洗い清められ、新しい衣服に着替えたティエリアを抱きかかえ、汚れたシーツをかえた綺麗な寝台に寝かせる。 ティエリアはずっと泣いていた。 「あなたは、ヴァンパイアハンターなのですか?」 ティエリアは、石榴の瞳で問いかける。 その問いギクリとしたが、隠すこともしたくなかったので素直に答えた。 「ああ、俺はヴァンパイアハンターだ。昔のことだけどな」 ティエリアの美しい顔が歪んだ。 ポロポロと、また大粒の涙がティエリアの目から溢れてシーツに滴った。 「どうして泣く?」 「だって、私はあなたに相応しくないから」 「そんなの、誰かが決めることじゃないだろう」 ロックオンは、ティエリアの髪をすいた。 紫紺の髪はサラサラで、ロックオンの手から零れていく。 ロックオンは、街角で出会った少女が、少女ではないということに、その身体を洗い清めた時に気づいてしまった。 だからといっても、男性でもない。 都でもてはやされている「神の子」という無性の中性体と同じかと、ロックオンは心の中で苦しく言葉を噛み潰した。 無性の中性体はとても貴重な存在である。 両性具有も貴重であるが、それよりも無性の中性体は、本当に性別を身体にもたぬせいで、「神の子」として周辺の国からも崇められるような存在である。 無性の中性体とばれてしまえば、まずは普通の人間社会では生きられない。 その前に、ティエリアとその双子の兄というリジェネは、古城で今までずっとひっそりで二人で暮らしてきたのだという。 もう、五年もこの古城に住んでいるのだという。 古城はわりと有名な存在で、そこに人が住んでいるという噂さえ聞いたためしがなかった。 実際にティエリアに案内され、そこに人が住んでいるということに驚きさえした。 泣き止んだティエリアは、真剣な表情をしていた。 まだ、兄にされた行為に悩んでいるのかと思ったが、どうやらそうでもないらしい。 髪をなでるロックオンの手を包み込んで、ティエリアは甘い吐息をついた。 「僕が、無性の中性体であると、王室に漏らしますか?」 王室に知られてしまえば、ティエリアはもうここに帰ってこれないだろう。 ロックオンは否定した。 「王室には知らせない。秘密にしておく」 「ありがとうございます」 そして、ティエリアはまた泣き出した。 「どうした、どうしてそんなに泣く?」 「だって、あなたは僕を殺しにきたんでしょう?」 「違う」 「違わない。だって、兄さんがあなたのことをヴァンパイアハンターだって言ってたから。兄さんは嘘をつかない。ヴァンパイアハンターなら、あなたは僕を利用していたんでしょう」 「違う、ティエリア」 「もういいんです。でも、あなたのことを愛しています」 ティエリアは、ロックオンに抱きついた。 その細い身体を、ロックオンは受け止める。 「僕を、殺してください。愛しているあなたに殺されるなら、僕は幸せだ」 愛される者に殺されるなんて、なんて甘くて淫靡でそして切ないのだろうか。 もう、恋愛ごっこはおしまいだ。 一緒に過ごせただけでも幸せだった。 「短かったけど、あなたに会えて幸せでした。僕を、殺して下さい」 ティエリアが、近くにあった机の引き出しから年代ものの価値が高そうな短剣を取り出した。 それを、ロックオンの手に握らせる。 ロックオンは、迷うことなく短剣を振り上げた。 それに、ティエリアが目をつぶる。 ザシュ! 引き裂かれたのは、背後にあったベッドだった。 「ロックオン?」 「隠していてすまなかった。俺は、確かに元々ヴァンパイアハンターだ。だが、その稼業はもう止めた。今は王室の命令で、生き残ったヴァンパイアを集めている」 「あ・・・・」 見る見る、ティエリアから血の気が引いていくのが分かった。 王室では今、生き残った数少ないヴァンパイアが保護されている。 だが、保護されているとは名ばかりで、その長寿の血を得るために飼われているのだ。 生きたまま、血を抜かれ、そして死ぬこともできずに人工的に人間の血を与えられ、生きながらえさせられる。 自由も何もない。 籠の中の鳥のようなものだ。 ヴァンパイアの血が、万病にきき、また長寿をもたらせるものであると分かったのはつい最近のことである。それ故に、王室はヴァンパイアを狩ることを固く禁止した。 そして、元ヴァンパイアハンターを使って、生き残った数少ないヴァンパイアを集め、その血を売って巨額の富をえていた。 仲間との通信で、ティエリアも知っていた。 王室に飼われているヴァンパイアは、自殺することを防ぐために自我を壊されるのだという。 ティエリアは身震いして、自分の体を抱きしめる。 生きたまま壊されるなんて嫌だ。 ティエリアは、ベッドに突き刺さったままの短剣を引き抜く。 「おい、ティエリア!」 「嫌!」 涙を浮かべ、恐怖に震えながら、ティエリアは自分の喉の動脈を短剣で掻き切った。 溢れる血は、しかしすぐに跡形もなくティエリアに吸収された。 傷は、すぐに塞がってしまった。 ヴァンパイアであるのだから、ほぼ不老不死である。 心臓か脳を致命的に傷つけない限り、死ぬこともできない。 「どうして!どうして!死にたいのに!!」 ティエリアは泣き叫びながら、また短剣で首の動脈を掻き切った。 ティエリアは知らなかった。 ヴァンパイアが死ぬには、脳か心臓に致命傷を負わなければならないということを。 何度も何度も首や手首を切るティエリア。 鮮血はその度に、噴水のように溢れたが、すぐにティエリアの身体に吸い込まれ、傷も塞がった。 「あああああああ・・・・・」 絶望が、重くのしかかる。 ティエリアは、短剣を手放した。 ロックオンは、その短剣を、ティエリアの手の届かない場所まで蹴り飛ばす。 「私を、王室まで連れて行くんですか?」 「ティエリア」 涙を浮かべ、絶望に恐怖するティエリアを、ロックオンは抱きしめた。 「同情ですか?」 「違う。王室のやり方に意義を唱える者も多い。ヴァンパイアと共存の道を見つけれないかという時代がまたきたんだ」 「?」 「王室に反旗を翻し、生き残ったヴァンパイアを保護するために、特別保護区がもうけられた。そこでは、昔のように人間とヴァンパイアが共存している。おれは、保護機関の構成員の一人だ」 「保護」 「そうだ。お前さんを保護するために、やってきた」 「そうは、いかないよ」 窓が開け放たれ、真紅の翼が伸びた。 「リジェネ兄さん!」 ティエリアが叫んだ。 「ティエリアは、連れて行かせない。僕のものだ」 NEXT |