「ティエリア」 「ロックオン」 二人は、まるで磁石がひかれあうかのように、互いに惹かれあった。 ティエリアはリジェネの忠告も無視して、ロックオンを古城に招き入れた。 「なんていうか、古いわりにはしっかりとしてるな」 「そうでしょう」 自分で焼いたパイをロックオンにふるまう。 ティエリアはヴァンパイアであったが、ヴァンパイアも人と同じ食物を食べることもできた。 「美味しい」 「良かった」 ティエリアが笑顔を輝かせる。 二人は、そのまま時を忘れたかのように時間を過ごした。 ある時は古城で、ある時はロックオンの家で。 「これ買ってきたんだ。ティエリアに似合うと思って」 ある日、ロックオンがくれたものは、ティエリアの石榴色の瞳と同じガーネットをあしらった髪飾りであった。 プラチナでできており、それなりの高級品であった。 最初は受け取ることを拒んだティエリアであったが、ロックオンの心を思って、受け取った。 「かしてみろ」 ロックオンは、ティエリアの手から髪飾りをさらうと、ティエリアの紫紺の髪にとめた。 綺麗な髪飾りであったが、華美な装飾をしていないせいもあり、美しいティエリアの容姿に色褪せることもなく、自然に調和していた。 「ありがとうございます」 ティエリアは、笑顔でロックオンに抱きついた。 「薔薇園の花が、また新しく咲いたんです。きて下さい」 ティエリアに手をひっぱられて、ロックオンは自分の家から古城までの遠く離れた距離を、二人で手を繋いで歩いた。 ちらちらと、また雪が降ってきた。 この地帯はわりと豪雪地帯だ。 ティエリアは白いミンクのコートを着ていた。ロックオンも黒の毛皮のコートを着ていた。 ティエリアは白のミンクの毛皮をあしらった服で全身を統一していた。 雪に紛れそうな白。 肌も、同じように雪のように白い。 サクサクサク。 二人して、降り積もった雪を踏みしめる。 吐く息が白い。 それさえも楽しいようで、ティエリアは時折歩みながらくるりと回った。 髪飾りが、薄い太陽の光をあびて煌いていた。 女神の化身のような美少女は、とても無垢だった。 ロックオンから見ても、精神的にとても幼いと思い知らされる。 やがて、古城にくると、ティエリアがロックオンの手をひっぱる。 「おいおい、そんなに引っ張らなくても、花は逃げていかないだろ」 「いいから、早く来てください」 ロックオンは、ティエリアの歩調に合わせる。 古城の薔薇園は、色とりどりの薔薇を咲かせていたのに、今日に限って一色にまとめられていた。 「うわ、すげぇな」 どこまでひろがる、蒼い薔薇。 人は、蒼い薔薇を咲かせようと何度も薔薇の交配をした。 だが、未だに蒼い薔薇を咲かすことに成功した者はいない。 同じように、魔法で蒼い薔薇を咲かそうとしても、なぜか失敗に終わった。 どんな高名な魔法士が咲かせようとしても、失敗してありふれた真紅や白、ピンクの色の薔薇が咲いた。 「これ、お前さんが咲かせたのか?」 「はい、そうです」 ティエリアは笑顔になって、蒼い薔薇をいくつかつむと、ロックオンに渡した。 「はい、ロックオン」 「ああ、ありがとさん」 蒼い薔薇は、まるではれた青空のように澄んでいた。 とても美しい色。 自然ではありえないその神秘さに、ロックオンも感動した。 「難しかったっじゃないのか?」 「何がですか?」 「いや、蒼い薔薇を咲かすことなんて、今までどんな大魔法士も成功したことないからさ」 「そうなんですか?」 ティエリアが首を傾げた。 ティエリアにとっては、人間社会の魔法士のことなど知らなくてもよい知識だったのだ。 「好きです、ロックオン」 ロックオンが、擦り寄ってきたティエリアの髪に、蒼い薔薇をさした。 「俺も、お前さんが好きだ」 「愛してくれますか?」 「ああ、愛してる」 「嬉しいです」 本当に嬉しそうに、ティエリアは蒼い薔薇を摘んだ。 そして、石榴の瞳を瞬かせる。 パァァァァ。 蒼い薔薇が、全て花びらを散らせ、天空から二人を包み込むように降り注ぐ。 「蒼い花びらの雨、か」 幻想的なその光景に、ロックオンがひとりごちる。 ティエリアは、また石榴の瞳を瞬かせた。 散ってしまった蒼い薔薇が、咲いていく。 ティエリアは、ヴァンパイアとして不能であった。 血を吸うことも、自然からエナジーを吸収することもできないのだ。 双子の兄であるリジェネがいなければ、とっくに死んでいただろう。 ティエリアは、しかしヴァンパイアとしては最大の魔力を持っていた。その使い方も分からず、ただこうやって気が向いたときに気まぐれに魔力を使う。 リジェネもそれを止めることはない。 もともと、ヴァンパイアの魔力は身を守るためにあるだけで、魔法としての存在は薄い。 人間の魔法士のように、呪文で攻撃などということはまずない。 ちらちらと舞い落ちる蒼い花びらの雨を受けながら、ティエリアがくるくる回る。 そして、バサリと真紅の翼を羽ばたかせた。 「あっ」 ティエリアが、しまったという顔をした。 浮かれすぎた。 人前では決して出してはいけない、ヴァンパイアの証である真紅の翼がティエリアの背中にはあった。 ロックオンは、驚きはしなかった。 「ご、ごめんなさい」 逃げようとするティエリアの手をとって、抱きしめる。 「お前さんが、人間じゃなくても構わない。愛してる、ティエリア」 「ロックオン」 ティエリアは顔をあげた。 そして、透明な涙をいくつも零した。 ああ、神様。 僕は、神様の子供じゃないかれど、あなたに感謝をしています。 この世に生を受けて、はじめて良かったと思います。 ティエリアは、泣きながらロックオンに抱きついた。 「愛しています。人間ではないのに、僕は人間であるあなたを愛してしまいました」 「じゃあ、俺は人間のくせに人間じゃないお前を愛してしまった」 ちらちらとふる蒼い雪のような花びらの中、二人は誓い合うように唇を重ねた。 NEXT |