「あの・・・」 ティエリアは携帯を取り出し、おそるおそる、渡された点字の携帯番号に電話をかけた。 「もしもし・・・?」 「きゃは、ほんとにかけてきたんだ」 「あなたは、僕とニールをからかっているのですか?」 相手のあまりにも明るい声に、ティエリアの綺麗な眉が寄る。 「てっきりおじけづいて、そのまま泣きまくってるのかと思った」 「それは」 確かに、泣いたけれど。 だが、ティエリアだってニールを信じている。 愛している人を信じられなくて、誰を信じればいいというのだ。 「今からいう住所に、一人できて。いい、絶対に一人でよ。ああ、盲導犬はついてきていいから」 「はい、分かりました」 ヒリング・ケアはそのままあるレストランを指名した。 そんなに距離は離れていなかったが、いったことがないのでタクシーを呼んで、レストランまでくると、ウェイトレスに案内された。 「ほんとに着ちゃうんだ。あなたって、顔に似合わず意外と大胆なのね」 ティエリアは、しっとりと落ち着いた美少女に見えた。 「ボディーガードもつれてこないなんて、軽率ね」 「あなたが、一人で来いといったのではないですか!」 ティエリアが語気を荒げる。 「まぁまぁ、落ち着いて。何か飲む?」 「では、アッサムの紅茶を」 「ふーん。好みまでニールと同じっていいたいわけ?ムカツク」 「そんなわけでは」 ティエリアは、財閥の令嬢なだけあって、その身にいつ危険が及ぶかも分からない。そのため、大学の登下校は車で送り迎えされていたし、普通に外出するときは必ずボディーガードがついた。 「それで、用はなんなんですか」 ウェイトレスがアッサムの紅茶をもってきた。 それを飲んで、とりあえず気分を落ち着かせる。 「ニールはね、まだ私のこと愛してるのよ」 「そんなはずはありません。彼は、僕を愛してくれています」 「じゃあ、これなーんだ」 ティエリアの手に触らせる。 それは、ニールがいつもしていた腕時計だった。 「・・・・・・・・」 ティエリアの綺麗な顔が歪む。 だが、涙は零すまい。 きっと、別れの最後に贈ったものだ。きっとそうだ。 「ニールはね、私と結婚するの」 「いいえ、あなたとは結婚しません」 「するったらするの!!」 「しません」 「生意気な子ね!」 パンと、頬をはたかれた。 「ワンワン!!」 「マリア、いいから大人しくしてて」 「キュウ〜ン」 「ニールは僕と婚約してくれました。将来結婚してくれると約束してくれました」 「ざーんねん。ニールには、あなたと結婚できない事情があるのよ」 「なんですか、それは」 「教えてあげよっか」 ヒリング・ケアが唇を吊り上げた。 「私のお腹の中にはね、ニールの子供がいるの」 「え」 カタンと、カップからアッサムの紅茶が零れる。 「愛の結晶が、私のお腹の中にいるの。私はこの子をおろさないわ。責任をとって、ニールは私と結婚するの」 ティエリアが言葉を失う。 「ほら、ここにいるんだから」 ティエリアの震える手をとって、ヒリング・ケアは自分の腹部に手を当てさせる。 ティエリアは、かたかたと全身を震わせた。 「分かったら、さっさと別れなさいよ!」 とっていたティエリアの手を叩き落とす。 それに、ティエリアが虚空にさまよわせていた石榴の瞳を、数回瞬かせた。 「言葉だけでは信用ができません。産婦人科に行きましょう」 信じるんだ。 ニールを、信じるんだ。 「なんですって!?」 「妊娠しているんでしょう?女同士です。産婦人科にいってみてもらうくらい、どうってことないでしょう。費用は全部僕が負担します」 そこで、ヒリング・ケアは引くものだと思っていた。 きっと、全部口からのでまかせの嘘だ。 「いい度胸してるじゃないの。行きましょう、産婦人科へ」 「あ」 ティエリアの手首を、跡ができるほどに強く握り締め、ヒリング・ケアは盲導犬のマリアも連れてタクシーに乗り込んだ。 信じるんだ。 ニールを、信じるんだ。 「ついたわよ」 「・・・・・・・・」 「ワンワン」 「あら、ケアさん、お久しぶりですね。お腹の子は順調ですか?」 「はい、ナースさん。順調に育ってますよ」 ヒリング・ケアは笑顔を振りまく。 「・・・・・・・・・・」 ティエリアは、疑心暗鬼にかられかけていた。それを、強く首を振って追い払う。 信じよう。 ニールを、信じよう。 診察の順番がまわり、ヒリング・ケアの順になった。ヒリング・ケアはティエリアの手をとって診察室に入る。親族ということにした。 そのまま、医師がヒリング・ケアの診察を開始する。 「おめでとうございます。女の子ですね。3ヶ月です。このまま順調にいけば、来年には産まれるでしょう」 ティエリアが、マリアのリードを離して、自分の体を抱きしめた。 「そういえば、旦那様はどうされました?前回は一緒だってでしょう」 「先生、私の旦那様は、白人で背が高くて、緑の瞳をしていて、髪が少し天然パーマの入ったこい茶色で、ブリストン大学の三回生ですよね?」 「あら、なぁに、自慢?あなたの言うとおりよ。とても素敵な男性ね、彼は。とても優しくて。婚約者だったわね」 「はい」 ヒリング・ケアとドクターは微笑んで会話をはじめる。 ヒリング・ケアの語った外見は、ニールと一緒だった。 そして、ドクターの口から「ストラトス家の御曹司」という言葉がティエリアの耳に飛び込んできて、ティエリアは盲導犬のマリアを置いてその場から逃げ出していた。 嘘だ。 嘘だ、嘘だ、嘘だ。 彼は、僕を愛してくれているといったのに。 こんなの嘘だ! 道路に飛び出る。 クラクションが鳴る。 その中の一台の高級車が、後部座席を空ける。ティエリアは、その中に連れ込まれてしまった。 悲鳴をあげようにも、口をおさえられて声がでない。 ホルマリンがなにかをかがされて、ティエリアは意識を失った。 NEXT |