血と聖水コールド「羽化する者」







「なんだってんだ!!!」
ロックオンは、氷付けになった室内を見回した。
寝ていたはずのベッドで、奇妙な感覚に襲われ目を覚ました。その時には、体の半分は氷で覆われていて、なんとか全ての魔力を解放して氷を溶かした。
「ティエリア!ティエリア!!」

ロックオンの変わりのように氷付けになったままのティエリア。その横にはフェンリルが欠伸をした格好のまま同じく氷付けになっていた。

「なんだよ、一体なんなんだよ!!」
激しい混乱がロックオンを襲った。
何かに敵襲されたわけではない。精霊の気配はしなかった。
何が起こっているのか。
わけがわからなくて、ロックオンは髪を振り乱して叫び続けた。
「ティエリア、ティエリア!フェンリル!!」
氷づけになったティエリアとフェンリル。その氷を手で何度も叩くが、ティエリアとフェンリルの反応はない。
獄稀に、自分の精霊によってロックオンは氷の精霊に氷付けにされることがあるし、フェンリルに氷のブレスをはかれてカキンコキンになることがある。そのときは凍ったままでも意識は保てたし、言葉を周りに放つこともできたし、すぐに氷を溶かすこともできる。
だが、なんだろかこの氷は。
ネイの魔力のほぼ全てをもってして、やっと脱出できた。
パキパキと、音を立ててまた氷がロックオンに迫ろうとしていた。

いつも一緒に眠っているベッド。まだ朝もあけきっていない時刻。ティエリアが目覚めた後もロックオンは惰眠を貪るのがいつもだ。早起きのティエリアでさえも、まだ眠っている時間。
薄暗い朝焼けに、ロックオンの胃はむかつくばかりだった。

「ティエリア!!!」
必死で手を伸ばして、声をかけてもティエリアは美しい顔で氷付けになったまま、童話の姫君のように眠っている。ロックオンの声に起きたと思われるフェンリルなんて、欠伸をして右足で頭をかりかりとかいた格好のまま氷の彫像になっている。
「フェンリル!!」

声が、かすれてきた。
喉から血を吐き出して、ロックオンは叫んだ。
「ティエリア!!!」

氷が四方八方から、ロックオンに迫ってくる。
その時、ロックオンの意識はネイに支配された。
「エーテルイーター解放」
キュイイイン。
室内に、低すぎる咆哮が満ちて、それは意識をもって氷を砕いた。
翼から牙を伸ばし、そこに烈火の炎を灯す。エーテルイーターはネイから切り離され、アクラシエルのエーテルイーターを吸収したことによって、創造の神ルシエードのもつエーテルイーターにも負けぬほどの知能をもったそれは、翼の形をかえて手足をもった炎の獣、2メートルほどの狼の姿になった。
そのまま、ティエリアとフェンリルを覆う氷に鋼をも溶かす業火を浴びせ続け、やがて少しづつ氷が溶け始める。すると、どうだろうか。まるで氷そのものが生き物のように、業火を宿したエーテルイーターを避けるようにパキパキと氷を遠ざけていくのだ。

「主、これは・・・・我らと対極の者の氷」
エーテルイーターは完全なネイとなったロックオンの隣に並ぶと、狼の姿のまま炎を自分の体内に吸収すると、ネイを見上げた。
「対極・・・・何だ、それは」
ネイは、遠ざかった氷から解放されたティエリアを抱き上げると、意識を取り戻したフェンリルを肩の上に乗せて、ティエリアが呼吸をしていないのを確認すると、結界を張り、床に横たえて何度かゆっくりと人工呼吸を繰り返した。

「あ・・・・ロックオン・・・?僕は・・・?」
焦点の合わない瞳で覗き込んでくるティエリアの瞼を閉じてやる。
「まだしゃべるな」
ティエリアを抱き寄せて抱えたまま、ロックオンは迫ってくる氷を睨んだ。
「破壊せよ」
「了解した」

エーテルイーターは主に絶対服従である。その命の綱を握られているから。エーテルイーターは氷に閉ざされてしまった室内を見回す。
それから、エーテルイーターは高い音波を放った。
キイイイイン。
氷はその波長で砕かれていく。

ティエリアが叫んだ。
「ロックオン!」
ティエリアは見た。
氷から、何かが羽化するのを。
それは純白の翼をもった生き物。この世界には存在しない、神話上の生物。

世界で羽化する者。
ティエリアだけでなく、ネイであるロックオンも、その生物が羽化する瞬間を始めて目にした。


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