それからのティエリアの大学生活は、穏便に過ぎていった。 いつも通り、盲導犬のマリアと授業を受ける。 テストも受け、成績発表でティエリアは総合で一位をとり、最優秀賞をもらった。 ニールは三位だった。 ティエリアがいるので、ずっと首席を取り続けてきたニールであるが、今回ばかりは二位になるかと思っていたのだが、あてが外れた。 二位は、弟のライルだった。 きまぐれな猫のような性格のライルが、珍しく本気を出したのだ。 それを、両親はとても喜んでくれた。 ライルの成績は悪くないものの、首席をとれる頭脳をもっていながら、わざと適当な成績をとっていたので、はじめて二位という輝かしい位置の成績をとったライルを祝って、ささやかなパーティーが開かれた。 そこで、もう付き合いはじめたティエリアも招待された。 ティエリアの祖父に結婚前提の付き合いを反対されるかと思っていたが、挨拶しにいった時、ティエリアの祖父はとても穏やかだった。 「君は、ティエリアを愛しているのかね?」 「はい、愛しています」 「最後まで守り抜くと誓えるかね?」 「誓えます。命にかえても守り抜きます」 「そうか・・・・。あれは、母親リアンヌによく似ている。リアンヌと同じ運命を辿って欲しくないばかりに、アルマーク家の嫡子と婚約を結ばせたが、アルマーク家の嫡子は酷い人間のようだ。リアンヌより酷い運命を辿ってしまわせるところだった」 ティエリアの祖父は泣いていた。 「おじい様」 「ティエリア。幸せにおなり。アルマーク家との婚約はこちら側で破棄しておく。この男性を選んだのなら、それもまた運命だろう。幸いなことに、ストラトス家とは交流もあるし信用のできる存在だ。それほど家柄も悪くない。確かに侯爵家であるアルマーク家に比べれば、劣ってしまう部分は出てくるかもしれないが、ストラトス家は現在急激に成長をはじめている。いくつのもグループを吸収合併しているようだし、将来はこのアーデ家と並んでも遜色のない存在になるだろう」 「では、おじい様、許していただけるのですね」 「愛しいティエリア。幸せにおなり」 「はい、おじい様」 「約束だよ、ティエリア。ちゃんと両目の再生治療を受けるのだよ」 「はい」 ティエリアは泣き出した。 「ワンワン」 マリアがほえる。 ニールは、泣き崩れるティエリアをしっかりと支えていた。 「それと、マリアのことだが、再生治療を浮けてもそのまま飼えるように、盲導犬協会側に多額の寄付をして働きかけた」 「本当ですか!?」 「ああ」 「ありがとう、おじい様」 ティエリアは、祖父に抱きついていた。 ティエリアの祖父は、イオリア・シュヘンベルグという名前で、その世界では知る人はいないというほどの科学者だった。 「ティエリア、愛しているよ」 「僕も愛しています、ニール」 ライルのパーティは、ささやかながら盛大に行われた。 数多くの友人が呼ばれ、この時とばかりにニールの友人が大勢おしかけた。ストラトス家でのパーティーは、今まで友人同士だった男女がカップルとなれる機会を与えてくれる。 正式な婚約発表はまだなかったが、パーティーではニールとティエリアの婚約発表もされて、二人もそして盲導犬のマリアもとても幸せそうだった。ライルも、幸福そうな兄を見つめて笑っていた。 幸せな時間。 約束された輝かしい将来。 ニールが両親に呼ばれ、ティエリアから離れた時だった。 着飾った美しい女性が、ティエリアに声をかけた。 「あなたが、ティエリア・アーデさん?」 「はい、そうですが」 「ふうん。ニールの奴、こんな女のどこかいいのかしら。私はヒリング・ケア。ニールの婚約者よ」 「え」 目の見えないティエリアには、ヒリング・ケアの容姿を垣間見えることはでなかった。 ただ、相手の強いものいいから、明らかに自分に対して敵対心をもっている。 「ニールは僕の婚約者です。ヒリング・ケアさんとの婚約は破棄されたはずでず」 「それ、ニール本人から聞いたの?」 「いいえ・・・・」 「わたし、まだ婚約を破棄してないわよ」 「そんな。彼は、確かに僕と婚約してくれたと」 「でも、まだ正式に発表されてないんでしょう?」 「それは」 ティエリアの声がかすれていく。 「ざーんねんでした。彼は、私との婚約を破棄しなかった。破棄できない事情があるのよ」 「なんなんですか、それは」 「さぁね。携帯番号教えてあげる。知りたかったら、その番号にかけてみなさい。ちゃんと、目の見えない欠陥品のあなたに見えるように、点字にしてあげたから」 ティエリアが震えた。 ヒリング・ケアはそれだけ告げると、さっと去ってしまった。 「信じてもいいんですよね、ニール?」 点字の携帯番号を手でなぞり、その紙を質素なドレスの内側にしまいこむ。 「またせてごめんな、ティエリア」 「いいえ」 ティエリアは、誰もが目も眩むような輝かしい笑顔を放っていた。 「愛しています、ニール」 「俺も愛してるよ、ティエリア」 信じるんだ。 僕は、ニールを信じる。 母、リアンヌのような運命は辿らない。 ニールを、信じたい。 信じたい・・・・。 少しづつ、ティエリアの内側で不安が大きくなっていった。 重ねてはいけない。 ニールは、ニールだ。 父親を、ニールに重ねてはいけない。 あんな獣と、ニールを一緒にしてはいけない。 その日帰宅についたティエリアは、泣きながら眠りについた。 メイドも全て追い払い、祖父でさえも近づけさせなかった。 「ワンワン」 「マリア・・・」 盲導犬の頭をなで、決して主人を裏切ることのないマリアを抱きしめる。 「ニール、信じています」 NEXT |