マリアの教師に呼び出されたのは、一週間後のことだった。 内容は、マリアの頭脳があまりにもずばぬけているので、学年をスキップ(飛び級)させないかというものだった。 ティエリアは首を振って、それを拒否した。 「マリア、スキップしたいと思うかい?」 「嫌!スキップしたら、今の友達と学年が変わるんでしょう?マリア、今のままがいい」 「分かったよ」 マリアの意思もちゃんと確認した上で断った。 学校側は、とても残念そうだった。 IQ180をこえる天才を、スキップさせて最新の教育を受けさせるのが子供の幸せにもなると、他の母親に詰られたこともあった。だが、ティエリアの決意は変わらなかった。 何より、影でささやかれていた。 マリアの母親にしては、若すぎると。 疑われ、DNA検査をしたこともあるが、結果は親子であるというものだった。 それでも一度不信感を抱いた学校側のティエリアを見る目は、異質な人間を見る目だった。 そして、マリアも。 花を咲かせるマリアの行動をみた教師は、マリアを神の子供と崇めた。一方で、悪魔の子と罵られた。 イノベーターの血が、二人の親子を苦しめる。 マリアは苛められることはなく、学校でもアイドル的存在で愛され、ティエリアが注意したことにより、それ以後力を使うことはなかったが、母親に対するティエリアの風当たりは冷たかった。 あまりにも若すぎる、少女。 おまけに、マリアは父親のいない私生児だ。 ティエリアは、精一杯マリアを庇った。 ティエリアは、近所からも孤立していた。あまり交流するタイプでなかったのがたたったのか、全く容姿の変わらないティエリアを悪魔だの魔女だと、そんな噂が飛び交った。 ティエリアは気にしない。 マリアと一緒に、静かに幸せに暮らす。 マリアは子猫にティア(涙)という名前をつけ可愛がった。 「けほっ」 ティエリアは堰をした。 抗がん剤を取り出し、飲む。 「マリアを守らなくちゃ」 涙を零しながら、ティエリアは抗がん剤の酷い副作用を我慢する。 病院で、末期のガンだと診断された。 今すぐ入院をと言われたのを断った。最新の医学をもってしても、もう救いようがないほどに全身に癌細胞が転移していた。 イノベーターとしての、痛みに対する神経が鈍いのと、病院嫌いが祟った。 幸福は長く続かないものなのかと、涙を零す。 脳だけを他の肉体に移植すれば、まだ生き残ることが可能である。 イオリアの研究所で眠るティエリアタイプの個体に、最終的には脳を移植することになるだろう。マリアを一人残していくわけにはいかない。まだ、生き残る道はある。 だが、ロックオンが愛してくれたこの体をそうそう手放す気にもなれない。 限界まで、ティエリアは粘るつもりだった。 季節は巡り、雪が降りだす。 ある日、忽然とマリアと猫のティアがいなくなった。 マリアの天使のような可愛さを狙って、誘拐されたのかとティエリアは焦った。 実際、マリアは何度か犯罪に巻き込まれそうになったことがある。だが、マリアはイノベーターの血を確実にひいている。子供とは思えない体術を繰り出すマリア。それは、ティエリアがマリアに教えたものだった。ティエリアも町で犯罪に巻き込まれそうになったことが二回ほどあった。あまりにも美しすぎる容姿は、犯罪に巻き込まれる糸口になる。 マリアが、自分のいないときに自分の身を守れるよう、ティエリアはガンダムマイスターとして身につけていた肉体技を伝授した。そのお陰で、マリアは犯罪に巻き込まれることなく無事ですんだ。 「マリア!マリア!ティア!」 雪の降り積もる中、ティエリアは必死でマリアとティアの姿を探す。 携帯にかけると、留守電になっていた。 近所の人に応援を頼もうかとも思ったが、近所の住民はティエリアを魔女だと信じている。あてにならない。 「マリアもティアも僕が守るんだ!」 そして、はっと気づく。 脳量子波だ!マリアもイノベーターの血を引いているなら、きっとティエリアの放つ脳量子波に気づいてくれるはずだ。 その頃、マリアは「魔女の森」と呼ばれ、入ってはいけないという森に迷い込んでいた。 猫のティアを懐に入れて、マリアはその森の奥に咲くという奇跡の花を摘みにきたのだ。 「はぁ、マザー心配してるかな」 「にゃああん」 「ティア、待って!」 懐からするりと飛び出したティアが、森の奥へと走っていく。 それを、マリアが必死になって追いかける。 奇跡の花が咲く場所に、ティアはいた。 「あ、あの、すみません、その猫マリアの猫なんです」 花が咲いている一面だけ、雪を被っていない。 花を摘み取ることもなくそこに座っていた人物に、猫のティアは擦り寄る。 「天使さま?」 マリアは呆然と、その人物の背中をみる。 背中には燃え上がる六枚の翼があった。12、3歳の美しい少女。 「マリア。迎えにきたよ」 「え?」 「私はイフリール。獄炎天使イフリール。マリア、君はこの世の存在ではない。私たちと同じ存在だ」 美しい少女の手が伸びて、マリアの頬に触れた。 その瞬間、マリアは全てを理解した。 「嫌よ、イフリール。私はマザーの子。もう、天使には戻らない」 「マリア・・・・」 「イフリール。ファザーになって。マザーに、ファザーと会わせてあげたい。ファザーの魂を身に宿して」 「マリア、そうすれば君は天使に戻るかい?」 「マザーは隠しているけれど、もうマザーは長くないわ。脳の移植は失敗してマザーは死ぬ。マザーがまだ生きているうちに、ファザーに会わせてあげたい・・・・」 マリアは涙を零した。 「約束するわ。ファザーの魂を宿してくれたら、私は天使に戻るわ」 「では、契約は成立だ。イフリールとマリアの名に置いて、契約を慣行する。裏切れば、翼はもがれ堕ちる。いいね?」 「マザーの笑顔がみたい」 マリアは、奇跡の花を両手いっぱいに積み、猫のティアを懐にいれる。 (マリア、マリア) 「マザー?」 (マリア、聞こえる?帰ってきて。とても心配しているよ。僕の脳量子波が届いたら、どうか早くかえってきて・・・ゲホッゴホッ) 「マザー、すぐに帰るわ!だから大人しく寝ていて、マザー!」 マリアは脳量子波でそうティエリアに語り、ティエリアを安心させる。 「さぁ、帰りましょう、ファザー」 「帰ろうか、俺たちの家に」 NEXT |