殿には、リジェネ・レジェッタという天使のような奇跡の存在がいる。
それを知っているイスマイール帝国の人間には、たとえ皇帝の命令であろうとも、神に愛された巫女を殺すことなどできないだろう。
だから、皇帝は荒くれ者として有名な、世界中を荒らしまわっている盗賊団「風のリラ」のリーダーを呼び出し、彼と彼が抱える盗賊にティエリア・アーデの抹殺を大金をはたいて依頼した。

「すっげー金がまいこんできやがった。前金だけでも、20億リラだぜ。殺して首をもってくれば残りの20億リラももらえる。そうすれば、盗賊なんて稼業とはおさらばだ。一生全員贅沢して暮らせる。前科もみんな、金さえあれば裁判官を賄賂づけにして取り消せる。なんたって、俺らは盗みはするが殺しはやってきてないからな」
リーダーであるロックオン・ストラトスは大金を前に、盗賊団の仲間たちと高級娼婦のいる娼館を何日も借り切って、酒や女に溺れた。
盗賊団の数はリーダーを含めて20人。一人一億リラの配分だ。殺して首を皇帝に届ければ、残りの20億リラがもらえる。2億リラもあれば、一生遊んで暮らせる。
何せ、払われるのは金貨だ。リラ金貨。
普通の紙幣の30倍ほどの価値はあるだろうか。
40億リラ金貨。
目も眩むほどの大金だ。
2億リラ金貨あれば、貴族の称号を買ってそのまま贅沢に暮らせるほどだ。

盗賊団、風のリラは、皆、残りの20億リラ金貨を貰うために、必ずティエリア・アーデを殺すことに乗り気だった。
そして、イスマイール帝国を後にして、剣などを持って、カール公国神聖神殿へと乗り込んだのであった。

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