ホワイトラヴァーズ。 白く白く染まれ、恋人たちよ。 雪にあるいはただの色の白に染まれ、恋人たちよ。 ホワイトラヴァーズ。 白く白く、心まで真っ白に。 雪に埋葬されていくように、真っ白になって眠れ。 「はじめまして、ティエリア・アーデといいます」 ロックオンは差し出された手を、ぎゅっと握った。 その冷たい温度に驚いて、顔をあげる。 相手の顔が、もろに視界の中に入り、ロックオンのエメラルドの眼差しに鮮明な形と色を伴って映った。2、3回瞬きをした。 握られたままの手。 白く細長い指。爪は綺麗に長く整えられ、丁寧に手入れがされて桜色だった。女性でさえもこれほどに美しい手の持ち主はいないだろう。手だけのタレント、いわゆる手タレとても十分に通用ができるだろう。 石榴色の瞳。 零れ落ちるほどに大きくはないが、少しきつめにつり上がった瞳は理想的な形だろう。 化粧をしているわけでもないだろうに、綺麗に弧を描いたは眉は、意思の強さを伺わせる。 紅をはいたように、紅い唇。 白皙の美貌は、本当に人形のようだった。 神が創った、最高の美の化身。 「これから、長い間お世話になります」 声は、思ったよりも低かった。 女神のように美しい少女。 ロックオンは、はじめて出会った時そう思った。 細い肢体を包む衣服は、体のラインが出るようなものではなく、露出した肌の白さが眩しかった。 今まで何度か女性と付き合ってきたが、これほど美しい人間を見るのは始めてだった。いや、目の前にいるのが本当に人間であるのかさえ疑わしくなってくる。ただの人形ではないのか? けれど、目の前の人物は、石榴の瞳をロックオンと同じように瞬かせて、相手の反応を待っていた。 「かわいいお嬢さん。これからよろしくな」 ナイトのように、その白い手に口付ける。 反応は、素早かった。 さっと手をひっこめられる。照れたのだろうかと相手をみると、相手はわなわなと震えていた。 そして、意思の強そうな眉を動かして、石榴の瞳でキッと自分よりも背丈のあるロックオンを睨みあげた。 顔に朱がまじる。頬が紅くなって、ティエリアと名乗った人物は、俊敏に動いた。 パン! 乾いた音が鳴り響いた。 ロックオンは、頬を打たれたまま呆然としていた。 今まで何度も愛を囁いてきたこともある。女性に困ったことはない。女性たちは皆、ロックオンの秀麗ともいえる美貌に夢中になり、拒絶されたことはまずなかった。 「その、ごめん。調子に乗りすぎた」 石榴の瞳は今にも涙を零しそうに見えて、ロックオンは素直に謝った。 ティエリアの桜色の唇から、先ほどまでの低い声ではなく、綺麗なボーイソプラノが零れた。 「万死に値します。俺は男です。女じゃありません。女扱いは止めてください」 「え」 ロックオンが、間抜けな声を出した。 「男の子?」 目の前にいるのは、どう見ても完璧な美を保った少女だ。 確かに背は高いが、どう見ても少年には見えなかった。なぜなら、その年齢の少年にありがちな気配も雰囲気もなかったから。 凛とした強さを秘めた美少女。 誰がどう見ても、そう答えるだろう。 「俺の容姿は、わざとこういう風にできいます。間違えられることは日常茶飯事です。ですが、男であることに変わりはありません」 ティエリアは、石榴の瞳を冷たく光らせる。 ロックオンという相手との始めての出会いは、形でいうなら最悪というほどでもないが、良いものではなかった。 同じようにガンダムマイスターであるアレルヤ・ハプティズム、刹那・F・セイエイという少年とももう挨拶は済ませたが、二人とも自然と握手を交わし、ティエリアが自分の口から自分のことを男であると告げると、少々驚いたようではあるが、目の前のロックオンほど驚きはしなかった。 「俺は」 言葉を続けようとして、ロックオンの手が伸びて、胸を触られた。 軽く触るように、服の上から胸に手が当てられる。 「・・・・・・ごめん」 手はすぐに離れた。だが、あまりの事態にティエリアが声を失った。 ロックオンは謝った。 ティエリアは容赦しなかった。 そのまま、往復ビンタをお見舞いしてやる。 ロックオンはビンタを受けながらも、半ば呆然としていた。服の上から触ったかんじでは、確かに胸というものはなかった。だが、平らというわけでもなかった。ほんのほんの僅かであるが、確かに平らではなかったのである。その事実と、相手の言葉を反芻させる。 そして、ティエリアと会わせた張本人であるミス・スメラギの言葉を思い出した。 ティエリアは、ガンダムマイスターの中でも秘蔵であり、特別であると。 ヴェーダとアクセスできる、イオリアが作り上げた最高の生命体であると。ただの少年ではないだろう。性別も、少年、というものに区切るので終わらないものかもしれない。 「俺は人間ではありません。その観点の上から接してください。今回のことは少々あるトラブルの一つですので、それほど気にしていません。」 往復ビンタをして気が済んだのか、ティエリアは綺麗なボーイソプラノで言い放った。 「それと、敵の奇襲によりガンダムマイスターが怪我をした場合は、俺を放置して他のガンダムマイスター、アレルヤ・ハプティズムと刹那・F・セイエイの護衛についてください。俺は、致命傷がなければ、負傷率75%まで戦えるように作られていますので。そのことをふまえた上での行動をお願いします。痛みに対して神経を遮断できますでの、重症を負っても戦闘が可能です。そんな場面になった場合、アレルヤ・ハプティズムと刹那・F・セイエイには撤退命令が下るかと思いますが、場合によっては俺のみ戦闘命令の撤回はありません。俺には予備がいます。アレルヤ・ハプティズムと刹那・F・セイエイは人間なので、彼らを優先して・・・・・」 まるで、自分の存在を否定するような言葉に、ロックオンのエメラルドの瞳が揺れた。 「聞いていますか、ロックオン・ストラトス?」 ロックオンの手が伸びる。 たとえ少年だとしても、なんて悲しい存在なんだ。なんて悲しい言葉を平気で口にするのだ。 「お前は、人間だ」 ティエリアを抱きしめる。 腕の中のティエリアは、動かなかった。 ただ、言葉を失っている。 「お前さんは、俺が守る。お前さんは人間で、これから俺とアレルヤと刹那の仲間だ。大切な」 ティエリアの体は体温が低いのか、少し冷たかった。 それを暖めるように、抱きしめ、体温を共有しあう。 「ロックオン・ストラトス。俺を、人間扱いする必要はありません」 「お前さんは、人間だ。代えなんてどこにもいない。ティエリア・アーデ。そんな名前の一人の人間だ」 腕の中の華奢な体が震えた。 意思の強そうな石榴の瞳から、一筋の涙が溢れ、ティエリアの白い頬を伝った。 「私が、人間?」 「そうだ、人間だ」 「私は、イオリアの申し子。人工の生命体。人間であるはずがない」 首を振るティエリアの頬を両手で挟みこんで、言い聞かせるように、ゆっくりと言葉をかける。 「ティエリア、お前さんは、立派な人間だ」 石榴の瞳が激しく揺れた。 他のCBメンバーも皆、ティエリアが人間ではないというと、人間だと言ってくるが、ここまで強く自分に干渉し、人間だと言い聞かせる者はいなかった。そして、ティエリアの存在を守るというものも。 ティエリアは、心の何処かで憧れていた。 守り、守られる存在になりたいと。 だが、しょせんは人工の生命体。神の領域を侵して生まれてきた自分にそんな資格はないのだとばかりずっと思っていた。 「私を、守る?」 「そうだ。俺が、お前さんを守る。人間というティエリア・アーデを守る」 「私は」 人間などではない。 その言葉を、ティエリアは飲み込んだ。 侵食されていく。 ありえるはずがないのに。 ああ、ヴェーダ。 人間という生き物は、どうして自分を犠牲にしようとするのだろうか。 ねぇ、ヴェーダ。 ティエリアの、ガンダムマイスターとしての完全なる存在は、そこから運命を激しく変えていくこととなる。 NEXT |