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庭の忘れ名草は満開に咲いていた。
踏まないように注意して、ティエリアはしゃがみこんでその小さな花を見つめる。
花言葉が「私を忘れないで」というとても哀しい、小さな水色の花をつける多年草。数年前、ティエリアがたまたま品種改良を終えて長く咲く種を手に入れて、それをロックオンの生家の庭に巻いた。
ロックオンとティエリアが今住んでいるマンションにも、小さなプランターで栽培している。
「綺麗ですね・・・空の色みたい」
「こんなに小さい花なのに有名だよな」
ロックオンは、がさごそとポケットから何かの包みを取り出した。
「ロックオン?」
「動くなよ〜」
「何ですか?」
パチンと、長い紫紺の髪に留められた髪飾り。
「これ・・・・」
「プレゼント。俺とティエリアが、もう一度出会えた記念」
正確には、ティエリアが蘇生してもう一度ロックオンと出会った記念になるけれど。
「僕は」
ポロポロと、涙腺が壊れたように涙が溢れ出してきた。
こんなにも優しいロックオン。
彼を愛せるなら、たとえマリアナンバーズの責務も使命も放棄してもいいとさえ、考え出していた。
「金あんまなかったから、ブルートパーズな。忘れ名草の髪飾りだってさ。ショーウィンドウで飾られてたの、無理いって売ってもらった」
「僕は、あなたに相応しいのでしょうか」
「何いってるんだよ。俺が愛する者は、ティエリアだけだよ」
後ろから抱き締められる。
そのまま、唇を重ねた。
何度も、繰り返し。
「今日はこの家に泊まってくか〜」
「はい、そうですね」
ライルもそして、人間として振舞うように切り替えたアニューも優しかった。
まるで、家族が増えたような温もり。
得るはずのないものが、そこにあった。
アニューとライルの関係は偽りだという。でも、ティエリアの目から見れば、アニューはライルを確かに愛しているように見えた。
幻想なんかでも虚偽でもない、真実の愛。
形はティエリアと違うけれど、彼女もまた孤独を恐れている。
そう、マリアナンバーズが使徒と同じくらいに恐れるのは、孤独だ。一人ぼっちになるのが死ぬより怖いのだ。孤独を恐れるが故に、マリアナンバーズは人の記憶を操作し、友人や家族、恋人になりすます。
すべては孤独への恐怖心からもたらされるものでもある。使徒から逃れるためだけではない。
絶対的な理由。
存在意義が欲しいのだ。マリアナンバーズとしてではなく、生きているという証が。
そこに自分が確かに存在しているという証が欲しい。だから、誰かの記憶を操作して愛し、愛される。
たとえそれが歪んでいても。
孤独になるのは怖いから。死ぬよりも。
翌日、ティエリアとロックオンは生家を出て、桜が満開だという公園にやってきた。
そこで、ビニールシートを広げて、作った弁当箱を広げると、二人は恋人同士として散っていく桜の花を見上げながら長閑な時間を過ごす。
「あのさ、ティエリア」
「はい?」
「ホテル、予約してあるんだ。この意味分かる?怖かったら、いいよ。無理強いはしない」
ティエリアは散っていく桜の花を長い紫紺の髪に纏いつかせながら、ロックオンに寄り添う。
「怖くありません。あなたなら」
二人は公園でお弁当を食べて、しばらく桜を見上げて花見を楽しんだあと、通りかかった人に頼んで写真を撮ってもらった。
ぎこちない笑みのティエリアと、優しく微笑むエメラルド色の瞳のロックオン。
ロックオンがホテルをとっているという意味は、まだ17であるティエリアの思考からでも分かった。でも、不思議と怖くはない。
むしろ、そうなることを望んでいる。
自分の半身であるリジェネが目覚めたという。同時に、リジェネの中に恐るべきものが潜んでいるのが分かった。使徒だ。
これが、きっと最後になる。
彼を、守らなければ。
守られるだけではだめだ。それでは、ロックオンが傷ついてしまう。
取り返しのつかないことになる。
だから、僕がロックオンを守らなければ。
「あなたの全てを、僕に下さい」
桜が散っていく。
薄いピンクの花の嵐の中、ティエリアはロックオンをきつく抱き締めた。
「俺の全てをあげるから。ティエリアの全てをくれ」
二人は、狂ったように吹きすさぶ花弁の風の中で、何度も口付ける。
「愛が、永遠であればいいのにね」
ふとティエリアが口にした言葉は、とても哀しいものに聞こえた。
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