リジェネは、人を狩ることを止めた。 誰でもない、愛しいティエリアが死んでしまったからだ。 愛したティエリアを生きながらえらせるために、リジェネは狂ったように人間を狩っては殺していた。 何百人も殺した。 その血で、ティエリアが生き延びれるのならばそれでよかった。 リジェネの存在理由は、全てティエリアを中心に廻っていた。 ティエリアがいるからこそ、自分が存在したのだ。 ティエリアがいなければ、その存在は成り立たない。 誰よりも愛しい、双子の弟であり妹であった者。 自分と同じ容姿をしているのに、とてもあどけなく、無垢で、そしてリジェネよりも美しかった。 その身体が無性であるが故か、ティエリアは奇跡のように美しかった。 リジェネは、太陽の光を浴びながら、真紅の翼を広げた。 一般的に信じられているように、太陽の光を浴びると灰になるというのは、人間がつくった迷信だった。十字架が利くというのも、にんにくがきくというのも全て迷信だ。 恐怖に震え上がった人間が作り出した、作り話でしかなかった。 それが現実であるように、古城の塔の真上で、リジェネは真紅の翼を広げた。 太陽は、燦燦と地上に降り注いでいる。 太陽の光で灰になるというのなら、今のリジェネはもうすでに灰となって消滅しているだろう。 「ティエリア、愛しているよ」 リジェネの手には、蒼い薔薇があった。 初めて蒼い薔薇を咲かせることができたティエリアのことを思い出す。 「兄さん、兄さん!蒼い薔薇が咲いたんだ」 「はぁ?そんなもの、この世で魔法でも咲くはずないだろう」 「いいから、庭にきてみてよ!」 魔法書を読んでいたリジェネの手をとって、無理やり古城の庭に引っ張りだす。 「あれ?」 ティエリアが首を傾げる。 一面に咲き誇っていた蒼い薔薇は、真紅の薔薇に変わったいたのだ。 「ほら、言わんこっちゃない。魔力で一時的に青みがかったように見えただけだろう」 「違うよ、本当に蒼い薔薇が咲くんだ。ちょっとまってて」 そういって、ティエリアは精神を集中させた。 蒼い光が、ティエリアを包み込むと四散した。 すると、今まで真紅だった薔薇が枯れ、みるみる間に蒼い薔薇を咲かせていく。 「ほら、言ったとおりだ」 無邪気に微笑む。 リジェネは言葉を失った。 今まで、どの世界の人間もそしてヴァンパイアですらも、魔力をもってしても、自然の交配をもってしても蒼い薔薇を咲かせることに成功した者はいなかった。 その蒼い薔薇を、ティエリアは愛しい人に見せるのだと、とても楽しげだった。 思えば、もっと早くにロックオンを排除して置けばよかったのだ。 そうすれば、ティエリアを失うことなんてなかったのに。 ティエリア、ティエリア、ティエリア。 ティエリア、ティエリア、ティエリア。 僕の半身。 もう一人の僕。 ティエリアを失ったリジェネは、王室から大量虐殺半として指名手配されていた。 だが、双子の片割れの命を支えるためだった理由もあり、何より王室は今やは信頼は地に落ちていた。王室の命令に従う者はもういなかった。 リジェネは、ヴァンパイアハンターに狩られることもなく、意味もなく生き続ける。 ヴァンパイアと人が暮らす保護区にこないかという話はあったが、流石に数百人も殺したヴァンパイアを受けいれることは難しく、それにリジェネもそんなところで下等な人間なんかと一緒に暮らしたくないということもあって、リジェネは一人で生きた。 何故、生きているのか。 理由があった。 ロックオンが、ティエリアをまだ愛し、毎日のように空いている日にはティエリアの墓参りに来てくれている。 それだけ、心からティエリアを愛していたのだろう。 リジェネと同じように。 リジェネは、ティエリアの双子の兄として生まれることができて幸せだった。 ヴァンパイアとして不能なティエリアを支えるために、殺人鬼のように人を殺すことになるが、元々人間は大嫌いだった。数多くの同胞を殺したのは、誰でもない人間である。 「ティエリア、愛しているよ」 リジェネは真紅の翼を広げ、風を切った。 大空を自由に飛ぶ。 やがて、夜が訪れ月が昇った。 リジェネは、狂ったように、あるいは壊れたように笑った。 「あはははははは」 涙が零れる。 「愛しているよ、ティエリア」 リジェネは、満月の夜に向かって吼えた。 それはとても悲しい慟哭に満ち溢れた叫び声だった。 NEXT |