残酷なマリア「プロジェクト・マリア」








その日は、彼女との最後の別れの日だった。
ロックオン・ストラトスの恋人で婚約者だったティエリア・アーデ。享年17歳。

若すぎる死だった。彼女が18になれば、ロックオンは彼女と挙式を堂々とあげるつもりでいた。ロックオンの唯一残された家族である双子のライルもそれを知っていたし、刹那やアレルヤも知っていた。
ロックオンは、24歳だった。ティエリアはもうすぐ18歳になる・・・・はずだった。
ロックオン、ティエリアとそして刹那、アレルヤ、双子の弟のライル、同じくティエリアの双子の弟のリジェネとは皆知り合いだった。

あるアカデミー・・・秘密結社のようなもののメンバーたち。年齢は17〜24まででばらばらだったし、学生も紛れている。
ソレスタルビーイングという、アカデミーに全員は所属していた。戦争がもしも起これば、真っ先に武力介入をおこすために作られた、まだ未完成の機関。乗るはずのガンダムはこの頃まだ開発途中で完成されておらず、来期に繋がる予定であった。
ガンダムマイスターとして特別に選ばれた少年少女や青年たち。シュミレートの仮想空間でのみの戦闘を行い、実際に組織にガンダムで武力介入をしたことはない。
国のテロリストを潰したり、そういったことはしているが、あくまで肉体を用いた戦闘を行っていた。
前の世代も、その前の世代にもガンダムマイスターは存在した。このままうまく完成すれば、早期に今のガンダムマイスターの面子で、ガンダムを投入しての世界規模の武力介入を開始するだろう矢先の、ガンダムマイスター二人の死。

死んだのは、ティエリア・アーデとリジェネ・レジェッタという、「マリア」と呼ばれる人工生命製造装置のカプセルの中から生まれた双子だった。
人工的に作り出された、人間ではない新人類。イノベイターと呼ばれた二人。
時折金色に光る瞳が特徴で、髪は鮮やか色をしていて、この種族は特徴的に同じ種族同士に脳波で会話をおこすことができたり、コンピューターといった一部の特種電子機械に浸入し支配できたり・・・とにかく、未知の可能性を持つ、ガンダムマイスターの中でも極秘扱いになってもいる秘蔵の双子だった。

その二人が、今回の作戦である大国の裏政治家を抹殺する極秘プロジェクトに参加していたのだが、突然撤退間際に、電源が切れたかのように倒れた。刹那とロックオンは、それぞれ二人を肩に担いで二人を病院に搬送したのだが・・・・結果が、殉死というもの。

おかしすぎた。
どこも、敵になんてやられていなかったのに、突然苦しみの声さえあげずに、倒れたかと思うとそのまま息を引き取ったのだ。
まるで、全ての秘密を消されていくように。
二人の死と同時にプロジェクト・マリア・・・・イノベイターを人工的に作り上げるプロジェクトは閉鎖され、そしてイノベイターの資料も、過去に開発されたイノベイターのサンプル体も全て処分された。イノベイターという存在そのものが白紙に撤回された。

みんな、心の何処かで気づいていた。
彼らは殉職したのではない。
そう、無理やり殺されたのだ。計画に支障をきたすために、プロジェクト・マリアを白紙にするために、イノベイターであるティエリアとリジェネに生きていてもらっては困るのだ。だから、秘密裏に方法は分からなかったけど・・・多分、致死量の時間が経てば効く薬品か何かを与えられて殺された。
仲間に。信頼していた、同じ同志とする仲間に。
プロジェクト・マリアを発動させたイオリア・シュヘンベルグはもう死んだ。その彼のデータベースを残りの研究員が処理して、その過程でプロジェクト・マリアはこの機関にもこの世界にも、そして人間にとっても危険すぎると判断されて、二人は秘密裏のうちに消された。

二人はプロジェクト・マリアの白紙実行により処分。それが、まだ幼さを残す21になったばかりの刹那が、メインコンピューターにハッキングし、得た情報であった。

刹那もまたイノベイターだった。彼は人工的に作られたのではなく、プロジェクト・マリアの裏で覚醒した唯一の存在。人の意識が生んだ下位領域内の虚数領域を脱した実数領域的存在、つまりは新人類。それが、イノベイター。人が達せない上位領域に食いこむ存在・・・神さえも服従させる可能性をもつ、無限の上位生命体。
刹那がイノベイターとして覚醒していることは、皆知っている。

それが、余計にプロジェクト・マリアの元で生まれ生きるティエリアとリジェネの抹消に繋がった。
もう、人工の開発も実験もいらない。必要な数値とデータは揃った。
人工生命体の二人は暴走する危険性を常に孕み、実際に何十人かのスタッフがリジェネの暴走によって殺される事件が起きた。暴走する力はエーテルと呼ばれる不可思議な力を帯び、この世界で確認のとれるエネルギー体ではない。それをティエリアとリジェネは持っている。
覚醒した者はエーテルを体の内部に抱擁しており、暴走させることはない。だが、プロジェクト・マリアで生まれた子供たちは抱擁できずに神の力を零して、世界を破壊する。

人類は、ある事象変異を境に、上位的存在、イノベイターになれる可能性を、限りなく0に近いが数値としてそう、刹那の名前のような可能性で持っている。それが、プロジェクト・マリアの発動中止の裏にある、巨額の費用を投じて得られたもの。
何も、不安定な人工イノベイターなど生み出さなくてもいい。暴走して破壊活動を起こす人形など。あれは、生きた兵器だ。あの暴走するエネルギーはもはや熱量的に、計算数値では核爆発さえ可能とする。

真に覚醒し、目覚めたイノベイターこそ、奇跡の存在。
不老不死の、人間が憧れる夢そのもの。人工イノベイターのティエリアとリジェネも論理上では不老不死になるが、実際はどうだったのかは分からない。二人の存在はもう、記録上のものとなってしまったのだから。
ただ、二人の細胞を移植すると必ず死亡する。これは100%だ。その点、刹那の細胞を移植した場合、細胞は数日で死滅するが、その数日間だけ若返りのような効果が得られることが判明している。

下位領域内の虚数領域を脱した実数領域的存在は、神をも脅かす。
不老不死の、未知の熱量的エネルギーを内包する。上位次元生命体。
刹那の可能性の。0に近いその数字の狭間で覚醒した者。単位にすると10-18(100京分の1)という天文学的な数字、それが刹那のもつ、言葉の意味。よく、刹那の瞬間にとかつかう、一瞬などに似ている。

ソラン。コードネーム、刹那。
彼は、涙を流しながら、真っ白な薔薇に包まれた二人の棺の中に、真っ赤な血のような、彼自身のルビーのような真紅の薔薇の花束を投げ込んだ。
「なんで・・・・ティエリア、リジェネ・・・・・俺は、絶対に許さない。プロジェクト・マリアなんて・・・・俺は不老不死なんて欲しいわけじゃなかった・・・・なんで、お前たちが死ななければならない!!」
ダンと、棺の箱を叩いて地面に膝をつく。

横では、何も言わず真っ赤な薔薇を棺に放りこんで、ロックオンが佇んでいた。

「さよなら・・・俺の、大好きな大切な人」
冷えたティエリアの唇にキスをする。サラサラの紫紺の髪に手を伸ばして、離れていく。それから、隣で同じように眠ったままのアンティークドールのようなリジェネの棺のところにいくと、その額にキスをして、髪に触れる。
「お前もな。いっぱいケンカしたよなぁ・・・・ティエリアめぐって・・・楽しかったよ」
胸からあふれ出しそうな思い出。
何も言ってくれないティエリアとリジェネ。

ロックオンは24、刹那は21、アレルヤも21、そしてライルは24。ティエリアとリジェネだけが17歳で、まだ成人もしていない子供だった。まだほんの少年少女だったのに。未来はこれからだっただろうに。

ロックオンは、棺の蓋が閉じられていくのを、涙を流しながら見つめていた。
「ティエリア、リジェネ、いくなーーー!!」
同胞でもある同じイノベイターの死を、刹那は狂気を帯びたほどに嘆いていた。金色に瞳を光せ、粒子の光を放つ刹那を、アレルヤとライルが見つめる。
「だめだよ、刹那。こんなところで力を使っては・・・・」
「刹那、ここは戦闘場所じゃないんだ・・・・自重、しろ」
「ちきしょう!」
刹那の声かと最初は思った。彼が、拳を地面に殴りつけているのだと。
そうしていたのは、ロックオンだった。
何度も拳を地面に殴りつけて。

「何でだよ・・・仲間だろ・・・ティエリア、リジェネ!愛してたのに!大切な人だったのに!!」
声は悲痛で、同じように体を淡いエメラルド色に発光させ、内包する未知の力を空中に四散させながら、刹那も拳で地面を叩く。
二人は空を見上げて、叫んだ。
「ちきしょーーー!!」
「ティエリアとリジェネを返せええええぇぇぇ!!!」

空は、どこまでも蒼くそして遠い。



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