血と聖水ウィンド「セラフィス皇国からの使者」







風を支配する種族。それが彼らの通り名。
風の精霊と契約することなく、風を使った様々な魔法を使うことができる。本来なら、風の精霊と契約しなければ使えない魔法の数々を。
彼らの特徴は、風の祝福を受けていることと、美しい容姿、そして背に生えた白い天使のような翼。セラフィス。種族の名に天使の最上位階級をもつその種族は、まるで天使のように美しく儚い。
彼らに限らず、亜人種は亜人種だけの国をもっている。彼等の住む場所は、人工浮遊大陸エアード。そこに彼等の国がある。セラフィス皇国。エターナルヴァンパイアの住むブラッド帝国よりも古い、この世界ができた1万二千年前からずっと静かに存在する国。亜人種の国はみんなそうだ。滅びた古代科学魔法文明の影響も受けず、この世界が存在し、神によって種族が作られた時から、種族同士で集まり国を作り、人との同じ国での共存は考えず、自分たちだけの国をもっている。
人は、自分以外の種族を妬み、そして支配しようとする。人同士で殺しあうほどなのだから、他種族など、支配の対象でしかないだろう。神の使いとも呼ばれる彼等。
セラフィス皇国から出て、人の社会で生きる者はごく僅か。他の亜人種、エルフやビーストレス、エレメンス、フェザリアはもっと人の世界と密接して生きている。普通に人の国家に混じって生きている。

セラフィスには対になる種族が存在する。同じく風の祝福を受けたフォーリングという種族だ。彼らも人工浮遊大陸に住み、人と混じることなく暮らしている。フォーリング皇国。フォーリングの特徴は、セラフィスのように翼はあるが、その翼は堕天使のように黒い。神を裏切った種族ともいわれるが、実際は天使のように高位次元の存在とは異なる亜人種である。セラフィスから生まれた突然変異の黒い個体が集まってできた国だ。
ウッドエルフとダークエルフの仲は悪いが、セラフィスとフォーリングの仲は悪くない。ダークエルフは闇に魅入られた種族だが、フォーリングは闇に魅入られた種族ではなく、ただの突然変異で翼だけが黒くなった個体である。黒い翼の民から生まれた子供も翼が黒くなる。フォーリングとセラフィスの間に子供ができても、翼は黒くなる。黒い翼の遺伝子は優性遺伝子として子孫に受け継がれ、僅かだった個体はまたたくまにフォーリングと名を与えられた新しい亜種族として扱われるようになった。
実際は、セラフィスの翼が黒いだけの存在で、セラフィスと相違する点はあまり存在しない。
セラフィスと同じ人工浮遊大陸エアードに、フォーリング皇国を築き、セラフィスと共存しあいながら、人から距離を置いて生きている。
無論、人の社会に混じって生きる者も存在するが、やはりセラフィスと同じでごく僅か。
むしろエルフのほうがよほど人の社会になじんで生きている。
エルフのように華奢で男女とも美しい種族であるが、エルフよりもさらに翼をもつことで神秘的に見える。彼等の寿命は7百年と亜人種の中ではエレメンスについで長い。エルフで6百年。フェザリアやビーストレスは150年程度の寿命だ。

セラフィス皇国とフォーリング皇国は人間国家と盟約を結び、ブラッド帝国のように戦争になるのを未然に防ぎ、人間と離れて住んでいるとはいうが、交易は存在する。
エアード大陸は人工浮遊大陸、人工的に作られた土地だ。外海が存在しないせいで、魚などは川や湖の魚だけに限られるし、森や草原に住む獣の数だって人間社会のように豊富ではない。肥沃な土地は少なく、放牧は盛んであるが、作物の育ちはよいとはいえない、なんといっても小大陸なので、食料を人間社会から輸入し、かわりにエアード大陸でとれる貴重な鉱石や魔石を加工したもの、芸術品やエアード大陸だけでとれる貴重な薬草、そして彼らはドワーフのように器用で、綺麗な宝石細工を作ったり、剣を作り上げたりする。魔力のこもった品が多いので、人間世界ではエアード大陸産の宝石や魔石、剣などの武器類はとても高値で取引され、人間はかわりに食料をたくさん提供してくれる。小麦などを栽培しているが、とてもではないが種族全員を食べさせていけるだけの収穫はないので、食料という大重要な部分を、彼らは人社会から提供してもらう。

そのセフラフィス皇国から、ティエリアとロックオンのホームへ尋ねて来る者がいた。エルフにも負けない美貌と神秘性を持つ、若い少年だった。
名はムーンリル・レド・エルファナ・ラトナ。名前の長さからいって、貴族だろうと考えていたロックオンとティエリアは、セラフィス皇家の家紋を見せられて、流石に吃驚した。
まさか、皇族自らがやってくるとは。皇族は人と会うことを嫌い、まず何事も平民の使者をよこすのが彼らの風習なのだが。
「こちらに・・・・・ネイ殿がいると聞いて参りました」
「これです」
ティエリアは、フェンリルに顔を引っかかれて、挙句に居候のハイプリーストのリエットに聖書で頭を殴られてタンコブをいっぱい作っている、仏頂面のロックオンを紹介した。
「この方がネイ殿・・・・案外大水晶で見たよりもかなりもさいな」
小さく小声でもさいと呟いてから、ムーンリルは美少女にしか見えない美しい顔で微笑んだ。
「いえ、なんでもございません。ネイ殿、3565年前にあなたがした約束を果たしてもらうために、わざわざ皇族の皇子である私自らが・・・・足を運ぶ羽目になったのでございます。3565年前、歴史書には血の神ネイが皇国を訪れ、今から3400年後に生まれる皇族の姫を、血族にすると。そうしてネイ殿の正妃に娶ると盟約を当時の皇帝に交わしたそうで。お迎えに、参りました。盟約をした場面は皇国の大水晶に記憶されております。間違いなくネイ殿、あなた様であられました。さぁ正妃となる者が待っております、セラフィス皇国までお越し下さいませ」

「え。俺、そんな約束したっけ?」

ロックオンは、真面目な表情で首を傾げる。

「我らセラフィス一族は、当時訪れたネイ殿の盟約を果たす時を待っておりました。種族は違えと、神なる者と盟約を交わせば守る種族でございます。長い遙かな時が流れているので、記憶が薄れているのでございましょう。大水晶を見れば、納得していけるかと思われます。ちなみに、生まれたのは私の妹ムーンリラ・ルド・エルファナ・ラトナ。貴方様の婚約者でございます。今年で人の年齢にすれば14。少々早いですが、婚礼の準備を一族をあげて進めております」
「あなたはーー!!この浮気者ーーー!!」
ティエリアの凄まじい往復ビンタが、ロックオンを襲う。
スパパパパパン。往復ビンタの後は、背負い投げをされて、ロックオンは床に這い蹲って呻いた。
「あのさ・・・・・マジだとしたら、その盟約破棄できない?俺には、もう永遠の愛の血族のティエリアがいる。当時のネイが何を考えてそんなことしたのか俺には分からんけど・・・・なんか思い出した。そうそう、当時は酒に酔っ払って・・・・表の皇帝がセラフィスのとても美しい姫を永遠の愛の血族として正妃に娶ったとかですっげー自慢してきて、頭にきてセラフィス皇国に姫はいないかーって言ったら、なんかセラフィスの皇帝が3400年先まで生まれてくる姫の婚礼相手は決まってるから、フリーなのは3400年以降って。調子こいて3400年以降の姫をくれ、くれたら正妃にするって。セラフィスの皇帝は感激して・・・・ぎゃああ、ティエリア、落ちつけええええ」
「この浮気者ーーー!!」
ティエリアはロックオンの服をつかむと、また往復ビンタを何回もしてから、プロレス技をかけだした。
「ギブ、ギブ!!!」

ムーンリル皇子は、楽しげな二人にため息をついた。
「血の神とは、そんなものでしょうね。創造神や女神たちと違って、同じ次元で生きているだけに、無責任です。盟約破棄にしろ、セラフィス皇国で父上の前で盟約破棄を誓ってくださらないと、破棄になりません。我ら一族にとって盟約は命と等価するもの。盟約破棄は母国で行ってもらいます。よろしいですね?」
「あ、ああ」
「仕方ないですね。この甲斐性なしのエロックオンのせいで。ご迷惑おかけします」
「にゃー。エロックオンいい響きだにゃ。今度からそう呼んでやるだにゃ!」



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