血と聖水スカイ「月の似合う星空の翼」







「どうした?」
目を開けると、いつもの自分が使っている寝室だった。
ティエリアのホームの天井に、勝手に作った自分の寝室。
ティエリアとロックオンが、心配そうにこちらを覗き見ていた。
「私は?」
「いきなり倒れたんだよ。翼広げた後、涙流して倒れて・・・びっくりした」
「大丈夫、アクラ?」
「・・・・・・・夢?白昼夢?」
ゆっくりと起き上がるアクラシエルに、ロックオンはまだ寝ていろと制した。
「お前、どっかおかしいんじゃないか?」
その言葉に、ビクリと身を震わせるアクラシエル。
ティエリアは、ロックオンの頭をはたく。
「言葉を選んでくださいね!」
「いててて・・・・」
「おかしい?やっぱり、私はおかしい?」
「いや、そういう意味じゃなくって。調子悪いじゃねーのかってこと」
頭をさすりながら、ロックオンは肩をすくめる。
「世界樹の、ペンダント・・・・」
首に下げられていたそれを掴んで、アクラシエルは顔を青ざめた。
夢では、なかった。
こんなペンダント、さっきまではかけていなかった。
そう、目の前にルシエードが現れて、首にかけてきたのだ。
夢ではなかったのか。
「このペンダント、どうしたんだ?世界樹の葉だよな、これ。黄金になってるけど。さっきまで、してなかったよな?」
ロックオンも不思議に思ったようだ。
世界樹の葉には不思議な力が宿る。
それは、死した者を蘇らせるという力。選ばれた特定の存在だけが、死しても世界樹の葉で蘇る。
ルシエードは、失敗した。
処刑されたゼロエリダに世界樹の葉を与えた。
高次元存在は、世界樹の葉が利きやすい。
愛したゼロエリダを復活させようと、世界樹の葉を使い・・・・蘇ったのは。
そう、ゼロエリダではなく。
ルシエードの中だけのゼロエリダ。ずっとゼロエリダと呼ばれ、愛されていた中性の神。無の神とも呼ばれていた。
名付け親は、神の庭に共に住む、創造の母ウシャス。
そのゼロエリダの存在を不憫に思い、せめて名前だけでもと、名を与えた。
与えられた名はアクラシエル。天使の名前だ。
背中に12枚の白い翼を持っていたから、天使の名を与えた。
その名を理解し、自分の存在が何であるかを知った時、純白だった翼は黒に変わった。
そう、天使がフォールダウンするように、堕ちたのだ。
でも、神のまま変わらない存在。
私はゼロエリダではない。ゼロエリダを蘇らそうとして、世界樹の葉はその腹に宿っていた胎児に命を再び与えたのだ。やむなく、ルシエードはその胎児を取り出して人工的に育てる他なかった。
ルシエードが望んだのは全てゼロエリダ。
やがて育った子は、ゼロエリダのような水色の髪も瞳も持っていなかった。ルシエードと同じ運命の相、紫と緑のオッドアイだった。
12枚の白い翼と、見た目の容姿だけゼロエリダのものを受け継いだ。
明らかに、ゼロエリダとルシエードの子であると知っていながら、ルシエードは新しい命にゼロエリダと名づけ、魂をわざと継承させ、魂から引きずり出した記憶を無理やり与えた。
ウシャスに教えられるまで、アクラシエルは自分のことをずっとゼロエリダと思っていた。
でも、いずれ気づく。
何かがおかしいと。
中性で生まれたのは、まるでルシエードに対して反抗するかのような世界樹の働き。ゼロエリダは完全な女性だった。時折なぜ自分は中性なのかと疑問に思い、それが大きくなり、やがて爆発して自分の過去を探ろうとして、気づく。その前に、ウシャスが教えた。
爆発して、ルシエードを殺そうとする前に。子が親を殺すことは、神の中でも大罪である。死をもって償わなければならない。

「私、は」
実の父と体の関係さえあった。
愛されていた。愛していた。全て偽りだ。
父が求めたのはゼロエリダ。私ではない。与えられた愛もゼロエリアへのもの。私へのものではない。
アクラシエルと名乗り始めた時、それでもルシエードはゼロエリダと呼び続けた。
「まぁ、もうちょっと寝とけ。出発遅らせるから」
「うん」
アクラシエルは、毛布を頭まで被った。


「なぁ。気づいとったん?俺が、お前殺そうとしてたこと」
「うん。知ってた」
毛布を被ったまま、アクラシエルはベッドに腰掛けた青年に静かに答えを返す。
そう、光の中差し伸べられた手。あれを望んだのは、自分だった。誰か、私を殺してくれと、望んだ世界の中に差し伸べられた手。
だから、無条件でその手を握った。
「殺さないの?」
横に転がりながら、アクラシエルは世界樹のペンダントを引きちぎると、床に投げ捨てた。
「なんで、あんな笑顔見せるん?」
「嬉しかったから。私を、私で受け入れてくれる人がいることが。私を「私」と認識してくれる人がいることが」
「さよか」
「この黒い翼を夜明け前の綺麗な空色って言われて嬉しかった。ウシャスもよくそう言ってくれた。フォールダウンして・・・・もう、もとの純白には戻らないのに、いつも夜明け前の綺麗な空色だねっていってくれた。光をふわりと浮かべて、ほら、こうすれば星空だよって・・・・ウシャスが、好きだった。母親のように優しくて、姉のように頼りがいがあって・・・・だから、私は狂わなかった。あの世界で。神の庭で、ルシエードにゼロエリダであることを強制され続けても」
「なぁ、顔みして?」
「いや」
「そんなこと言わんといてよ」
ルシフェールは、アクラシエルが被っていた毛布を剥ぎ取る。
中性の精霊は、泣いていた。ただ、震えて。幼子のように。
「泣かんといて。なぁ」
「・・・・・・・・・質問」
「なんや?」
「どうして、殺さないの?」
「逆に質問や。なんで逃げへんの?」
涙を拭い去る袖色の髪の青年の服の袖を追い払って、アクラシエルはベッドに半身を起こすと、バサリと12枚の黒い翼を広げた。
黒い羽毛が舞い落ちる。
翼の先は、自分の首の頚動脈に当たっている。
その切っ先が鋭くなって、頚動脈がかき切れ、大量の鮮血が噴出す。
でも、傷は直に塞がった。血も綺麗にあとかたもなく光となって消え去る。
「死ねないの。自分じゃ。誰かに殺されないと。だから、逃げない」
「死にたいん?自分」
「死にたいのかなぁ。それも分からない。でも、ずっとこのまま生きていたいとも、思わない。答えは灰色。でも、生きたいとは答えない」
「難儀な子やな・・・・・」
噛み付くようなキスを二人はした。
ルシフェールは牙を喉にたてる。
「そのまま。そのまま、動脈噛み切れば、殺せるよ」
「・・・・・・・・そんな笑顔で言われてもなぁ。俺、血すわんから、牙そんな鋭ないねん。動脈噛み切ることなんてできんわ」
「・・・・・じゃあ、なんで噛み付いてるの?」
「んー。キスマークみたいなもん?叶わんなぁ。えげつない性格やったら、絶対に殺してたのに。ルシフェールの子やねんろ、あんた」
「うん。そう。ゼロエリダになれなかった、アクラシエル」
「ウシャスな、俺の恋人やってん。自害してもうた。何故なのか考え続けて、祖父の父がルシエードやってやっと気づいてん。ウシャスな、ルシエードに捨てられたんよ。でも、ウシャスはまだルシエード愛し続けてた。俺と恋人になっても、愛し続けてたんやろな。ルシエードは、ゼロエリダを選んで、んでゼロエリダが死んだらあんたを選んであんたを愛した。でも、あんたはそれ望んでなかったんやな。死にたいくらいに」
「ルシエードは殺せない。だから、せめてもの怨み晴らしにルシエードの最愛の者を殺す・・・・でも、私が死んでもお父様は泣かないよ。私は、ゼロエリダの代用品なんだから。お父様が愛しているの母ゼロエリダだけ。知ってるから、殺さないんでしょう?」
「あーほんとにかなわんなぁ。泣かんといて。ルシエードにお前の子供殺すでって脅したら、笑ってたわ。子供なんておらんて。ゼロエリダって呼んでる子そないなら殺すでって言ったら、そしたらまた魂と記憶継承させて、新しい人形つくるだけやて。あまりにも、あまりにもその・・・な。かわいそうなって・・・・」
「かわいそうじゃないよ。私は、たくさんの友人がもういるもの。私はアクラシエルで、私は私。ゼロエリダだった時代は終わった。もう、お父様に支配はされない。されるなら、誰かに殺してもらう」
「だから、泣かんといてぇな。そんな、笑いながら泣きなや。こっちまで泣きそうなるやんか」
「あなたは、光の中で手を差し伸べてくれた。私は、その手を握った」
「そやなぁ。俺思うてん。ウシャスが、何故あんた守りたい思ったのかって。儚くて消えてしまいそうや。
だから、守ったるよ。俺が、ウシャスの分守ったるよ。助けたるよ。せやから、そんなに泣かんといて」
アクラシエルは泣き続けた。
そう、誰かに、こう言ってもらいたかったのだ。
守ると。助けると。
「側に、いてくれる?」
「いたるさかいに。だから、泣き止んで」
その翼は、漆黒の闇なんかじゃない。
星が瞬く前の星空。
ほら、こうやって光を浮かべると。
ふわりと、ルシフェールは広がった12枚の黒い翼に光の精霊を召還して浮かべる。

「ほら。綺麗やろ。星空や。夜の空は、昼間の空よりも綺麗やねんで」

ロックオンとティエリアは、部屋の外で一安心した。
二人の会話に、いつ飛び出そうか悩んでいたのだ。
殺す、殺さないとの会話に冷や冷やさせられた。
アクラシエルが心のどこかで死を求めているなんて、気づかなかった。
友人失格かな、と二人は顔を見合わせる。
「ううん。友達だよ。二人とも」
部屋の中から、心を読んだかのようなアクラシエルの声に、二人はまた顔を見合わせるのだった。

黄金の世界樹の葉を、ルシフェールは魔法で月の形にかえて、プラチナにした。錬金術だ。
それを、アクラシエルの首にかける。
「お前さんには、お月さんがにあっとる」
「ありがとう」
その笑顔は、とても綺麗だった。



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