ティエリアは、すぐに医師の手によって詳しい精神分析がなされたが、結果は記憶喪失、もしくは覚醒する以前の記憶を所有しているという結果が出てきた。 「こんなのありかよ」 念のためにと、医務室に運ばれ、安静を強いたれたティエリアを見下ろす。 愛しいティエリアはどこにいってしまったんだ。 たとえ、俺を愛してくれなくて構わないから、いつものティエリアに戻ってくれ。 「何か、強いショックか何かが原因か、もしくは精神的に自分を守るためか・・・詳しくは分かりませんか、ティエリア・アーデという人格は見つかりませんでした。かわりに今あるのは、ティエリアが名乗るシリアルNO8という人格です。イオリア・シュヘンベルグが生きていた頃にティエリアは覚醒していたようで、その頃の記憶を所有していますね」 医師が、神妙な面持ちでライルと刹那に語った。 「回復の見込みは?」 「原因が分からないので、なんとも判断がつかねませんが、このまま一生記憶が戻らないこともありえます」 「そんなばかなことがあるか!」 刹那が、口調を荒げて医師の白衣を掴んだ。 「そ、そうは言われましても、ティエリアは普通の人間とは違います。その精神構造も普通とは少し違うようです。無理に刺激を与えず、とりあえずは様子をみるために安静にさせておくことです」 「ティエリア」 「ティエリア。それが、私の新しい名前ですか?」 ベッドの上で、ティエリアが石榴の瞳を瞬かせる。 「違う。お前はもともとティエリアという名前だったんだ」 ライルが強くティエリアの手を握っていた。 もう反対側の手は、刹那が握っている。 「刹那さん、ライルさんでしたね。マスター、イオリアはどこにいるんでしょう?」 首を傾げるティエリアに、刹那は首を振った。 「今、用事があるそうでどこかに出かけている」 「そうですか」 その答えに、ティエリアが綻んだ笑顔を見せた。 イオリアなど存在しないと言ったときのティエリアの錯乱ぶりは、あまりにも酷いもので、医師は鎮静剤をうってティエリアを強制的に眠りにつかせた。 しばらく間、ティエリアはイオリアと生きたシリアルNO8として扱わなければならないと、医師に言われた。 そのまま、数日が過ぎた。 刹那とライルは、献身的にティエリアを看病する。一緒に病室に止まり、食事も睡眠もティエリアのいる病室でとった。 ティエリアが、消えてしまった。 忽然と。 ティエリアはそこにいるのに。 でも、このティエリアはティエリアじゃない。 「唄を聞きますか?マスター・イオリアは私の唄が大好きなんです。あなたたち二人にも、聞いて欲しいです」 「ああ、聞かせてくれるか」 「俺も、聞きたい」 二人は、ティエリアの手を離した。 病室で、ティエリアは口を開ける。 綺麗な女性ソプラノの声が、あふれ出す。 世界が終わる日 世界が終わる日 あなたがいなくなる日 あなたがいなくなる日 世界が終わる日 世界が終わる日 この世界からあなたがいなくなった日 追いかけても追いかけても追いつかない どんなに手を伸ばしても伸ばしても届かない どんなに泣き叫んでももう届かない 絶叫してももうあなたには届かない あなたの笑顔が もう一度見たい あなたの温もりが もう一度欲しい 世界が終わる日 世界が終わる日 あなたがいなくなる日 あなたがいなくなる日 世界が終わる日 世界が終わる日 この世界からあなたがいなくなった日 夢の中だけでも会えたらと 叶わぬ願いを口にする 魂だけとなっていつかいつか めぐり合えたらいいのにね どんなに姿かたちがかわっても 俺にはわかる 愛したあなたのこと 愛したあなたのこと 追いかけても追いかけても追いつかない どんなに手を伸ばしても伸ばしても届かない あなただけを愛しているのに 愛しているのに こんなに 狂ってしまいそうなほど あなたを愛しているのに あなたがいなくなった日 それは世界が終わる日 そしてまたあなたと出会う日 それは世界が始まる日 あなたとまた愛し合う奇跡 それは世界を生きる日 神の子は 愛し合う 世界を生きながら 人の子は 愛し合う 互いを思いやりながら 刹那は泣いていた。ライルも泣いていた。 「どうしたのですか、お二人とも?」 ティエリアが、不思議そうに首を傾げる。 「ティエリア、愛している」 「愛している」 ライルと刹那は、二人揃って、ティエリアに愛を囁く。 それに、ティエリアが困ったようにはにかんだ。 「私は、マスター・イオリアのものです。愛されるように作られましたが、私を愛していいのはマスター・イオリア・シュヘンベルグのみです。申し訳ありません」 「ティエリア」 刹那が、涙を流しながら、ティエリアを抱き寄せた。 「泣きやんでください、刹那さん。どこか痛いのですか?」 「心が苦しい。こんなにも苦しい」 刹那は、ティエリアに口付けた。 それに、ティエリアの石榴の瞳が見開かれる。 石榴の瞳から、すうっと、涙が零れ、シーツに滴った。 「愛している、ティエリア」 刹那はもう、禁忌も関係なしに、ティエリアを抱きしめる。 それをライルは黙ってみていた。 「どうしてでしょう。刹那さんの涙を見ていると、私も泣いてしまいます」 「帰っててきてくれ、ティエリア」 ライルは席を立った。 今は、二人きりにしてやりたい。 「刹那さん、また唄を聞いてください」 「ああ、ティエリア」 ティエリアは、ティエリアと呼ばれることに拒否を示さなくなっていた。 世界は一度終わったのに 私はあなたと出合った 世界は一度終わったのに 私はあなたと出会ってしまった 世界の終焉から あなたは私を連れ出す ロストエデン ロストエデン ロストエデン 失われた楽園に あなたは私を連れて行く ロストチャイルド ロストチャイルド ロストチャイルド 終わりからの始まり あなたと私は歩きだしていく 私の世界は終わったのに あなたはそこから私を連れ去る ロストエデン ロストエデン ロストエデン 失われた楽園に あなたは私を連れて行く あなたの愛がそこにある わたしのためだけの愛がある 世界は一度終わったのに 私はあなたと出合った 世界は一度終わったのに 私はあなたと出会ってしまった 私はもう一度歩きだす あなたと一緒に新しい世界を あなたに愛されながら 私もあなたを愛する あなたの愛に包まれながら 私は生きる 歩みだす ロストエデン ロストエデン ロストエデン あなたの愛が 私の楽園 あなたの愛が 私の世界 オーロラのように住んだ透明な声が、病室に響き渡る。 刹那は、涙を流しながらその唄を聞いていた。 歌声は、誰でもないティエリアのもの。 その唄を聞いたのははじめてだった。 ティエリアも涙を流していた。 「おかしいですね。なぜか、涙がとまりません。これは「ロストエデン」という曲です。マスター・イオリア・シュヘンベルグが一番大好きな曲です」 「ああ。もっと歌ってくれ」 「はい」 刹那に抱きしめられながら、記憶喪失の歌姫は歌う。 NEXT |