血と聖水コールド「天使、すれ違うエデン」







氷から羽化したそれは、バサリと真っ白な羽を散らして自分の体を純白の翼で包み込んだ。

そう、人はそれを崇める。神の使いとして。
この世界の神の使いではない。違う次元の神の子供たち。
天界の神々とは全く違う次元の世界の、その世界で神と呼ばれる超生命体が生み出した子供たち。その子供たちは、違う次元の神の子であると同時に、一つのそう、この世界ではヴァンパイアのような高次元生命体の種として定着し、文化を形成している。
人は何度かその生き物を見たことがあった。
神話ではなく、その生き物が稀にこの世界に訪れるのだ。

その生き物は常に背中に一対〜12枚の白い翼を持っている。
この世界、ネイが生きる世界にも同じように白い翼をもつ者はいる。精霊だったり、有翼人だったり。それはとても同じように見えて、でも違う。
セラフィスとつけられた翼ある亜人種は、元もとは「それ」の名をとってつけられたのだ。

人は「それ」をこう呼ぶ。

「天使」と。


パキキキ・・・・。
氷をまとって、羽化するのは確かに、そう、神話で描かれる天使。何故かそれが天使だとティエリアにはすぐに分かった。ロックオンはまだ理解できないでいるようだった。
対極の存在。
ヴァンパイアのように神を冒涜する存在ではない、神の子供たち。

「我、神の申し子・・・・」
バサリと翼を広げた天使に、エーテルイーターは噛み付いた。
「破壊あれ」
「否、虫けらが。滅せよ」
「グルルルル!!」
エーテルイーターは天使の滅びの歌声を受けて、飛び退る。
狭い室内に大きな横穴があいて、ロックオンはティエリアを横抱きにしたまま、エーテルイターを呼び戻して翼に戻すと、目の前の天使と同じ真っ白な6枚の翼を広げて、地上に降りたった。
「なんにゃのにゃ!朝っぱらから迷惑なのにゃー!!」
ロックオンの肩にしがみついていたフェンリルは、ロックオンの手によってぽいっとあさっての方向に投げ捨てられる。
「にゃにするにゃーーー!!」
フェンリルの声が遠くなっていく。
それを確認して、ロックオンは瞳の色をエメラルドから真紅に変えた。
「ロックオン・・・・ネイ!?」
ロックオンの腕の中で、ティエリアは彼にしがみつくのに必死だった。
そう、これはロックオンであってロックオンではない。この強烈な存在感。威圧感。プレッシャー。それでいて、ティエリアを包み込むような大きな優しさ。

彼は、ネイだ。
ネイ・フォーリシュ・エル・フラフ・ブラッディ・ナハト・ブラッディ。それが彼の、ロックオンの本当の名前。
「何が神の申し子だ・・・・・アダムとイヴの出来損ないが。天使の名を語る寄生虫」
ネイは吐き捨てた。
ティエリアに噛み付くような口付けをして、わざと天使に見せ付ける。
「あっ」
びくんとティエリアの体が震えた。
離れていく舌をわざとゆっくりにして、ロックオンは放心気味のティエリアを結界の中に匿う。
「この・・・下衆が」
天使は怒りに震える。天使にとっても、この世界の中性は神の子といわれるだけあって、存在が近い者だ。
「貴様、何をしているのか分かっているのか。この世界で、本当は我らと同じ「天使」として生まれるはずであった者を辱めているのだぞ」
「だってさ、ティエリア?俺ら、昨日もギシギシアンアンしてたよなぁ?」
ネイは、ロックオンの意識を取り戻して、真紅の瞳でティエリアを振り返る。
「は、恥ずかしいこと言わないで下さい!!」
「へーへー」
エーテルイーターはすでに、ロックオンの背中に戻って、眠りについている。

ティエリアは、今一度ロックオンを見た。
真紅の瞳は、元の穏かなエメラルド色に戻っていた。真紅の瞳のままのネイは力の暴走がすごい。ティエリアはとりあえず安堵する。

ネイは、苦虫を噛み潰したような表情で、天使を睨んだ。
ネイは天界から落とされたさいに、次元をこえて天使が支配する世界「エデン」に落ちたことが一度だけあった。
そこで見たのは天使たちに完全に管理された人間の、まるで機械のような生き方だ。
そして、天使たちは「エデン」だけでなく、他の世界も「エデン」にするために時折訪れ「エデン」を増やしていく。ヴァンパイアと違い、彼らは神の名の元で正義のために行動している。
そう、ヴァンパイアはいわば神から見捨てられた子供たち。天使が最も嫌う、堕天使のなれの果てがヴァンパイアのはじまりとされている。天使と対極の存在、ヴァンパイア。神に愛されることのない種族。天使・・・エンジエルたちは、一方神に必要とされ、愛されて生まれてきた種族。
だが、天使は、人が描くように美しい存在ではない。ネイだけでなく、天界に住む神々や創造の神々にもそれは周知の事実。
神の名を語り、人を羽化させて殺し、魂を集めて自分たちの糧とするのだ。

ネイが、彼らにつけた呼び名はエンジェリック・ヴァンパイア。
この世界の生き物ではない天使たちに、与えた名前。エンジェルなど、響きがよすぎる。神話の天使とごちゃまぜになってしまう。天使は天使でも、生きている天使たちはヴァンパイアのように、人を糧にすることからその名を与えた。
「は・・・・エンジェリック・ヴァンパイアが!」
「血のネイが!この神に愛されぬ外道が!」
「愛されるも何も、俺が血の神だっつーの!」

天使はロックオンに向けて、罵っていたかと思うと甲高い声をあげた。
「滅せよ!」
天使・・・いや、エンジェリック・ヴァンパイア種族独自の種族魔法。滅びの歌。それを、ロックオンは自分の血の盾で反響させると、氷から羽化したエンジェリック・ヴァンパイアは悲鳴をあげて飛び立っていった。
ロックオンは、あえて追わない。
自分で結界を壊し、ぎゅっとしがみついてくるティエリアの頭を撫でて、完全に明けた西の空を眩しく見つめる。


「なんやの・・・・朝から」
ルシフェールが大きな結界を張って、居候のリエット、アクラシエルもその中にいた。
ただ、みんな何が起きたのか分からないといった表情をしていた。
氷のエンジェリック・ヴァンパイアの氷から目覚めたばかりの彼らに、こんな真似はできないだろう。
誰が、エンジェリック・ヴァンパイアをこの世界に呼び出したのか。否、エデンへとこの世界へ近づけたのか。
ロックオンが思い当たる中では一人しか該当しない。
そんな力をもつのは、神クラスの者。
そんなことをしえるこの世界の神はただ一人。
創造の主柱神、彼しかいないだろう。


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パキン、パキン。
神の庭で氷付けになっていたルシエードは、目覚めた。
「天使・・・・世界が、すれ違っているのか。滅びの未来を早めた障害か・・・まさか、エデンと道が開けるとは・・・よりによってやってきたのが氷か」
同じように目覚めた女神ウシャスが、ルシエードの元に現れて、彼の頬を殴った。
パァン。
大きな音が静寂の中響く。
「ルシエード!「エデン」と道が通じるほどに、この世界を勝手に歪ませて、あなたは!!」
「ならばお前が元に戻せばいいだろう、ウシャス。思念体で、それができるのならば」
「く・・・・」
ウシャスは、空色の髪と瞳をもった少女の姿で、思念体のままの存在であり、すでに亡き神である。
この女神にそんな力はない。

「アルテナに・・・・いいえ、彼女はこの世界がエデンになろうがどうでもいいはず。ああ、どうすれば・・・」

ウシャスは涙を流した。
立ち去っていくルシエードの元に、氷のエンジェリック・ヴァンパイアがやってくる。
「なんだ。やっぱり、生きていたのか」
「笑止。この程度で創造神たちを殺せるとでも思ったか、ラートリー」

ラートリー。
それが、氷の能力をもつエンジェリック・ヴァンパイアの名前。
ルシエードが、かつてこの世界から追放したエンジェリック・ヴァンパイア。
かつてこの世界を「エデン」にするためにやってきたエンジェリック・ヴァンパイアを当時まだ年若きネイと共に異界へと追放した。
そのエンジェリック・ヴァンパイアの名を、氷のラートリーという。
皮肉にも、女神ウシャスの姉妹ラートリーの名をもっていた。


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