マリアの微笑み「逆行する時間」







ジブリール設定シリーズ。ジブリールという天使が、たくさん紡がれていくニールとティエリアの物語を本として読んでいる世界。
「夜明けの祈り」http://lira.nobody.jp/001172.htmlなど参照。
他長編は幾つかジブリール設定があります。

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彼は、宇宙で散ってしまった。
僅か24歳の人生。

宇宙で彼は死んだ。確かに心臓の鼓動は止まり、瞳孔は開き、そして静かに目を瞑って、最後まで地球を目に焼き付けながら、彼は宇宙の流れに身を任せ、そのまま沈んでいった。

その時、マリアは微笑んだ。
彼らが信仰する宗教の聖母マリアではない。
ジブリールという、4大天使の一人がマリアと名づけた天使。ジブリールはこれまでたくさんのティエリアとニールの物語を見てきた。また、その図書館に新しい一つの本が加わろうとしていた。
いくつもストーリー。悲恋からハッピーエンドまで。

マリアと呼ばれた彼女は、たくさんの同胞を異世界に転移される過程で、彼の意識に触れた。それは、彼が死んで200年もたった宇宙でだった。
白い海に、彼は横たわっていた。
マリアは、やがてくるだろう彼を見つけた世界への同胞の転移を着々と進めていた。

「彼」の悲しいまでの意識がマリアに涙を流させ、そしてマリアの心を揺れ動かした。

「あなたの名前は?」

彼は、白い海に横たわりながら、名を聞かれて答えた。

「ロックオン・ストラトス・・・・なんだ、おれ夢を見てるのか。ティエリア・・・・お前は、生きてくれよな」

マリアの肉体は、彼が愛した人にそっくりだった。ただ、髪と瞳の色が違う。アルビノだった、オリジナルマリアは。マリアはただ静かに微笑んで、彼の記憶を再生させる。
そして、彼を包み込み、マリアは彼をそっと元の世界へと押し戻した。

彼はまどろんでいた。
ティエリアに抱かれて、海を漂う夢を。

「全てを忘れ、眠りなさい」

耳元で、静かな声が聞こえる。彼は、全てを忘れようとしたが、できなかった。
そのまま、時は逆流する。

あの世界では、彼が死んでもう200年が経っていた。
そこから遥かに時間を逆流し、気づけば彼が死んで10年後の世界にきていた。

マリアは微笑んで、彼の肉体と魂を手放した。
「愛する人に、言ってあげられなかった言葉。言ってあげなさい」

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アロウズとの戦争も終わり、ソレスタルビーイングはトレミーで地球の空を旋回しながら、争いがおきればガンダムでの武力介入を続けていた。
ティエリアはトレミーから降りて、ソレスタルビーイングのマイスターであり続けると同時に、地上で生活を送っていた。武力介入がない限り、アイルランドに住んでいた。
トレミーに乗るのは稀だ。いつもはマイスターの刹那、ライル、アレルヤが交代で遊びにきてくれる。
世界も随分と平和になったものだ。
その日、ティエリアは、いつものように彼の墓に墓参りにきていた。
黒のスーツに身を包み、真っ白な薔薇の花束を2つ抱えて。
1つは彼の墓に、そしてもう1つはディランディ家の隣にライルがつくったアニューの墓に。

そして、静かに祈り黙祷を捧げる。

「見てください。綺麗な空ですね。今日も、僕は元気です」
昔のように、彼の墓にくるたびに涙を流すことはもうなくなっていた。
たくさんの仲間がティエリアを支えてくれる。
そう、刹那、ライル、アレルヤそれにフェルトやミレイナ。

一度は肉体をなくし、ヴェーダと同一化したティエリアであったが、スペアに肉体に精神を宿らせ、研究所地下にあるナンバリングの違うティエリアに魂と心を宿して、この世界でまた目覚めた。
まだ、なすべきことはたくさんある。
一度はヴェーダと一緒に眠り続けることを選択したティエリアであったが、刹那の度重なるヴェーダへのアクセスと戻って来いというみんなの声に目覚め、もう一度彼らと歩く道を選んだ。

ティエリアの中で、彼は生きている。
もう、涙を零すことは、ないかもしれない。
たくさん泣いたんだ。
もう、彼のことは受け入れよう。目の前に墓がある、これがティエリアにとっての、彼との結末であるのだから。
目の前にあることだけが事実だ。

でも、ほらマリアは微笑んでいた。
「目の前にあることだけが、事実ですか?」

ティエリアが振り返った時、真っ白な翼をもつマリアはすーっと、ティエリアの中に溶け込んでいった。
「な・・・に」
鼓動する胸を押さえる。
そして、すーっとマリアはこの世界から消えていった。
元の世界に戻ったのだ。

ティエリアはわけも分からずに、目を何度もこすった。
「なんだ・・・・夢?」
首を傾げるティエリアの上に、何かが降ってきた。
「ぶ!」
ティエリアはその重みに、地面にぺしゃんこになりそうになっていた。
「なんだ!」
自分をおしつぶす何かをどかして、そこから這い出す。
「なんなんだ!!」
叫ぶけど、答えはなかった。

ふと、自分の周囲をエメラルドの蝶が舞っているのに気づく。
いつか、何度か見た彼の姿の周囲にはいつもエメラルド色の蝶がいた。そう、彼の瞳と同じ色の蝶。
花の周りを舞い踊るように、ロンドを踊るようにヒラヒラと。
緑色の燐粉はまるでGN粒子の光のように、薄く淡い色を兼ね備えていた。

「なんなんだ・・・・」
ティエリアは、自分を押しつぶしていたのがノーマルスーツを着た彼であるのだと気づいて、言葉を失った。
隻眼の瞳。黒い眼帯。
アイリッシュ系の顔立ち。白い肌。緩やかにウェーブを描く少し長い茶色の髪。

その髪に手をからませて、ティエリアは空を仰いだ。

心がチクリと痛んだ。
自分の中に浸透していった僅かばかりの「マリア」の意識の欠片が、ティエリアに教えてくれる。
これは夢ではなく、現実であるのだと。

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その頃、カウチに寝そべった落ちた天使ジブリールは勝手に自分の図書館に新しい本が追加されて驚いていた。
「マリアの微笑み?」
新しく追加されてしまった本を手にとって、開いてみる。
それは、この物語。
天界に残してきたマリアが勝手に「彼」の魂に触れ、そしてティエリアと邂逅を促した、ありきたりの。
中身は白紙だった。
そこに文字が浮かんでくる。
ジブリールは、カウチに戻ってそれを読み始めた。



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