血と聖水外伝「みんなで海水浴」@







ざぁんざぁん。
押しては引いて返す波を、ティエリアはパラソルの下から見ていた。
「よお、およがねぇの?」
ロックオンは、ジャボテンダー模様の海パン姿。
ちょっと面白い格好だ。
最近いろんなことがありすぎて、あまり楽しいことが少ない気がする。神とか、そんな争いに巻き込まれたティエリアとロックオン。
刹那とリジェネ、それに居候のアクラシエルとリエットを誘って海水浴に出かけることになった。無論フェンリルもいる。

原因は1週間前、ロックオンが町の商店街の福引で南の島体験ツアーとかいうのを当てた。
普通なら馬車で港まで出かけて、そこから船旅になるのだが、彼らには常識とうものが通用しない。だって、一人と一匹は精霊で、あとはみんなヴァンパイア。
自分の使い魔に乗って空を飛んでいったほうが早いったりゃありゃしない。
港で混んだ船に乗るのも面倒だし、船旅は帝国いきのものに何度か乗ったことがあるのでもう飽き飽きだ。南の島まで2週間もかかるらしい。
そこを、使い魔を飛ばして1日でついてしまった。
ホテルの人たちは口をポカンとあけて、予定より早くついてしまった客人たちを出迎える。
まさか、ヴァンパイアと精霊がやってくるなんて、誰も思ってもいなかっただろう。ヴァンパイアであることがロックオンのせいでばれて、素性を先に明かして、ヴァンパイアハンターの証明証を見せると、皆安心した。
人間とヴァンパイアは翼を隠されてしまうと見分けがつかない時がある。血を欲するヴァンパイアならすぐに牙と隠すこともできない翼、真紅の瞳で分かるが、共存を選んだヴァンアパイアは人々の不安を少しでも和らげるために、自分の存在の証でもある翼を隠す。それはヴァンパイアにとっては屈辱である。牙も見せないようにする。瞳も真紅から違う色を選ぶ。そして、共存を選んだヴァンパイアたちは、人に少しでも恐怖心を抱かぬよう、自分のヴァンパイアとしてのプライドを傷つけて人間に接するのが常であった。
ロックオンが白い6枚の皮膜翼を不用意に見せてしまい、ホテルは大騒ぎになったのだが、ヴァンパイアハンターであると分かって皆一安心して落ち着いた。
それどころか、用意されていた普通の部屋よりも高級のスィートルームに通される。
ヴァンパイアハンターは人間の味方。この南の島でも何度かヴァンパイアが現れ、ハンターが駆除してくれた過去があったらしく、皆ティエリアとロックオンたちを心から歓迎してくれた。
これで、ヴァンパイアがもしも現れても安心だと。協会にハンターを要請する必要もない。なぜなら、ヴァンパイアハンターは人を襲ったヴァンパイアがいれば、その場で協会の指示なしに駆除行動に移るからである。それがヴァンパイアハンターの常識であった。
ホテルは高級ホテル。
南の島でバカンスを楽しむバカがたくさんいる中に混じるために、みんな揃って浜辺へ出かけた。

刹那もリジェネも案外楽しんでいるようで、それがティエリアには嬉しかった。
ロックオンは、またサーフボードを手に海に向かってしまった。
「主、どうしたのにゃ。泳がないのかにゃ?」
「うーん、僕はいいよ。フェンリル泳いでおいで」
「はいにゃーん。何か御用があったら呼び戻してねにゃん」
フェンリルはティエリアの頭の上で寝そべっていたが、華麗にしゅたっと白い浜辺に着地すると、たたたたたと海の方に向かって走っていく。
ティエリアは、一人になったことでまた男に声をかけられた。
「やぁ、お嬢さん一人?よかったら僕とバカンスを楽しむバカにならない?」
「一人でバカンスを楽しむバカになってください。むしろ最高のバカになってきてください」
ぷいっと無視すると、男は一度戻って、複数の男を連れてきた。
ティエリアは浜辺にいるどんな女たちよりも美しかった。声をかけられて当たり前。無視されても男はしつこい。
もう、何度ナンパされたことだろうか。
ティエリアは、ロックオンの血族の証である白い6枚の皮膜翼を見せ、わざと牙をちらつかせた。
「僕はヴァンパイアです。怒ると何をするか分かりませんよ?」
その言葉と、ティエリアの人ではない姿に男たちは悲鳴をあげて逃げていった。

ロックオンは、波の合間を縫ってサーフィンをしている。
楽しそうだ。しかも抜群に上手い。
そう眺めているうちに、また男が声をかけてきた。
「お嬢さん。僕とピーでピーでピーな夜を過ごしませんか」
「・・・・・・・・・死ね」
ティエリアは、アイシクルを召還すると、その男を氷付けにして、その氷付けの男を森に捨ててくるようにアイシクルに頼む。
「はい、了解しました。主も大変ですね。そんなに美しい美貌は、かえってこんな場所では目立ちます。よいしょっと」
アイシクルは氷付けになった名も知らぬ男を背中にしょって飛んでいった。
死ねといったが、実際に人間を殺したわけではない。ヴァンパイアハンターが人間を守るために生きてヴァンパイアを駆除しているのだ。ティエリアも、殺す気なんて毛頭なかったが、男の下品な言葉に腹を立てて氷付けにしてやった。一日は溶けないだろう。
ざまぁみろ、とティエリアが考えている目の前で、髪を束ねて、白い花を飾り、いつもの黒いだけの服装よりも遙かに着飾ったアクラシエルが目の前を横切った。
ダッシュで。
「待ってくれ、お嬢さん〜〜」
「美しいお嬢さん、僕と甘い一夜を!」
「いや、俺とお茶を!!」
「俺のだあ!!」
浜辺を走りぬけて、また戻ってくると、目に涙をためてティエリアのところにまでやってきて、震えていた。
「た、助けて・・・・・・」
ティエリアの後ろで震える姿は親と逸れた子兎のようで、ティエリアの胸がキュンと疼いた。
「怯えているでしょう!消えてください!」
「おお、君も美しい!だって、その子がナンパしたらいいよっていったんだぞ!」
「そうだそうだ」
「その子が俺たちを誘惑したんだ!」
「アクラ・・・・」
ティエリアは、やっぱりかと思った。

アクラシエルは、ナンパされてもうんとか頷いてついていく癖を持っている。最近はティエリアやロックオンに注意されてついていかなくはなったが、ナンパされるとOKする癖は直っていないらしい。
で、その挙句が大勢の男に追いかけ回されて処理しきれなくなったらしい。
「ほら、早くこいよ」
一人の男が乱暴にアクラシエルの白い手首を掴む。
ティエリアも美しかったが、男たちはアクラシエルの美貌に惑わされていた。アクラシエルはティエリア並みに美しい。いや、それ以上かもしれない。そう外見を作られたのだ。父である創造神ルシエードによって。創造の女神や女神金色のアリア銀色のリラよりも美しい外見は、男の欲情をそそるようにできている。ティエリアのように清楚なのに。ティエリアのように凛として美しさではなく、儚く消えてしまいそうな美しさは、中性であるが故か。
アクラシエルの衣服は、肩や腕などが露出するように大胆にカットされており、色気さえ感じる。ティエリアも、忘れられないくらいに美しいと思った。金糸銀糸の刺繍が施された服は、まるでどこかの後宮にいる姫か王女か。腰の下から右だけに入ったスリットから白い足が見える。下には半ズボンをはいているようだった。基本、衣服は長衣だが、夏の暑さをもろともせず複雑に重ね着している上に、いつもは黒一色の服装なのに、今日は初めてのみんなでの旅行とあって、特別にあしらえたのだろう。
「嫌がってるでしょう、その手離して!アクラも何か言うべきだよ!」
「わ、私は・・・」

男の強い手にひかれて、アクラシエルは無理やりティエリアの背中から連れ出されて、歩いていく。
「アクラ!」
ティエリアが、精霊を召還とした時だった。
「・・・・・・・・・こんな格好して、男誘ってるんだろ、ほんとは?下の口で咥え込みたくてうずうずしてるんだろう?」
他の男が、アクラシエルの顎を捕らえて上を向かせた。
ブチ。そんな音が、ティエリアに聞こえた。
「・・・・・・・・・・・・ああ?」
やたら低い声がアクラシエルの口から漏れた。
「このピーでピーでピーピーピーのチンカスどもが!海の藻屑になりやがれ!私とランデブーしようなんざ100億万年はええぜ!虚無の彼方に消えろ、鮫の餌になれこのピーが!!」
無の力を手加減なしで解放し、周りを取り囲んでいた男たちを口汚く罵って、男たちは本当に海の藻屑・・・っていうか、海にザッパーンと頭からつっこんでいった。みんな、フルチンで。
「けっ、きたねーフルチンみせんじゃねーよ」
ボロボロにした男たちの海水パンツを踏みにじり、オッドアイの瞳で遠くの男たちが消えた海を見る。
「あ、あの、アクラ?」
「なに、ティエリア?」
にっこーり。かわいい笑みを見せられて、ティエリアはアクラがおかしくなったと思った。
「うわああ、アクラがおかしくなった!!」
「これ、リエットに教わった、男たちに囲まれた時の対処法。違ったかな?」
「いや・・・・まぁ・・・でも、もうやらないで。アクラには似合わないから」
「そうかな?」
その時、リエットの声が聞こえてきた。
「あー、かき氷、かき氷はいりませんかー。安いっすよー」
二人は、こけた。


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