それは神の子ではなく「伝承」







「久しぶりだね、人間」
「ああ、久しぶりだな」

ティエリアとロックオンは、古城で再開した。
もう二年ぶりになるだろうか。
リジェネは変わらず美しかったが、大分やつれていた。
ロックオンは、生きるという行為を止めたわけではない。愛する人をうしなっがた、だからといって後を追うほど愚かでもなかった。
そんなこと、ティエリアは望んでもいないだろう。

反対に、リジェネは生きるということを止めてしまったかのような虚ろな目をしていた。
爛々と輝いていた真紅の瞳は、今は力なく光っている。
時を少年の姿のまま止めたリジェネは、笑った。
「あははははは」
「何が可笑しい」

「何がかって?二人揃って、死んでしまったティエリアから離れられないからさ」
「それは・・・・」
「人間、はっきり答えろ。今でもティエリアを愛しているか?」
「ああ、愛している」
「そうか」
リジェネは満足そうだった。
「僕の双子の半身だからね。愛されて当たり前だ」
「そういうお前はどうなんだ?」
「僕?愚問だね。僕は、ティエリアのために存在したんだよ。ティエリアのためにずっと生きてきた。ティエリアがいるから僕は生きていたんだ」

「今は?」
「今は・・・・さぁ?」
はぐらかすように、リジェネは真紅の翼を広げた。

「お前にもう一度問う。ティエリアを愛しているな?」
「くどい。愛している。今でも、これからもずっと」

リジェネは、心から安堵したかのよに、鋭く尖った雰囲気を丸くさせた。
そうすると、まるでティエリアのようだ。
「ティエリア?」
「馬鹿か、人間。僕はリジェネだ。ティエリアの双子の兄だ」
「そうだな」

「いいことを教えてやろう。僕たちの間には伝承があるんだ」
「伝承?」
「人間とヴァンパイア、違う種族同士なのに恋してしまった者の物語」
「なんだそれは」
「僕とティエリアは由緒ある貴族の血筋だからね。ヴァンパイアの血も濃い。始祖の血も受け継いでいる」
「だから、それがなんだと?」
ロックオンが、苛苛しだした。
ティエリアと同じ姿をしているのに、全く違うリジェネを見ているのが辛いのだ。

「そうかりかりするなよ、人間」
「用件を言え」
「簡単なことだ。これからも、ずっとティエリアを愛し続けること。それだけだ」
「リジェネ?」
真紅の瞳が、哀しそうに見えたのだ。
「リジェネ、どうした?」
いつものように、人間嫌いで、孤高な雰囲気を纏ったリジェネらしくなかった。

「はは、そんなに僕は変かい?」
「おかしい」
「おかしくて結構。だって、嬉しいんだもの。僕は、自分が貴族で始祖の血を引いていることに心から感謝したよ。そして君にもね」
「どういうことだ?」

リジェネは、古城の部屋の、ティエリアが死んだ、今は使っていない部屋に続く階段を登りはじめた。それに続いて、ロックオンも登る。
「この部屋に来るのは、2年以上ぶりかな。ごめんね、ティエリア」
部屋に入ると、床一面に蒼い薔薇が咲き乱れていた。
「これは・・・・」
「ティエリアの魔力が、死んでも残っていたのさ。この部屋で、ティエリアが咲かせた蒼い薔薇は2年間枯れることもなくずっと咲いていた。僕はそれが見たくなくて、この部屋を閉ざした」
「蒼い、薔薇」
「ティエリアが、君に見せたいがために何度も失敗して、咲かすことに成功した世界でも他にない、唯一つの蒼い薔薇さ」
「ティエリア」

「もう一度聞く、人間。ティエリアを愛しているな?」
「くどい。愛しているといっている」
ロックオンは、強く言い切った。
そのきっぱりとした断言に、満足そうにリジェネが紫紺の髪をかきあげる。

「遠い遠い昔。人と、ヴァンパイアは、愛し合った」
リジェネは、咲いていた蒼い薔薇を摘みだした。
「そして、人とヴァンパイアという限りある命と、半ば不老不死の命が釣りあう方法を探した。蒼い薔薇があれば、不老不死のヴァンパイアは人間になれる。蒼い薔薇なんて存在しないのに、人間もヴァンパイアも咲かそうと必死になった。だから、今でも狂ったように蒼い薔薇を咲かそうとする人間がいる。伝承がねじまがって伝わり、蒼い薔薇が不老不死をもたらせてくれると広まったせいだ」

一輪一輪摘み取ると、蒼い薔薇にキスをした。
蒼い淡い光が部屋中を満たした。

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