僕の瞳には映らない「将来の道」







「ごめんなさい、僕、目が見えないんです」
「ごめん」
ニールは謝った。
少女の瞳は虚空を見ていた。ニールを映してはいない。
こちら側を向いているが、視線があうことはなかった。
綺麗な石榴色のガーネットのような瞳だった。
「すみません、本当に申し訳ないです」
「いや、こちらこそごめん」
「謝らないで下さい」
そのとき、ニールの携帯が鳴った。
「はい、もしもし?」
「あ、ニール、良かったまだ校内にいたんだね」
親友のアレルヤからの電話だった。
「ごめん、僕、お昼ニールと約束してたんだけど、キャンセルできないかな。マリーが珍しく二人きりで近くのレストランに行きたいっていってきかないんだよ」
「ああ、いいぜ。俺に構わずに彼女と行ってこいよ」
「ほんとにごめん!この埋め合わせはするから」
「いいから、気にしなさんな」
ニールは携帯をきった。
少女の瞳が揺れる。
虚空を見つめたまま。
「ニール?」
携帯電話からもれたアレルヤの声が聞こえたのだろう。
「ニール・ディランディ?」
綺麗な声で、少女が自分の名前を発音する。
「なんで俺の名前を。旧姓まで知ってるんだ?」
「ニール!!」
少女が、ニールに抱きついた。
「ワンワン!」
マリアがほえる。
華奢なその体を受け止めながら、ニールが困惑する。
「僕を忘れてしまいましたか?ティエリアです」
「ティエリア?あのティエリアか!?」
施設にいた頃の、年の離れた友人だった。いつも少年の格好をして、周囲の人間を困らせていた。与えられた少女の衣服を切り裂いては捨て、ついには腰まであったサラサラなストレートの紫紺の髪をカッターでギザギザに自分で切ってしまった。自分のことを僕と呼び、女扱いされると極度に嫌がった。よく、カッターで手首を切る行動をとって、いつも右手首には包帯が巻かれていた。
「あのティエリアか?」
あの頃のティエリアは、いつも泥にまみれて、綺麗とはいえなかった。顔立ちは整っていたが、ケンカを繰り返しては生傷が絶えず、施設でも一番の厄介者だった。
「ニール、懐かしいです。養子に引き取られてから、一度も会えることもありませんでしたね。こんな場所で出会えるなんて」
当時のティエリアは7歳だったが、もっと幼く見えた。施設で一緒に2年間を過ごした。
いつもドロドロの服をきて、泥まみれで、施設の大人がティエリアを綺麗にすると、また泥をわざと被った。とても不思議な存在だった。どの大人にもなつかず、特に男性を見ると逃げ出した。
ティエリアはIQが180をこえており、ティエリアをはじめてみた人間は、ティエリアを引き取りたがったが、そのあまりの素行の悪さに結局誰にも引き取られることなく年月が過ぎていった。
そのまま、結局ティエリアを引き取ろうとしていた里親はニール兄弟を引き取ることとなった。
ティエリアは、感動のあまり涙を流していた。
あの頃のティエリアの面影は全くない。
今は、年齢でいえばニールが21歳なので、4つ離れているので17歳だろうか。
「本当に、ティエリアなのか?」
いつも大人を威嚇し、暴れまわっていた少年のような面影はそこにはない。
目の前にいるのは、落ち着いた清楚な美しい少女だった。
「目は、どうしたんだ」
「高熱を出して、視力を失いました。今引き取られている家は、祖父の家です。両目の再生治療を受けるという約束で、この大学に転校してきました」
「転校ってお前・・・今17だろ?」
「はい」
「17で大学3回生?」
「すでに、一度某大学を卒業して、博士号をもらっています」
にっこりと笑うティエリアのいった大学は、ニールが受けて受からなかった第一志望の大学である。
「そっか・・・お前さんIQ高かったもんな。立ち話はなんだから、カフェにいこうか」
「はい」
ティエリアは、マリアのリードを手に嬉しそうにニールの後をついていく。
マリアは盲導犬だそうだ。

カフェにいくと、とりあえずニールはアッサムの紅茶を注文した。ティエリアも、同じ注文をする。
「ニールは今幸せですか?」
「ああ、俺は幸せだよ。ライルもいるし、今の両親は理想的だ。愛してくれるし、俺も今の両親を愛している」
「それは良かったです」
ティエリアの右手首には、依然と包帯が巻かれていた。
リストカットのくせは、未だに直っていないのだろうか。
ティエリアは、ニールから見ても見違えるほどのレディになっていた。
腰まで伸ばした紫紺の髪を綺麗に結い上げ、スタールビーのバレッタでとめていた。
「ティエリアはどうしてたんだ?」
「あの施設で、11歳まで過ごしました。両親はかけおちしていて、他の親族となかなか連絡がとれなかったんです。11歳の時、母方の父の生存が判明しまして、そちらに引き取られました。今は、ティエリア・アーデという名前です」
「アーデ!!あの大財閥のアーデ家か!?」
「はい」
ティエリアの声は沈んでいた。
「一度、大学を卒業して博士号をとっておきながら、もう一度学生生活をしたかったんです。僕には、もう残された時間はないから」
「どういうことだ?」
まさか、なにか病気で余命いくばくもないというそんな最悪なパターンなのかと、ニールがティエリアの手を握り締める。
ティエリアは、たまらず涙を零して、ニールに縋りついた。
「おじい様が、僕が18になったら無理やり結婚させると!相手はアルマーク家の嫡子、リボンズ・アルマークです」
「アルマーク!」
アルマーク家は代々貴族の家柄で、侯爵家だった。アーデ家も同じ貴族の家柄で、こちらも侯爵家。家柄としては申し分ないだろう。
同じ大財閥である。恋愛結婚ではなく、政略結婚であるのは明らかだった。
確か、リボンズ・アルマークという人物は19かそこらだったはずだ。容姿も整っており、頭脳もずば抜けていて、ティエリアと夫婦になるというなら理想だろう。
ニールの家も大財閥、とまではいかないがそれなりの資産家である。アルマーク家のパーティには何度か招待され、今のストラトス家の長子としてニールもパーティーに出席したことがあった。
「ティエリア・・・・」
「泣いてしまってごめんなさい。取り乱してしまいました。僕、ずっとあなたのことが好きだったんです」
「俺のことが?」
「はい。ずっとずっと、好きでした。養子にひきとられていったストラトス家と接触をもとうにも、おじいさまがうるさくて、叶いませんでした。手紙を出しても、破られてしまいました」
「ワンワン」
「マリア、ごめんね。マリアとも、もうすぐお別れだね」
ティエリアはまた涙を零した。
マリアの頭を撫でる。
「短い間になるかとは思いますが、最後の思い出として僕と付き合ってはいただけませんか?」
差し伸べられた手を、体ごと抱き寄せる。
「ニール?」
「俺も、年齢的に結婚相手としていろんな女性の名前を親から出された。その中に、アーデ家の名前があったんだ。アーデ家の分家にあたる、リジェネ・レジェッタという女性と結婚しないかという話が浮かんだことがある」
「リジェネさんと?」
「もちろん、断った。結婚は自分の意思で決める。アーデ家の令嬢の名前が出てきたこともあるんだぜ」
「え」
「よく聞いてなかったけど、俺の結婚相手候補の中に、確かにお前がいた」



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