血と聖水コールド「アダムとイヴの種」







「一体何が」
ティエリアは、ロックオンから離れて、半壊してしまったホームを哀しそうに見上げた。
「にゃにゃにゃにゃーーー」
ロックオンによって遠くに放り投げられたフェンリルが帰ってきて、そのままの勢いでロックオンにヘッドアタックをかけた。
「ぬおおおお!!」
ロックオンはよろめいて、しりもちをつく。
「よくもやってくれたのにゃああ!!」
シャキーン。
バリバリバリ。
「いってえええ」
いつもの調子で、フェンリルはロックオンの顔をひっかいた。縦横斜めに。

「あれは・・・・天使?」
ティエリアが、ロックオンに手を伸ばして起き上がらせると、首を傾げた。
「天使なぁ・・・・・まぁ、天使は天使だ」
「天使なんて、この世界にいるのですか?」
「いねーよ。あれはエデンからきた天使、エンジェリック・ヴァンパイアだ」
「エンジェリック・ヴァンパイア・・・・」
ロックオンは、皆に語って聞かせた。エンジェリック・ヴァンパイアとはなんであるかを。
この世界の住人ではなく、違う次元の高次元生命体であり、人間だけでなく亜人種やヴァンパイアまで「羽化」させて擬似天使にしてしまうこと。

「はぁ・・・エンジェリック・ヴァンパイアねぇ」
リエットは、どうにも腑に落ちないといったかんじでロックオンの言葉を頭の中で反芻する。
ルシフェール、アクラシエルは半壊したホームの修復作業にとりかかっている。アクラシエルの「無」は「無」から「有」を生み出すこともできる。
壊れたものを元に戻すことも可能なのだ。
ルシフェールが魔力を与えてその修復作業を手伝っている。
「あー、時間かかるから、お二人さんなんか深刻そうやしどっかいってぇな。そんな暗い顔されたらこっちまでくらなるわ」
しっしと、ルシフェールが、手をふる。
「ネイ。散歩にでもいってきたらどうだ」
右手をぽうっと光らせて、瓦礫をもとの壁に戻しながらアクラシエルはロックオンとティエリアを二人きりにさせることにした。ロックオンは、ティエリアと二人きりになりたい雰囲気だったので、二人を見送ることにして、再びホームの修復作業にとりかかる。
「あー。マジごめん。ちょっと散歩いってくらぁ」
「あ、ちょっと、ロックオン!!」
ロックオンに、有無を言わせない強いかんじで手をひかれて、ティエリアはホームを離れて二人で歩きだした。

ロックオンは、フェンリルを頭に乗せて、ティエリアと手を繋いで歩き出した。ホームの修復は彼らに任せて、ただ大切な人を危険な目にあわせてしまったことに深い罪悪感がわきあがる。
「ごめんな。もう少しで、お前、氷付けのままだった」
「大丈夫です。僕は、あなたを信じていますから」
「にゃー」
朝焼けの町を歩きながら、二人はゆっくりと散歩する。

「多分・・・・今回のことで、これから厄介なことになりそうだ。あいつは・・・・きっと、この世界を「エデン」にしにきたんじゃない。誰かに呼び出されて・・・・多分、他のエンジェリック・ヴァンパイアもこれから次々とこの世界にやってくるかもしれない」
「敵に、なると?」
「ああ。しかも、厄介な敵だ。どんな種族も「羽化」させることができる。まぁ、「羽化」するかしないかは相手によるが・・・・。なぁ、またお前を危険なことに巻き込みそうだ。でも、絶対守るから」
抱きしめられて、ティエリアは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。僕だって、守られてばかりの弱い存在じゃありません。自分の身くらい自分で守れます」
「ああ・・・そうだな」
エンジェリック・ヴァンパイアには銀はきかない。だって、聖なる存在なのだから。
きくのは闇の属性。ヴァンパイアそのものの血が、一番の武器となる。

ロックオンとティエリアは、その日の間に全てのハンター協会にエンジェリック・ヴァンパイアの出現を知らせた。
本だけに残る存在である幻のヴァンパイア。100年ほど前まではこの世界にも時折現れた。
無論、ヴァンパイアの名がつく限り、ヴァンパイアハンターの駆除対象であり、時折エデンから訪れて人を羽化させるエンジェリック・ヴァンパイアは存在したので、「狩り」の対象にもなっている。
特化武器は少ないし、実際に倒したハンターの数も少ない。
何せ、そうそう頻繁にやってくるわけではない。
ここ100年は全く存在しなかった。
ティエリアは生まれてまだ十数年しか経っていないので、エンジェリック・ヴァンパイアは本だけで読んだだけでほとんど知識にないし、狩りかたも分からない。
でも、すぐに狩りかたを調べて、特化武器を作ることになった。
闇の水、つまりはヴァンパイアの血でできた銃と弾丸。数日のうちにハンター協会には、闇属性の拳銃や短剣が販売されるようになった。

ラートリーの出現をきっかけに、世界全土で、エンジェリック・ヴァンパイアが出現しはじめたのだ。
そう、人を羽化させて擬似天使にして、魂を食べてしまう、残酷な聖なる天使が。

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「ここにもない・・・・」
ラートリーは、浮遊大陸にあるセラフィスたちの聖地、ユグドラシル、世界樹を見上げた。
「どこにあるのだ。アダムとイヴの種は!」
エデンから7千年以上前に持ち出されたと判明したアダムとイヴの種。
あれは、とても貴重なものだ。そう、神が作り出した最高のエーテルの塊。

ラートリーが知るはずもない。
アダムの種はネイとルシエードがもっていることを。
盗まれたアダムの種は2つ。それは羽化して意思をもち、エーテルを食う獣になった。
それがエーテルイーターの始まり。
アクラシエルのエーテルイーターは、ルシエードのアダムの種の欠片から与えられた。
エーテルイーター。
知識ある、エーテルを食す異形なる獣。
そして、残るイヴの種は。

アダムの種をもつ者の最愛の者の中に宿る。
暗黒のアダムを制御するために存在するイヴの種。盗まれたイヴの種は一つだけ。
ルシエードはイヴの種を必要としなかった。ネイは、知らない間に必要として、そして神の庭で保管されていたイヴの種は、暗黒のアダム、ネイが伴侶を見つけ愛したことでその伴侶に意思をもって宿った。イヴの種はエーテルイーターにならない。中に宿り、種のまま存在する。羽化しない種のまま静かに。
「見つけた・・・・」
ラートリーは、フレイムロードの国で水鏡にうつるティエリアを見つめていた。
カシナート王は、ソファに座ってワインを傾けている。

そう、ラートリーは呼び出されたのだ。ルシエードにではなく、カシナート・ル・フレイムロード王に。

「あなたが呼び出したのには驚いた。まさか、生きているとは。いや、生まれ変わっているとは・・・」
カシナート王は、楽しそうに水鏡に映るネイとティエリアをのぞきこむ。
「まぁなぁ。ネイ様は・・・・いや、ネイは私が天界から落としたからな」
「天帝エルガの生まれ変わりよ!ルシエードとネイの母にして、天界の長であった神。あなたは何を望んでいるのだ?」
「アダムとイヴの種を盗んだのは私なのに、せめないのか」
「せめても仕方ないだろう。次元が違う。天帝などとは・・・」

「アダムの種が羽化しているのなら、イヴの種も羽化していいだろう。そうは思わないか?」
「・・・・・・・・ネイの伴侶を欲しているのか。かつては女神であったのに、今では完全に男のサガを持ってしまったか、天帝エルガよ」
「正確には元、エルガだ。あれは欲しい。どうしても欲しい。ネイのものであるから余計に欲しい。羽化してしまえば・・・私のものになるか?」
イヴの種はまだ羽化していない。

「羽化すれば、あれは天使になる。しかも最高階級の、最高ランクのまだ誰も存在しないセラフの上をゆく幻の高位天使ジブリエルに」
「ふふ・・・・因果なものよ。あの者の前世の名はジブリエル。このフレイムロード国の女王であった。優秀な」

ゆらりと水鏡が揺れた。
その中で、ロックオンに微笑みかける美しいティエリアの姿がいつまでも水面に映っていた。


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